
人の顔には、それぞれの人生が刻まれる… そんな風に表現されることがあります。若さの輝きは時間とともに落ち着いていくものですが、経験や体験、積み重ねた仕事、乗り越えてきた出来事は、その人ならではの表情として滲み出ます。いわば「渋み」のある魅力です。
そして不思議なことに、そうした人が口にする言葉には、簡単には消えない重みがあります。今日ご紹介するのも、そんな時代を越えて残ってきた一文。あなたの毎日に、静かな力をくれるかもしれません。
今回の座右の銘にしたい言葉は「徳は孤ならず必ず隣あり」 (とくはこならずかならずとなりあり)です。
「徳は孤ならず必ず隣あり」の意味
「徳は孤ならず必ず隣あり」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れる」とあります。
ここでいう「徳」とは、単なる親切さだけではありません。誠実さ、思いやり、約束を守る姿勢、他人の立場を尊重する心など、日々の行いに表れる人柄を指します。
「孤」は孤独、つまりひとりであることです。「隣」は文字どおり隣人を表す場合もありますが、ここでは、同じ志を持つ人や、その人を理解し支えてくれる人という意味で捉えるとわかりやすいでしょう。
この言葉は、「善いことをしていれば、すぐに評価される」と約束しているわけではありません。むしろ、誠実に生きていても、理解されない時期はある。それでも、その姿勢を失わずにいれば、やがて信頼できる人との縁が生まれる。そんな温かく力強いメッセージが込められているのです。
「徳は孤ならず必ず隣あり」の由来
この言葉の由来は、古代中国の思想家である孔子(こうし)の言行録『論語』の「里仁第四」(りじん)に収められている一節です。
原文では「子曰、徳不孤、必有鄰」と記されています。利益や武力ばかりが優先される世の中で、孔子は「仁」(思いやりの心)や「徳」(人としての立派な品性)によって世の中を治めるべきだと説き続けました。
しかし、その理想は当時の為政者たちにすぐには受け入れられず、孔子自身も長く不遇の時代を過ごし、諸国を放浪することになります。そんな逆境の中で、孔子が弟子たちに向かって語ったのが、この「徳は孤ならず、必ず隣あり」という言葉でした。
「私たちが信じる『徳』の道は、今は孤立しているように見えるかもしれない。だが心配することはない。本当に徳を備えていれば、必ず共感し、行動を共にしてくれる仲間が現れるはずだ」。孔子自身の強い信念と、弟子たちへの深い愛情、そして未来への希望が詰まった言葉なのです。
「徳は孤ならず必ず隣あり」を座右の銘としてスピーチするなら
座右の銘としてスピーチする場合は、意味を説明するだけで終わらせないことが大切です。自分の経験や、これから大切にしたい姿勢と結びつけると、言葉に説得力が生まれます。以下に「徳は孤ならず必ず隣あり」を取り入れたスピーチの例をあげます。

定年退職時の挨拶としてのスピーチ例
私の座右の銘は、「徳は孤ならず必ず隣あり」です。
この言葉は、徳のある人は決して孤立せず、必ず理解者や支え手が現れる、という意味です。若いころは、成果を出すことや、周囲に認められることばかりを気にしていた時期もありました。ですが、年齢を重ねるほど大切だと感じるのは、何を成し遂げたか以上に、日々どのような姿勢で人と向き合ってきたか、ということです。
約束を守ること、相手の話を最後まで聞くこと、感情に流されず丁寧に返すこと。そうした小さな積み重ねが、いつの間にか信頼になり、人生の支えになってくれました。
人は一人で生きているようでいて、実は誰かの支えの中で生きています。そして、誠実に生きていれば、無理に求めなくても、自然に手を差し伸べてくれる人が現れる。私はこの言葉に、そんな希望を感じます。
これからも、徳を大切にしながら、静かに、まっすぐに歩んでいきたいと思っています。
最後に
「徳は孤ならず必ず隣あり」は、努力や親切がすぐに報われることを約束する言葉ではありません。それでも、誠実に生きることには意味があり、その積み重ねが人との信頼やご縁につながると教えてくれます。
人生の歩みを重ねると、人間関係のありがたさを実感する場面が増えていきます。長年の友人、家族、仕事仲間、地域で出会った人。思い返せば、多くの人に支えられて今があるのです。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











