【弁護士が見た熟年離婚のリアル】役職定年を機に家計に口を出す夫。妻が知る財産分与の現実と意外な結末

現実を知り「55歳で揉めている場合ではない」と覚悟を決めた

財産分与は、結婚中に増えた夫婦の財産を合計して半分ずつにするのが原則です。この財産には負債も含まれます。

Ａ子さん夫妻の場合、持ち家のローンが残っているので、退職金でローンを返済すると、残りは約300万円になることがわかりました。その他の貯金を合わせても、財産分与でもらえるお金は、悠々自適に暮らせる額とは程遠いものでした。

あとは年金分割もありますが、年金は厚生年金部分だけで、思ったほど高い額にはならないことがわかりました。

こうしてシミュレーションが終わった結果、Ａ子さんは改めて、これからの暮らしについて考え、動き始めました。

まず、パートを見つけて働き始めました。そして夫に、今までの生活費の内訳と、老後の生活の見通しを説明しました。この先の人生は長いのだから55歳で揉めている場合ではない、これからどう暮らしていくかを、ふたりでじっくりと話し合ったのです。

すると夫も、気持ちを正直に話してくれました。会社での立場が変わり、いきなり自分は必要ないと言われたようでむなしくなってしまった。そのつらさを、家計を口実にA子さんにぶつけることで解消していたのだ、と。 夫は夫でA子さんの知らないところで苦労をしてきたのだ、これまで頑張って働いてきたのだ……とA子さんも思えるようになり、役職定年前のように、「日曜は晴れそうだね」「じゃあ遠出してアウトレットモールにでも行くか」といったなにげない会話もするようになりました。

「離婚したら経済的にどうなるか」シミュレーションで人生後半の過ごし方が変わる

このケースのように、役職定年をきっかけに、妻を執拗に怒るようになる夫は少なくありません。

定年を前にして収入が下がることの不安や、社内で第一線から退いたことによる喪失感やストレスが原因と思われます。

その時に夫婦でトラブルにならないように、役職定年の前から、家計についてある程度夫婦で意見や情報を共有することを私はおすすめします。

さて、この事例は役職定年がきっかけですが、流れそのものは熟年離婚を考えた夫婦によくあるものです。つまり、定年を前に離婚を考え始めたものの、お金の計算をしてみると、とても別々に暮らせるような金額は残らないとわかる、という流れです。

結局、何も変わっていない、意味がないのでは？　と思われる読者もいるかもしれません。が、Ａ子さん夫婦のいきさつを見てわかるように、離婚後の現実的な想定をするのとしないのとでは、その後の人生の過ごし方が変わってくると私は思うのです。

メディアの影響か、熟年離婚に夢を見ている人は少なくありません。定年まで我慢すれば、離婚で退職金と年金を半分もらってバラ色の生活が送れる……。そんなふうに思っている人の相談をよく受けますが、いざ試算をしてみると、たいてい皆さん、とてもがっかりされます。

ただ同時に、諦めがついたとおっしゃる方もいます。

「熟年離婚すれば裕福に暮らせるのに」と頭のどこかで考えていると、夫のことがどんどん嫌になってしまうのでしょうね。

「熟年離婚で夢の生活」などないのだと踏ん切りをつけて、夫との退職後の暮らしに向き合っていく……。そのために、一度は熟年離婚のシミュレーションをしてみるのも悪くはありません。

＊　＊　＊

堀井亜生（ほりい・あおい）／弁護士。
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。
離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。『ホンマでっか！？ＴＶ』（フジテレビ系）をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』（毎日新聞出版）などがある。