仮縫いした洋服の試着。肩幅や胸回り、袖丈など、お客様の体型に合っているかどうかを確認する。

仮縫いした洋服の試着。肩幅や胸回り、袖丈など、お客様の体型に合っているかどうかを確認する。

前回の「これがあなたの最適寸法!美しくて動きやすい洋服を選ぶコツ」では、洋服の「サイズ」と「寸法」についてお話ししました。

既製服は各ブランドが考える美しいシルエットを大きさの異なるサイズで展開するのに対して、注文洋服はお客様ひとりひとりの寸法にあわせてお仕立てする、というのが大きな違いだとご説明しました。

今回はその続きとして、注文洋服の仕立て方を「型紙」に注目してご説明したいと思います。

■「型紙」にはお客様の体の特徴や、仕様の好みまで書き込む

一概に注文洋服といっても、最近では「パターンオーダー」というタイプが多くなってきました.

パターンオーダーは、事前に用意されているデザインの服のY体、A体、AB体などのサイズサンプル(ゲージ服)の中から、お客様のサイズに一番近いものを選び、実際にゲージ服をお客様に着用していただいて、着丈や袖丈、ウエスト寸法、股下の長さなど、各部位の寸法を補正していくという仕組みです。

一方、「フルオーダー」と呼ばれる注文洋服では、お客様の体を採寸したデータをもとに、お客様ひとりひとりの「型紙」を製図することから洋服作りが始まります。

「型紙」とは、袖、身頃など洋服の各パーツを服地から裁断する時に使用するものですが、これは私どもにとって、お客様のデータベースともいうべき重要なものです.

以下、弊社・髙橋洋服店のハンドメイド注文洋服での仕立てのプロセスと型紙の役割をご説明いたします。

(1)型紙を製図します。

製図に当たってはお客様の寸法(メジャメント)だけでなく、体型補正を型紙上に反映させることが最も大切な作業です。体型補正こそが注文服の肝です。

例えば、同じ身長175cmのお客様でも、胸を張った姿勢のいい方(反身体)もいらっしゃれば、うつむき加減で背中の丸い方(屈身体)もいらっしゃいます。なで肩と怒り肩では肩の高さが違います。同じバスト95cmでも厚みのある胸なのか、扁平な胸なのかで裁断は違ってきます。同じウエスト80cmでもベルトの留まる位置が高い方もいらっしゃれば、低い方もいらっしゃいます。O脚もあればX脚もあります。

これらはほんの一例ですが、人の体は千差万別で、メジャメントの数字だけでは表現できないのです。注文洋服では、それらの違いをなるべく正確に型紙に反映させながら、体型の欠点をカバーし、しかも着やすく、見た目にも美しい洋服作りを目指しているため、お客様ひとりひとりの型紙はまったく違ったものになるのです。

さらに、型紙には、細かい仕様やお客様のお好みなども書き込みます。

採寸したデータをもとに型紙の製図し、各パーツの型紙を切り出す。

採寸したデータをもとに型紙の製図し、各パーツの型紙を切り出す。

できあがった型紙には、お客様のデータが書き込まれている。

できあがった型紙には、お客様のデータが書き込まれている。

(2)型紙が完成したら、服地にその型紙を乗せ、チョークでマークしてパーツごとに裁断します。

同時に簡単な仕様・寸法を書き込んだ仮縫い用の伝票を作ります。

型紙を服地に載せ、チョークでマーク。

型紙を服地に載せ、チョークでマーク。

その後、裁ちばさみで服地をパーツごと裁断します。写真のパーツはズボン。

その後、裁ちばさみで服地をパーツごと裁断します。写真のパーツはズボン。

(3)裁断した各パーツを組み合わせて、しつけ糸で洋服の形に縫い上げます。

この作業を仮縫いと言います。出来上がった仮縫い状態の服をお客様にご試着いただき、具合の悪いところを補正し、型紙を修正します。

その後、仮縫いをほどいてバラバラにし、アイロンで平らに伸ばしたパーツに、修正された型紙を置いて再びチョークでマークして、本縫いができるように裁断をしなおします。

そして仕様伝票に必要な寸法や注意事項を細かく記入し、裏地やボタン、ポケットの布などの付属品の用意が終わると、ようやく本縫いの準備が完了します。

修正した型紙を使って、仮縫いをほどいたパーツに再度、チョークを使ってマークする。

修正した型紙を使って、仮縫いをほどいたパーツに再度、チョークを使ってマークする。

本縫い用にパーツを裁断しなおす。

本縫い用にパーツを裁断しなおす。

(4)本縫いします。

この時、型紙作りや補正を担当した裁断師は、本縫いを担当する裁縫師に、なぜこの型紙はこのように補正されているのかを説明して、出来上がりの洋服のイメージを十分に理解できるようにします。

