35歳まで制服を着て働いていた
真由さんは結婚に縁がなかった理由を、「仕事で男性社員の補佐をしていたから」と言う。
「多くの男性は、私がほぼ全ての準備をしていたのに、手柄は総取りしますからね。調整や交渉、後輩のケア、打ち合わせの事前準備など、成果物には直接結びつかないことは私が行い、最終的なところは男性社員が持っていく。それに対して、あたかも俺が全てやったような顔をして、当然感謝もない。仕事だからいいけれど、結婚は人格も人生も深く関わってくるじゃない? 『感謝をしない男性という生き物に、深く関わりたくないな』と思い、結婚から遠ざかってしまったのです」
母親からは「結婚せよ」と圧力が来たが、職場から結婚について言われることはなかったという。
「親も27歳くらいまではうるさかったですが、以降は『あなたは変わり者だから仕方ないか』と諦めてくれました。当時、30歳での初産は高齢出産とみなされていた(医学的には35歳)こともあって『もらい手がいない』と諦めがついたのでしょう。
もちろん、当時付き合っている人もいましたが、『この人』と思う30代の男性はみんな海外赴任してしまう。会社は人をよく見ていて、仕事もでき人格も優れた人は海外を打診されます。当然『一緒について来て』という話になりますが、私は日本で生活したいのでお断りする。そうすると男性は帯同者が必要だから、焦って私の後輩などと結婚したり。結婚式で新婦から勝ち誇ったような顔をされたこともありましたが、『その男は私の元彼だよーん』と心の中でベロを出していました(笑)」
ベテラン社員でありながら、制服を着た事務員として35歳まで働いていたという。
「ミニスカートにベストという明らかに似合わない格好だったので、お客様からギョッとされたことは何度もありますよ。気にしないようにしていましたが、私はここでしか生きられないので開き直りました。
1998年ごろに制服が廃止になり、上司から『総合職の試験を受けたほうがいい』と言われ、何度目かの試験で合格。給料は少ししか上がりませんでしたが、大きなプロジェクトに関わることもありました。ゴリゴリの男社会で差別されることもありましたが、会社の力が強いから実害もなく、定年を意識する55歳くらいまで、仕事はとても楽しかったです」
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取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。











