うつ病は正式には「大うつ病性障害」といわれ、精神的ストレスと、「眠れない」、「食欲がない」、「疲れやすい」といった身体症状が続くことで発症する場合が多いといわれています。社会的機能の低下で、仕事や家事などの日常的な生活に支障をきたすだけではなく、最悪の場合、自殺などにもつながる深刻な病気です。しかし、うつ病は原則として必ず治る病気でもあります。

そのためには、本人や周囲が早期にうつ病のサインをキャッチして、発症の要因となるストレスを減らし、食事や生活習慣を見直すことが大切。うつのサインをどう見分ければいいか、メンタルヘルスの研究者であり、帝京大学医学部精神神経科学講座教授の功刀くぬぎひろし医師に伺いました。

環境や生活の枠組みの変化がうつの誘因となる

「私たちの体はストレスにさらされると、ストレスホルモンを分泌することでストレスに対抗していきます。けれども、慢性的なストレスによってストレスホルモンが過剰になってしまうと脳を傷つけ、うつ病の発症へとつながります。男性の場合、仕事のストレスがうつ病発症の誘因となることが多く、きっかけの多くは社内の人事異動です。健康な時は会社の一定の枠組みで上手くいっているわけですが、人事異動で環境や生活の枠組みが変化することで、『仕事が自分に合わない』とか、『新しい上司とうまくいかない』、『異動でこれまでの友人関係を失った』などのストレスが重なり、うつ状態になるわけです。仕事以外では、経済的不安も発症のきっかけとなります。女性の場合は、仕事が誘因となることのほか、家庭内の問題や妊娠、出産、失恋などによってうつの状態が生じることが多くみられます」

さらに、現代人は“隠れストレス”も、うつ病の発症リスクを高めているといいます。

発症リスクを高める“隠れストレス”にも注意

「ストレスと聞くと、人間関係や仕事へのプレッシャーによる精神的ストレスや、“長時間労働による疲労”や“身体の病気”といった身体的ストレスを連想すると思いますが、こうした自覚できるストレスに加え、最近問題になっているのが、食事や運動、睡眠の乱れが引き起こす“隠れストレス”というものです。皮肉なことに、隠れストレスは、人類が便利さによって、少しでもストレスを解消させようとつくりあげたものに起因しています」

隠れストレスは、食べるものが有り余った“飽食”からくる肥満や栄養バランスの乱れ、“夜型生活”による睡眠~覚醒リズムの乱れ、“クルマ社会”や“ネット社会”が生んだ運動不足。最近ではゲーム依存やインターネット依存が心身を脅かすという新たな問題も引き起こしています。

「軽視されがちですが、睡眠不足が慢性化するとストレス状態から回復できず、うつ病を発症し、その後も不眠が続き、症状がより悪化する負のスパイラルに陥ってしまいます。現代人は深夜になってもコンビニなどの強い光にさられるだけではなく、スマートフォンやパソコンの画面から放たれるブルーライトによっても入眠を妨げられています。夜にぐっすり眠り、快適に覚醒できるリズムが崩れていることもうつ病が増えている理由の一つだと考えます」

体内時計のリズムを整えてうつを克服する

隠れストレスは私たちの体に備わる体内時計にも悪影響を及ぼします。

「私たちの体にある体内時計は、太陽とともに目覚めて日中活動をし、夜になると眠るという基本的なリズムが備わっています。隠れストレスがこのリズムをくるわせてしまうわけです。規則的な生活を送る上で一番大事なことは、毎朝、決まった時間に起床し、しっかりと朝食をとることです。人は太陽の光を浴びると脳の体内時計がリセットされ、朝食を食べると体(抹消)の体内時計もリセットされて活動状態に入ります。生活習慣を改善し、朝9時から午後1時ぐらいまでにパフォーマンスが最高潮に達する生活リズムをつくっておくと、うつの予防にもなります。日中にしっかり活動することができれば夜もぐっすり眠ることができ、不眠も解消されていきます」

こうした生活習慣の見直しをしても改善されない場合は、うつ病の可能性が高まります。現状では、血液検査や脳の画像などでうつを診断する客観的な方法はないため、功刀医師は、ここに紹介したチェックリスト(世界で汎用されているうつ病の診断基準をもとに作成)を使った問診によって症状を聞き取っているといいます。

うつ病危険度チェックリスト

A
1.毎日、一日中、気分が沈んでいる  ⇨ はい いいえ
2.なにに対しても楽しめなくて、興味がわかない ⇨ はい いいえ

B
3.食欲がない。もしくは体重が減った ⇨ はい いいえ
4.寝つけない。夜中や朝方に目が覚めたりする ⇨ はい いいえ
5.話し方や動作が遅くなった。もしくは、イライラしたり落ち着きがない ⇨ はい いいえ
6.気力がなく、疲れやすい ⇨ はい いいえ
7.仕事や家事などに集中できない ⇨ はい いいえ
8.「自分には価値がない」や「◯◯に対して申し訳ない」と感じる ⇨ はい いいえ
9.この世から消えてしまいたいや、死にたいと考える ⇨ はい いいえ

「A群にある2項目のどちらかが該当し、A群とB群を合わせて5項目以上が当てはまるようであればうつ状態が生じている可能性があります。さらにその症状が2週間以上続き、強い苦痛を自覚していたり、日常生活や、社会的な機能が障害されていた場合は『大うつ病性障害』です。早期に経験豊富な神経科、精神科、精神内科、メンタルヘルス科などの専門医にかかり、専門的治療を受けた方がいいですね」

お話を伺ったのは……



功刀(くぬぎ) (ひろし)先生
帝京大学医学部精神神経科学講座主任教授


1986年東京大学医学部を卒業後、帝京大学精神科学教室を経て、1994年、ロンドン大学精神医学研究所にてRobin Murray教授の指導下に疫学、分子遺伝学的研究を行う。以後、精神疾患の生物学的研究を継続的に行っている。専門は統合失調症やうつ病の脳科学、新たな診断・治療法の開発。最近は、脳脊髄液を用いたバイオマーカーや創薬標的分子に関する研究に精力的に取り組む。また、食生活・栄養に着目した研究も積極的に行っている。「心の病を治す 食事・運動・睡眠の整え方 ココロの健康シリーズ」(翔泳社) 、「こころに効く精神栄養学」(女子栄養大学出版)など多くの著書がある。

医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/

取材・文/安藤政弘  写真提供/功刀 浩医師

 

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