酒を手土産に前田利家(右/演・大東駿介)に会いに敵地にやってきた秀吉(左/演・池松壮亮)。(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第32回では、なんだか七尾城、北ノ庄城の雪の情景がひときわ目を引きました。というわけで、雪の話に加えて、お酒の話、騎馬無き合戦シーンの話と、小ネタをテーマにしてみたいと思います。

編集者A(以下A):深々と降る雪、庭を覆う雪、枝に積もる雪……どれをとっても美しい映像になりました。雪降る庭先で槍の稽古に励む前田利家(演・大東駿介)の鍛え抜かれた大胸筋も見どころでしたね……。さて、雪の情景があれほど美しくリアルな映像にできるほど技術が進歩しているということで、「雪の日本史」を映像化してくれたらと夢想しました。まずは古代から。『万葉集』巻1所収の天武天皇御製になります。敢えて訳は付しません。

み吉野の 耳我(みみが)の嶺に
時なくそ 雪は降りける
間なくそ 雨は降りける
その雪の 時なきがごと
その雨の 間なきがごと
隈(くま)もおちず 思ひつつぞ
来(こ)しその山道を

I:源頼義が安倍貞任らと雪原で戦った「黄海の戦い」(天喜5年=1057)は1993年の大河ドラマ『炎立つ』で描かれました。雪の情景というのは、なんだか切ないですね。慕情ですね。太宰治が『津軽』の中で、雪には「こな雪」「つぶ雪」「わた雪」「みず雪」「かた雪」「ざらめ雪」「こほり雪」の「七つの雪」があると書いていますが、七尾城の雪は「わた雪」でしょうか。

A:「雪の日本史」。以下、ランダムに挙げていきます。

●清少納言が『枕草子』の中で、白居易の漢詩を踏まえて庭に降り積もる雪を香炉峰の雪に見立てたエピソード。

●平治の乱(平治元年=1159)で敗れた源義朝が、朝長、頼朝らの息子らと逃避行の際に美濃青墓宿付近で見舞われた雪。

●文治元年(1185)源義経が愛妾静御前と別れた吉野の別れの雪景色(吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき)

●建保7年(1219)1月27日、鎌倉鶴岡八幡宮で行なわれた実朝の右大臣就任拝賀の式の折に降った雪。この日、2尺の雪が積もる中、源実朝は甥公暁に暗殺されました。

●天正12年(1584)、佐々成政が「さらさら峠越え」をした際の雪。

●元禄15年(1702)12月14日の赤穂浪士が吉良邸に討ち入る際に降った雪。

●安政7年(1860)3月3日、大老井伊直弼が水戸藩脱藩組を中心とした不逞浪士らに討たれた事件「桜田門外の変」の際に降った雪。

●八甲田雪中行軍。1977年に映画『八甲田山』で描かれました。日露戦争直前の明治35年(1902)に、陸軍青森歩兵第5連隊が実施した過酷な寒冷地訓練で、210名中199名が死亡しました。

●二二六事件の雪。昭和11年(1936)陸軍皇道派の青年将校が「昭和維新」を掲げ、斉藤実元首相、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎教育総監、松尾伝蔵首相秘書官などを殺害。2月23日に降った大雪が、20cm以上残っている中での事件となりました。

I:けっこう雪の事件ってあるのですね。

秀吉が注いだ酒

I:さて、第32回小ネタのその2です。突然、七尾城に前田利家を訪ねた秀吉(演・池松壮亮)は、ひょうたんの酒器に入れたお酒を持参していました。

A:『豊臣兄弟!』では、これまでも幾度かお酒を注ぐ場面がありました。そのお酒は、だいたいが「にごり酒」でした。ところが、秀吉が利家に注いだのは「清酒」でしたね。清酒って、室町時代くらいから作られるようになったそうで、奈良の正暦寺は清酒発祥の地として知られています。正暦寺同様、寺内で酒造りを行なっていたのが、興福寺。その時代の酒造りについて細かく書かれているのが、興福寺の塔頭多聞院の院主・多聞院英俊が書き残した『多聞院日記』なんですよ。

