文/濱田浩一郎

清洲城。

秀吉が信長から仕事を貰うためにした秘策とは?

豊臣秀吉の伝記『太閤記』には、豊臣秀吉が、主君である織田信長の信頼を得るきっかけとなったある出来事が記されています。それは、以下のような逸話でした。ある日、清洲城の城郭塀「百間」が崩れてしまうということが起こりました。信長は重臣などに、急いで修築することを命じますが、なかなか捗りません。それを悔しく感じていたのが、秀吉でした。

秀吉は次のように心中思っていたのです。(東には今川義元・武田信玄、北には朝倉義景・斎藤道三、西には六角承禎・浅井長政らが調略を事とし、武勇を専らとし、隙を窺い、尾張国を狙っている。このような時には、優れた人材を招聘し、用いるべきだ。塀の修築に延々と掛かることは、災いにも似たこと)と。そうしたこともあり、ある時、秀吉は「危ういことかな」と呟いたのです。

その言葉を聞いていたのが、信長でした。信長は「猿め(秀吉)は何を言うぞ。何事ぞ」と秀吉に問います。しかし秀吉は遠慮してなかなか答えようとしません。だが、信長は「是非に」と重ねて要求。秀吉はその時、内心(ありのままのことを申し上げれば、織田家の宿老を讒言するのと同じ。また答えなければ、主君の仰せに背くことになる。口は災いの門じゃ。ただ、ありのままのことを言上しないのは良くない)と感じ、ついに口を開くのでした。「世間が不穏の時、御城の塀の修築に時間を掛けるとはと、御普請奉行を叱ったのです」と信長に言上した秀吉。信長は秀吉に「お前が奉行して、急ぎ拵えろ」と申し付けるのでした。

秀吉は下奉行らと相談し、早速、作業にかかります。塀を迅速に仕上げるために、秀吉は、塀の修理箇所を10等分し、割り当てたのです。そのため翌日には塀は見事に完成しました。信長は感心し、秀吉に褒美を与えたと『太閤記』には記載されています。秀吉は(危ういことかな)と呟いて、信長から仕事を任されることになったのですが、鋭敏な秀吉のこと。わざとそのようなことを言い、仕事を与えられるきっかけを得たのではないかと筆者は「邪推」してしまいます。

秀吉の分析力と企画提案力とは?

さて、同書には信長が秀吉に「薪奉行」を命じたとする記述もあります。ある時、信長は薪奉行に「炭薪の費えは1年でどれほどか」を問います。その薪奉行は「千石余りです」と答えます。すると、信長は奉行交代を命じるのでした。炭薪を多く使い過ぎだとして交代を命じたのです。続いて、信長が薪奉行に任命したのが、秀吉でした。信長は秀吉に炭薪の節約を期待したのです。秀吉の取り組みは翌日から始まります。秀吉が行ったのは、先ず、1年間にどれだけの薪が必要であるかを調査・分析することでした。すると、今の3分の1程度で済むことが明るみになります。千石ばかりも無駄にしてきたことが判明したのです。秀吉が信長にそのことを知らせると信長は満足気だったといいます。

これらの逸話から窺えることは、秀吉が分析力や企画の提案力に優れていることです。信長に仕える以前の秀吉が薪にまつわる仕事に従事していたことは諸書に散見されます。宣教師ルイス・フロイスの『日本史』には「若い頃には山で薪を刈り、それを売って生計を立てていた」とありますし、イエズス会の報告書にも「森から薪を背負って来る」仕事を秀吉はしていたと記載されているのです。秀吉が若い頃に薪にまつわる仕事に従事していたことは事実と考えられます。

が、『太閤記』の薪奉行の逸話は、話が出来すぎており、創作と推測されています。若き頃の秀吉が薪に関する仕事をしていたことは、秀吉が天下人となった頃にはかなり広まっていたと思われます。その話に尾鰭が付いて、『太閤記』の「薪奉行」の逸話が誕生したのではと考えられます。フランス人のイエズス会宣教師クラッセは「(秀吉は)縷々自ら其僥倖を語り、鄙賎より国主へ昇られしことを述べたり」(『日本教会史』)と記述しています。つまり、天下人となった秀吉は、貧しい境遇から天下人になった「僥倖」をよく周囲に語っていたというのです。フロイス『日本史』にも「予の日本における成功を忘れるでないぞ」ということを秀吉が述べていたことが記載されています。秀吉の出自や前半生に関することは、秀吉自身の口から語られ、それが諸大名や宣教師にまで伝わっていったと思われるのです。秀吉の自負心というものが垣間見えます。

【主要参考文献一覧】
・渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社、2013年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)

文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。

 

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