チーズタルト店にみる五感に訴える集客効果 ｜嗅覚と食の関係性

文／藤原邦康

これまでご紹介した整顎VASダイエットは数値化によって食べる量を適正化するための合理的な行動指針ですが、理性に頼りすぎるのもストレスが溜まりますね。過食を防ぐためには、食事をより楽しめるような情緒的な工夫も必要です。食事の感性を高めるためには、視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚などの五感を刺激しましょう。食欲と視覚や味覚の結びつきは直感的に分かりますが、聴覚や触覚というとピンと来ないかもしれませんね。聴覚について補足すると、例えば「ASMR」と呼ばれる咀嚼音を楽しむマニアックな動画が密かなブームだそうです。また「パリパリ」「サクサク」などの咀嚼時の食感は音感に加え、歯ごたえや舌触りなど触覚も刺激されます。アゴをリズムよく動かして情動を刺激すると食の楽しみが増幅されて満足感を得られやすくなります。さらに、五感の中でも重要なのは実は嗅覚です。生き物にとって最もプリミティブ（原始的）な感覚である嗅覚と食の関係性についてお話ししましょう。

チーズタルト店にみる五感に訴える集客効果

最近、行列ができる焼き立てチーズタルト店さんが流行っているそうです。このお店、何とチーズタルトだけを単品販売しています。商品特化して専門店の特徴や売りを打ち出したことが人気の一因ですが、成功の理由はマーケティング的な合理性だけではなく五感に訴える集客効果のおかげです。
商品をチーズタルトだけに絞り込むと他のメニューから発せられる香りを排除できますね。店内や店先に焼き立てのチーズタルトの香ばしい匂いだけが拡散され、お客さんはついつい足が向きます。芳ばしいチーズの香りに誘われて２～３軒先からでも通りがかりの人を惹きつけるわけですね。（近づいてきてお店が視界に入るとガラス張りの店内に並べられたチーズタルトが目に飛び込んできます。ここで視覚によって「目の食欲」も刺激されてお店に呼び込むわけです）

ダイエッターにはつらいですが、嗅覚を上手に刺激すると食欲が喚起できるということがよく分かります。この実例からも分かるとおり、風味や香りというのは食と大きく関わっています。

匂いが脳を刺激する

解剖学的な観点から嗅覚についての解説を加えましょう。
進化の過程で、人間の鼻づらは短くなり嗅覚は衰えてしまったといわれています。その一方、口と鼻を隔てる仕切りもまた短くなりました。このおかげで匂いが脳に届きやすくなりました。食べ物の香りが鼻に抜けやすくなり嗅覚が脳を刺激しやすくなったわけです。
匂いが脳を刺激する仕組みですが、まず食事の際に食べ物を咀嚼すると多種多様な香りが口腔内に充満します。そして、この状態で鼻呼吸をすると空気の流れによってたくさんの香り成分が鼻の内部へドッと流れ込み、食べ物の様々な香りの成分が鼻の内部や喉の奥に届きます。最終的に、脳に多種多様な匂い情報が伝わり味に深みを生じます。風邪を引いて鼻づまりになると味が分からなくなるのは香り成分を感じにくくなるからです。

さて、味というと舌で味わうイメージが強いですね。でも、舌の味覚細胞が約100万個なのに対して、嗅覚細胞はその10倍の約1,000万個あるといわれています。舌で感じる純粋な味も重要ですが、香りが嗅覚を刺激することによっておいしさをより認識できるようになっているのです。また、ヒトは約200万年前に火による調理を覚えました。加熱された香ばしい様々な匂いによって余計に脳を刺激できるようになりました。コーヒーのエキスパート、バリスタも焙煎にこだわるそうですが、嗅覚に訴える風味は味わいの大きな要素です。ちなみに、犬には嗅覚細胞が人間の数千倍あるそうですが、ヒトのほうが複雑な風味を感じ取ることができると言われています。

次回は、美味しさの科学についてお話しします。

文／藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会　理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す！顎関節症』（洋泉社）がある。