I:「本能寺の変」も含めた当時の時事ネタなんかもたくさん書かれている貴重な日記ですね! 珍しい野菜をもらっただとか、味噌のことだとか、主に寺での生活に関わることが多く書かれた日記なのですが、永禄11年(1568)の記述に、当時の酒の製法がばっちり記されているのです。興福寺の執事長で、常如院主の辻明俊さんと、奈良の老舗酒蔵油長酒造さんが、『多聞院日記』に記された製法を再現しています。「水端1568」という銘で、興福寺国宝館など限られた場所で限定販売されています。

A:私も飲んでみましたが、「ああ、これが戦国時代のお酒か」と感慨深かったです。

I:私はお酒は全く飲めないので味わえないのが残念すぎます。でも、美濃焼のボトルがおしゃれで、現代にも通じるお酒みたいですね。

A:三段仕込み製法という、現代の酒造りにも通じる製法で、当時としてはかなり革新的だったと思います。また新しく醸造しているところらしく、さらに良い出来になるのでは、とのこと。期待しています。

I:興福寺にゆかりのある清水を使い、興福寺でお祓いをしたお米を使っていると聞きました。それだけでも、なんかありがたい感じがします。

A:なんといっても、『多聞院日記』の製法で造られた酒は、織田信長も飲んでいるというのがポイントです。

I:え、そうなんですか? それはすごい! そういえば、永禄11年って、信長が上洛を果たした年ですよね。

A:そうなんです。まさに信長の時代の酒なんです。しかも、『多聞院日記』によると、天正10年(1582)に信長が安土城で徳川家康をもてなしたあの宴にも、この酒が使われたようなんです。

I:つまり明智光秀が発注した、ということでしょうか。

A:そういうことになるんでしょうか。もし事実なら、一流のものを取りそろえた光秀が選んだ極上の酒のひとつ、ということになります。5月15日からの安土饗応に先立ち、興福寺大乗院からは5月12日に様々な品とともに「山樽三荷諸白上々」を納めた、と『多聞院日記』に書かれています。「山樽」というのは寺の樽を意味しますので、正暦寺か興福寺大乗院で醸された酒を納めたということになります。信長はこの酒をいたく気に入って、「比類無いもの」「みんなこの酒を褒めた」と書かれた信長からの書状が送られてきたと、『多聞院日記』の5月18日の条にあるのです。

I:ああ、「水端1568」、飲んでみたいものです。

A:『豊臣兄弟!』の主人公秀長(演・仲野太賀)は後に大和郡山に入りますが、もしかしてもしかしたら、この酒が登場するかも? なんて期待していたりします。

騎馬無き合戦

I:小ネタのその3です。賤ヶ岳合戦が描かれたのですが、リアルな騎馬がまったく登場していなかったことにお気づきでしょうか。

A:合戦シーンで視聴者を興奮させるのは、いななく馬、馬の蹄(ひづめ)の音、甲冑姿の武将を乗せて疾走する騎馬です。視覚と聴覚が刺激されるわけです。ところが、本作の賤ヶ岳合戦では騎馬が登場しませんでした。これは一大事です。

I:いったいどういうことでしょう。

A:1994年から2014年までの20年間に、14作の大河ドラマで「風俗考証」などでかかわった二木謙一先生は、著書『時代劇と風俗考証 やさしい有職故実入門』(吉川弘文館/2005年刊)の中で、「時代劇ファンの大きな興味の一つはスリルとスペクタクルにあふれた合戦・戦闘シーンであろう。剣客による息を吞むような立ち回りも面白いが活劇の醍醐味は、やはり多数の甲冑武者や馬が登場する合戦場面ではないだろうか」「近年は映画もテレビ時代劇も、大がかりな合戦シーンはめっきり少なくなった。中でも気になるのは登場する馬の数が少ないことである。しかし、馬の使用料は、並みの俳優の出演料よりも高いというから、致し方ないことではある」と書かれています。二木先生は、すでに20年以上前から、「予見」していたといえるでしょう。一方で、VFXなどの技術は進歩して、ロケではなく合戦場面も「スタジオ撮り」が増えているのが現状です。

I:いったい今後の「合戦場面」はどうなるのでしょうか。この問題、さらに深掘りしてみたくなりました。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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