2000年、81歳の堀文子さんは周囲の制止も聞かず、幻の花・ブルーポピーを求めてネパールへ向かった。これはその時の写真だ。
写真/岩間幸司

日本画家・堀文子さんが亡くなって5年になるが、いまだに各地で展覧会が開かれる。なぜ今、「堀文子」に注目が集まるのか。あらためてその魅力を探る。

ヒマラヤ山中、標高4500mのガレ場に数株だけ咲いていたブルーポピーを、堀さんは命がけで描いた。その後は、依頼されても「もう二度と描けない」と断り続けた。『幻の花 ブルーポピー』2001年、45.5×33.3cm

坂田明さんが語る堀文子の命への眼差し「どんな小さな生き物にも等しく命が宿っているのです」(堀文子)

ほり・ふみこ 大正7年(1918)、東京生まれ。日本を代表する女流日本画家。女子美術専門学校(現・女子美術大学)卒業。「群れない、慣れない、頼らない」を信念とし、60歳を過ぎてからもアマゾン(ブラジル)、マヤ遺跡(メキシコ)、インカ文明(ペルー)、ヒマラヤ(ネパール)など、常に新しい感動を追い求め続けた。86歳から10年間、小誌に「命といふもの」を連載。最後まで筆を握り続け、平成31年(2019)、永眠。享年100。
写真/岩間幸司

解説 坂田 明(さかた あきら)さん(79歳)

昭和20年、広島県生まれ。広島大学水畜産学部水産学科卒業。サックス、クラリネット奏者。ジャズ音楽家として、日本全国のみならず、ヨーロッパ中を駆け巡る。ミジンコ研究家としても知られ、著書に『私説ミジンコ大全』など。
撮影/川井 聡

今年の5月から6月にかけて三島(静岡県)や名古屋(愛知県)の美術館で堀文子さんの回顧展が開催され、その様子は全国紙の文化欄でも大きく取り上げられた。2019年に100歳で亡くなってから5年が経つというのに、堀さんの作品を常設展示する画廊・ナカジマアート(東京・銀座)には、「初めて堀文子を知った」と何人も訪ねてきたという。

なぜ今、堀文子なのか。

ミジンコ研究家としても知られる坂田明さんは、堀さんとミジンコを通して10余年の付き合いがあった。堀さんは大磯(神奈川)のアトリエで庭の甕の中にミジンコを飼っていたが、それは坂田さんから贈られたものだ。

「ミジンコを顕微鏡で観察すると命が透けて見える。心臓や血流、便の流れまで、全部、透けて見えちゃう。堀先生がそれを見て、ここに“生と死のドラマが凝縮されている”“一滴の水の中に無限の宇宙が広がっている”といつも驚嘆していました。でもそれを絵に描こうとしたのは、世界広しといえど、堀先生だけだと思います」(坂田さん、以下同)

80代になり、堀さんは肉眼では見えないミクロな世界に魅了された。時には、真夜中まで顕微鏡を覗き込んだ。『極微の宇宙に生きるものたちⅡ』2002年、45.5×38.0cm

命のつながりを表現する

堀さんは一貫して、自然界の「命」を見つめてきた。

ミジンコのような微生物。誰も見向きもしない名もなき雑草。あるいは、虫に食われた枯葉や蜘蛛の巣。こうしたものに、命の輪廻──命のつながりを見て、その感動を堀さんは絵にした。

「堀さんは関東大震災や太平洋戦争を体験してきた人です。命の無常さも、人の命をないがしろにしてきた歴史も知っている。80歳を過ぎても、権力者の横暴に本気で腹を立て、世界各地の戦争には心を痛めていました。だからこそ、ミジンコのような微小な生物の“命”を描こうとしたんだと思います。その眼差しが、今を生きる人々にも伝わるのでしょう」

堀さんがミジンコに目を向けたのは、自身の病気もきっかけだった。83歳の春、解離性動脈瘤で緊急入院し、生死をさまよった。

ところが一夜明けると、奇跡的に回復。この時堀さんは、自分の中の細胞が懸命に闘ってくれたことがわかったのだという。

《それから眼に見えない生命の働きに惹かれ、微生物へと関心が向いたのです》(『サライ』2008年18号)

