取材・文・写真/鈴木拓也

古代において、各地の大寺・役所には、財物保管のため正倉と呼ぶ倉庫が置かれた。時代が下ると正倉は減っていき、現代に残るのは東大寺の1棟だけとなった。現在、これは正倉院宝庫と称されている。
この建物は、北倉、中倉、南倉と3つに分かれ、聖武天皇遺愛の品々600余点を含め、約9千件の宝物が収められていた。これらは、昭和期に建てられた鉄筋コンクリートの宝庫に移され、毎年秋に開封して点検・調査を行う。
1946年の第1回を皮切りに、開封の時期に一部の宝物は一般公開されるようになった。これが「正倉院展」である。
11月9日までと短い会期であるが、今年で第78回を数える「正倉院展」を訪れた。


はるかペルシアの息吹を感じる逸品
会場は第一会場と第二会場に分かれており、全部で60件の宝物が展示されている。第一会場入口の大きな薄い垂れ幕の後ろには、「北倉 漆胡瓶(しっこへい)」が佇んでいた。


これは、光明皇太后が、聖武太上天皇の七七忌に東大寺盧舎那仏に献納した品々の一つである。漆胡瓶とは漆塗りのペルシア風水差しの意味で、器形はサーサーン朝ペルシアの影響がみられる。本体は木製で、表面には銀の薄板の花鳥などがあしらわれている。シルクロードを介した東西の往来を背景に生まれた、特筆すべき優品である。
希少な透明ガラスの至宝
もう一つ、瓶を紹介しよう。「中倉 白瑠璃瓶(はくるりのへい)」といい、アルカリ石灰ガラス製の水差しである。熱したガラス胎を吹き竿の先に付けて吹く、宙吹き技法で作られている。一見薄く緑がかった透明であるが、ごく淡い青の縞が生じている。いつどこから伝来したかははっきりとはわからないが、9~11世紀に西アジアで作られたと考えられている。


宮廷遊戯であった碁の道具も
中国発祥の碁の歴史は紀元前にさかのぼり、日本には遅くとも7世紀には伝来した。奈良時代に編まれた『懐風藻』には、碁の名手と知られた遣唐留学僧が、皇子であった頃の玄宗皇帝と対局。その技量を大いに讃えられたとある。奈良時代には宮廷遊戯として流行した碁は、貴族には重要な教養でもあった。
正倉院には、碁局(碁盤)が3点伝わっており、うち1点「中倉 桑木木画碁局(くわのきもくがのききょく)」が出陳されている。盤面には桑の薄板の年輪が見え、縦横各19本の白線は象牙である。ほかの碁局は、側面に禽獣や植物の図像があるのに対し、こちらはシンプルな無地。真剣勝負の対局にふさわしい、落ち着きのある趣である。

聖武天皇が愛用した碁子(碁石)も伝わっている。素材は象牙で、紅や紺に染めてから、花枝をくわえた花喰鳥(はなくいどり)の文様を彫り、仕上げに緑など色を加えたものである。紅色は132枚、紺色は120枚が今に伝わる。この模様は当時、東アジア各地で用いられたもので、国際色を感じさせる。

古代の舞踏劇で使われた仮面
中世には廃れたが、古代日本では寺院の法会の際、しばしば伎楽(ぎがく)が催された。伎楽とは、推古朝の時期に朝鮮半島から伝来した仮面音楽劇である。舞人は、伎楽面と呼ぶ仮面をかぶり、集団で舞い踊る。伎楽面は、14種23面で1セットであったようだ。正倉院には、各種合わせ171面が残されている。
本展では、伎楽面は3面展示されている。下の写真は「酔胡従(すいこじゅう)」の名がついた2面のうちの1面である。酔胡従とは西域の酔胡王の従者で、劇中では酒宴を繰り広げ、泥酔の演技をする役割であった。

面の主素材は、木屑や漆などを混ぜてペースト状にした木屎(こくそ)と麻布(まふ)で、顔は彩色されている。本面は大仏開眼会(かいげんえ)で用いられた。
筆者にとって「正倉院展」は初めての観覧であったが、展示物の多彩ぶりと造形美には感心しきり。いくつかのエキゾチックな宝物には、東西文化交流の絆がまざまざと感じられた。例年、会期中は10万人以上が訪れるそうで、観覧は日時指定制となっている。早めの申し込みをすすめたい。
【開催要項】
第78回 正倉院展
会期:~11月9日(月)
会場:奈良国立博物館 東西新館
住所:奈良県奈良市登大路町50番地
電話:050-5542-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.shosoin-ten.jp/
開館時間:午前8時~午後6時(金・土・日曜日、祝日は午後8時まで。入館は閉館の60分前まで)
休館日:会期中無休
料金:公式サイト参照: https://shosoin-ten.jp/info/ticket/
アクセス:近鉄奈良駅から登大路(のぼりおおじ)を東へ徒歩約15分、JR奈良駅から市内循環バス外回り「氷室神社・国立博物館」下車すぐ
【主要参考図書】
『第78回 正倉院展 目録』(奈良国立博物館編集・発行)
『正倉院宝物の輝き』(大橋一章、松原智美、片岡直樹編著/里文出版)
『奇蹟の正倉院宝物 シルクロードの終着駅』(米田雄介著/角川学芸出版)
『正倉院宝物の世界』(杉本一樹著/山川出版社)
取材・文・写真/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。