(5)仕上がりを検品します。

本縫いが出来上がった洋服は、担当の裁断師の検品を受けます。裁断師の検品を通った服は店主の検品を受けますが、ここまで来ても縫い直しを命じられることもあります。弊社では店主が袖を通して検品した製品しかお納めしていないため、先代店主の時代から支店を出すことができないのです。

(6)納品時にもう一度、洋服の出来映えを確認し、気がついたことを型紙にメモしたり、型紙に修正を加えたりしておきます。

こうすることで、次回ご注文いただいた際に、洋服の品質がさらに向上することになるのです。

補正された型紙は、必ずしも次回そのまま使えるわけではありませんが(お客様の体型が変わったり、洋服のトレンドが変わったりするため)、最低でも20年間は保管して次のご用命の時の参考にしています。

これは弊社でのプロセスですが、注文洋服の縫製過程はおおむね同じです。このように、注文洋服はお客様の体とお好みに合わせてお作りするものなので、1着目よりも2着目、3着目のほうが、着心地がよく、お客様のお好みにあったものになります。

これは、初めての理髪店ではなかなか自分のイメージする出来上がりにならないのに、馴染みの理髪店だと、何も言わなくても「いつも通り」に仕上げてくれる、というのと似ています。理髪店も、飲食店も馴染みになったほうが居心地が良くなるように、洋服店とも気心が知れるようになると、そこで仕立てた洋服の着心地も良くなってくるはずです。

それは単に気持ちだけのことではなく、洋服を作る側も人間ですから、お客様と会話を重ねることで、お客様のお好みや、洋服に求めるものをより理解し、それにあった洋服を仕立てられるようになるからです。

以前、男性ファッション誌の愛読者らしい方がお見えになり、銀座の注文洋服店で1着ずつお作りになったそうで、お店ごとの仕立て方の違いについてお話しされました。お店選びはあくまでお客様のご自由なのですが、まるでスタンプラリーのようにいろいろなお店で1着ずつ作るより、ひとつのお店と深くお付き合いするほうが、満足できる洋服を得る近道だろうと思います。

■型紙についての考え方いろいろ。型紙を作るのは日本の古典的手法!?

私どもにとっては、かように重要な型紙ですが、フルオーダーといっても型紙を作らない/使用しないやり方も存在します。

お客様から採寸したデータを元に、型紙は作らずに服地に直接チョークで製図をして裁断してしまう「直裁ち」というやり方です。この方法で洋服を作ると、前回納品した洋服の製図に加えた補正が記録として残らないため、「この前と同じ洋服」ができません。ですから毎回毎回、「1着目の洋服」を作ることになるのではないかと思います。

洋服店によっては、仮縫いで補正を加えた服地から紙に転写して記録にとどめ、次回からの型紙として利用しているお店もあるように聞いていますが、やはり動きのある服地からの転写では、必ずしも正確とは言えないと思います。

洋服発祥の地、ロンドンの場合も、私が知る限りでは、やはり型紙を作らないところが多いようです。英国のテーラーには「ブロック・パターン」と呼ばれる大小様々な寸法の基準となる型紙があり、お客様の寸法に一番近い寸法のものを取り出してきて、それを生地の上に置き、データに沿った補正を生地上で加え、裁断するのが一般的なようです。したがって補正のデータは数字や言葉のメモとしては残りますが、完成された型紙としては残りません。ですから、やはり毎回違う洋服が出来上ってしまうのではないかと思います。

私が訪問したイタリアのサルトリアでもほぼすべての店が直裁ちでした。

一部の店では仮縫い補正後の生地から転写によって型紙を残しているところがありましたが、「体型は常に同じではない。また生地の厚さも性質も一着ごとに違うから、そのつど素材に合った裁断をしなければならないので、型紙は必要ない」というのが彼らの考え方のようです。

イタリア・ナポリを代表するサルトリア(仕立て屋)の経営者で私の友人、アントニオ・パニコ氏の直裁ちの様子。服地に直接チョークでマークしている。

イタリア・ナポリを代表するサルトリア(仕立て屋)の経営者で私の友人、アントニオ・パニコ氏の直裁ちの様子。服地に直接チョークでマークしている。

もちろん服地の性質や、厚さによって着心地は違ってきます。ですから、いつも「型紙通り」ですむものではありませんが、私どもでは、同じような厚さ、同じような品質の生地を使用したなら、「前回通りに仮縫いなし」でお納めできる注文洋服店であるために、型紙作りを大切にしています。

文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。

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