文/浅見祥子

『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』
(配給:KeyHolder Pictures)
監督/宇野航 企画/井上優、宇野航 ナレーション/斎藤工
9/4~テアトル新宿ほか全国公開
(C)GUN FISH FILM PARTNERS

自分はフグについて詳しい! と思ったことはぜんぜんない。高級食材でもあるし、たまたま数回、そういえば食べたことがあったかも? というくらい。なぜか釣り船に乗って2匹ほど釣り上げたことはあるが、それはまた別の話。だから当然かもしれないが、ドキュメンタリー映画『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』を観て、心底驚いた。自分はこんなにフグのことを知らないのか! というあれやこれやが続出。なんかもう食べる前にお腹いっぱい…みたいな気になった(いい意味で!)。とにかく情報量が多過ぎるのに(これもいい意味)、人間ドラマみたいに爽やかな感動があり、西部劇みたいな(?)遊び心もつまっていて、いちど観ただけではとても消化しきれそうもない。

いわばこの映画のヒロインである行木さん。制限時間20分以内に、有毒部位を手際よく除去するために四苦八苦。勉強を始めた当初は、あまりの不器用ぶりに、観ているこちらまでハラハラどきどきすることに。

「フグを鉄砲と言うは、当たればすなわち命を失うとの意なるべし」――。映画は、そんな一節に始まる。タイトルの‟ GUN FISH”とはそのこと…って、もう面白い! そうして「東京都ふぐ調理師試験」に挑む二人の女の子を軸に、フグ毒を研究する大学教授、猛毒であるはずのフグ肝解禁に挑む養殖業者、会員制のフグ料理店を営む敏腕社長、フグ免許制度の礎を築いた祖父の志を受け継ぐ「全国ふぐ連盟」代表理事会長、フグの目利きのエキスパートと、フグの毒にヤラれた人びとの、毎日が真剣勝負な日々を追う。

いま例として挙げたフグに取り組む人びと、大袈裟ではなく、そのすべてに驚きがあった。フグ調理師免許に挑む女の子が通うのは、市場の一角にある‟除毒所”。卵巣や肝臓と、フグの有毒部位を取り除き、安全な状態に加工する専門の施設を‟除毒所”というのか。なんか不穏な響き…と映画の本筋、その入口のだいぶ手前から、へ~と小さく驚いた。更に現在に至るまで続く免許制度の紆余曲折、フグの無毒化とかありえるの? そもそもフグの毒って何? 中毒になったらどうなる? なぜフグ料理を扱う店を会員制にする必要が? 目利きはどうやっていいフグを見分けるの? 本当に何も知らなかったし、そのどれもに、興味深過ぎるアンサーがあった。

大阪、岸和田のふぐ料理店「喜太八」二代目店主、北濱喜一さん。フグについて語る姿はまさに生きるレジェンド。その人生哲学までもが味わい深い。

なかでも目を見張ったのは、ミシュラン二つ星の料理人でありながら本気のフグ研究家で、「ふぐ博物館」までつくってしまった大阪「喜太八」の店主と、豊洲で仲買業に従事する目利きのスペシャリストである串田さん。

喜太八の主人はたぶんその博物館の一室、ずらっと並んだフグの前でフグについてすらすらすら~と語っていく。その姿がなんだろう…、なんだかとっても面白いのだ。ひとつのことを極めた人の在りようなのか、世俗に生きるなら避けられないはずのどろどろとした感情とか不安定さとか曖昧さが皆無。突き抜けていて、どこかが過剰で、なんだかちょっとコミカル、というような。本当に中身の濃い人って、やたらサラっとしてるよな~みたいな。ちょっと人間離れした人に見える。

更に串田さんもスゴイ。市場で働く男らしいさっそうとした佇まいはもちろん、一本筋が通っていて、義理人情に厚く、仕事にはしゃれにならないほどに厳しい。そんな彼が働くさまは、惚れ惚れするほど格好いい。フグというのは、オスの精巣は白子と呼ばれる高級部位だが、メスの卵巣は猛毒、つまりオスかメスかで価値が異なる(もちろんそれも知らなかった)。そこで串田さんが仕入れ先に、「メスしかね~のか? オス出せよ!」と電話でカラっとすごむ感じ。電話を切ってすぐ商売人の落ち着いた口調に戻る感じ。本当にしびれた。誰かが働く姿を見て、こんな風に格好いい! と思ったことがあっただろうか。

猛毒であるはずの、フグの卵巣を食べる!? なぜ塩漬けにし、更に糠につけると毒が抜けるのか?

彼らに限らず、フグを取り巻く人びとは誰もが輪郭がハッキリしている。イマドキの人によくある雰囲気、表面的にはうっすら無害な良い人っぽいけど、下を向いた瞬間に小さく舌打ちしてそうなイジワルな感じとか、そもそも自分というものがなく、真剣になる対象を持たず、目の焦点がいつも合っていない、みたいな存在がぼんやりした人の対極にある。例えばフグの除毒を教える立場の料理人の、生徒の手つきを見る目にたじろいだ。目つきが鋭すぎる。それほどに真剣な人というのを久しぶりに見た気がした。それもこれも、人をそれだけ惹きつけて真剣にさせるのも、フグが猛毒を持つ魚だからなのかもしれない。

そもそも毒を持つ魚を食べること自体、とても貪欲な日本の食文化を感じさせる。毒性のある青梅を梅酒にしたり完熟させて梅干しにしたり、渋柿を天日干しにして甘~い干し柿にしたり。手間暇を惜しまず、なんとかおいしく食べてやる! という知恵や工夫は日本人の得意技。それはフグに関してもそうで、猛毒であるはずの卵巣を塩と糠に漬けて無毒化した珍味って、そこに至るまで何人が命を落とした!? と驚いた。それでもあきらめない食への貪欲さに思いを馳せて気が遠くなるよう。

また皮のはぎ方ひとつも関東と関西でやり方がまるで異なったり、いろいろな場面で地域性を感じさせるのも日本らしい。フグの刺身を菊の花びらに見立てて盛り付ける‟菊盛り”が芸術作品のようなのも、日本食が求める美の究極形のよう。まるで‟フグ道”だ。フグにまつわるあれこれは、それぞれに極めるだけの奥行がある。

断言しよう。この映画一本を見れば、この先ずっと、フグ料理を食べるときのネタに困ることはないだろう。 そんな食材、なかなかない。

フグ料理といえば、まっさきに思い出される‟菊盛り”。この透き通るように薄く切るのにも、その店独自のやり方があったりする。

【映画深堀りネタ帳】

サブスク時代、『GUN FISH あなたの知らないフグの世界』をより深く味わうための映画ネタを紹介。

『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』(2001年製作)

西田敏行&三國連太郎というよく考えたら超重量級の、でも映画としては軽快でコミカルなご長寿人気シリーズ。舞台は山口県の萩市ほかで、山口県と言えば下関! ハマちゃんがフグを釣り上げ、さばいているところをスーさんが肝をナメてしまい…、という展開。三國連太郎の中毒演技に注目。ヒロインは宮沢りえ。

文/浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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