大磯港(神奈川県)で顕微鏡を覗き込む堀さんと坂田明さん。この日は、ケンミジンコなど「生命の宇宙」を覗き続けた。2006年頃。

だが、日常生活で「命」に思いを巡らせることはほとんどない。人間だけが、地球上の命のつながりがわからなくなっているのではないか、と坂田さんは考える。

「僕がやっているジャズも、自分が生きている意味を問うことなんです。命を感じることが根底にある。堀先生も一貫して、命のつながりを描いてきました。だからこそ、堀先生の絵に心を揺さぶられるのではないでしょうか」

ひまわりの「最期」を描いた作品に衝撃を受けて制作した『枯れたひまわり』

坂田明さんが制作したアルバムに『枯れたひまわり』がある。このジャケットに使ったのが、堀文子さんの作品『終り』だ。

69歳でイタリアにアトリエを構えた堀さん。トスカーナ地方のひまわり畑で、花々の終焉の力強さに衝撃を受け、それを一心に描いた。『終り』1992年、53.0×65.2cm

「これはとんでもない絵です。咲き誇るひまわりを描くならわかりますが、死を目前にした命を描いているんですから」(坂田明さん、以下同)

堀さんがイタリアのトスカーナ地方で描いた枯れたひまわりだ。

CDアルバム『枯れたひまわり』(2500円)収録の「枯れたひまわりのバラード」(作曲・坂田学)は、この絵の衝撃から生まれた(※)

※オンラインストアでのみ販売 http://bridge-inc.net/

次世代の輝き

《ひまわり畠の終焉は、その時の私の何かを変える程の衝撃だった。ひまわりは頭に黒い種をみのらせ、生涯の栄光の時を迎えていたのだ。大地を見つめる顔は敗北ではなく、そのやせた姿にも解脱の風格があった。その顔一杯の種は、次の生命を宿し充実していた》(『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ』)

堀さんは、枯れたひまわりに、次世代の輝きを見たのだ。

「終わりの中に次の命を見る。この視点こそ、堀さんの命への眼差しですね」

【企画展】堀文子の仕事 こどものための絵本原画展が開催

「子供にとって、絵本の絵はこの世で知る最初だから、最も良いものをみせなくてはいけない」と堀さんは晩年のインタビューで語っている。手掛けた絵本や挿絵の数々は精魂込めた作品だった。

企画展「堀文子の仕事 こどものための絵本原画展」は11月14日(木)から27日(水)まで、東京・銀座のナカジマアートで開催。『グリム童話2』挿絵(上「ヘンゼルとグレーテル」)、野口雨情『どうよう』装幀画など、昭和25年頃から20年余りの間に手掛けた、色鮮やかな絵本の原画を35点公開する。

ナカジマアート

住所:東京都中央区銀座5-5-9アベビル3階
電話:03・3574・6008
開館時間:11時〜18時30分
料金:無料
定休日:無休
交通アクセス:東京メトロ銀座駅より徒歩約1分

「墨絵」に込めた命への想い

戦後、堀文子さんは新聞や雑誌の挿絵を精力的に手掛けていた時期がある。墨絵は小品と受け取られがちだが、どんな小さな作品であっても、堀さんは常に「命がけ」だった。自身の感動をそこにぶつけた。草木、鳥、けもの、草むらの虫たち。文句も不平も言わず、黙々と天命に従って生きる凛とした姿に、堀さんはきらめくほどの美しさを感じていた。傍に飾り、いつも眺めていたい。

小綬鶏

堀さんは、鳥やけものの挿絵も多く描いてきたが、これは新聞や雑誌の連載用のものと思われる。20代の頃はカラスを飼うなど、鳥好きの一面もあった。誇らず語りもしない鳥の姿に、堀さんは神々しささえ見出していた。

堀文子 墨絵の世界 『小綬鶏』額装

ナカジマアート(日本)
商品番号 75412-004-00
税込み価格 33万円
画寸縦6.8×横14.6cm
額寸縦18.8×横26.6×厚さ2.0cm
●あわせ買い不可
●「墨絵」作品の額は木、アクリル、布、紙。吊り下げ紐付属。日本製。※すべて直筆サイン入り、一点ものの作品となります。

原画・墨絵のご注文について

お支払いは、銀行振り込み(振込手数料お客様負担)での前払いのみ。代引き、カード決済不可。キャンセル、返品不可。ご注文後、小学館LIFETUNES MALLより詳細をご案内いたします。ご入金確認後、ナカジマアートの担当者より日時などのご相談をし、ご送付希望先へ宅配便で配送、または直接お届けに伺います(都合により宅配便での対応になる場合もございます)。

 

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