突然襲った意識障害。自分が誰だかわからない｜まさか自分が？ 甘く見てはいけない熱中症【前編】

取材・文／坂口鈴香

厳しい夏がまだ終わらない。暑さはもちろん、夏の疲れが出ている方もいるのではないだろうか。ここ数年「異常な暑さ」「災害級の暑さ」という報道が繰り返されてきたが、今後それが常態化するのは想像に難くない。はかばかしい温暖化対策もなされず、お手上げ状態に見えるが、これからどうやって我が身を守っていけばいいのだろう。

大西勝さん（仮名・69）は定年後、先祖代々の農地で果物栽培をしているが、この猛暑でも農作業を休むことはなかった。「農作物は待ってくれませんから」とあきらめ気味に言う。

大西さんの農地は山間部にあり、この地域に住んでいるのは高齢者ばかりだ。熱中症や転落、怪我などで、倒れている高齢者を発見することも少なくないという。その一方で、地域で一番若い自分が倒れていても誰も発見してくれないのではないかと危ぶむ。今や真夏の農業は命がけ。超高齢化社会と過疎化が進む土地の現実だ。

40度近い気温であっても外で仕事をしなければならない人は、大西さんのような農家以外にもたくさんいる。さほど高齢ではなくても、命の危険にさらされている。

突然襲った意識障害。自分が誰だかわからない

カメラマンの久志田亮二さん（仮名・64）は、先日怖い思いをしたという。日陰のない屋外での撮影だったが、合間に水を飲むのを我慢して撮影に没頭していた。撮影終了後、久志田さんに異変が起こった。

「撮影が終わって電車に乗ったら、突然自分がどこの誰で、何で電車に乗っているのかもわからなくなりました。頭が真っ白とはこのことです。焦るなんてもんじゃありません。これは熱中症だとピンときたので、水をがぶ飲みしました。すると、家の方向だけはうっすらと思い出せたので、何とか自宅に帰ることができたんです」

「熱中症だ」と久志田さんは断言するが、気分の悪さや体のだるさなどは特に感じなかったという。

「症状は意識障害のみです。仕事中、水を我慢していたので熱中症になったんだろうと思い、家についても水を飲み続けました。それでも今日の日付もわからないし、これからの仕事の予定も思い出せないんです。カメラを持っていたので自分がカメラマンだとはわかるのですが。入っている仕事を確認して、仕事先に連絡を取らないといけないと思い、パソコンを開こうとしたのですが、パスワードが思い出せない。熱中症だと思っていたけれど、もしかすると認知症なんじゃないか。『人生、終わった』と思って、しばらく茫然としていました」

脱水によるせん妄？　脳梗塞の疑いも

数時間経つと、妻が帰宅した。そのころになると少し記憶が戻ってきていたが、認知症疑惑で頭がいっぱいになっていた久志田さんは、妻にも今日の出来事を報告できなかった。

「妻からは『どうしたの？　なんだか今日はおとなしいわね』と不審がられましたが、とにかく自分の症状が怖くて、相談さえできなかったんです」

夜遅くになって、ようやくいつもの自分に戻ったと思えてから、妻に今日のことを伝えた。妻はネットを調べて、脱水によるせん妄に襲われたのではないかと言う。

「それが腑に落ちて少し落ち着きましたが、その日の恐怖は今も忘れられません。熱中症からの脱水症状だと思っていたのですが、知人に話すと、軽い脳梗塞を起こしていて、水をたくさん飲んだので詰まりが流れたんじゃないかと言われました」

数日後、新聞を読んでいた久志田さんはハッとした。脳神経内科医師が、「この夏、熱中症から脳梗塞を起こした人の入院が相次いだ」と指摘していたのだ。

「やはりあのとき自分もそうだったのかもしれないと思いました。熱中症を軽く考えたらダメですね。フリーには労災もないし、自分の身は自分で守らないと」

【後編に続きます】

取材・文／坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。