文・絵/牧野良幸

俳優の中村玉緒さんが2026年6月9日に亡くなられた。86歳だった。
僕も含めてある世代以下の人には、中村玉緒さんというと映画館よりもテレビで親しんだスターだったかもしれない。当初はテレビでも俳優として活躍していたが、いつしかバラエティーでも人気の人となった。あと夫が俳優の勝新太郎さんだったことも有名だ。
ところが今回中村玉緒さんの経歴を調べてみたら、父親が二代目中村鴈治郎ということを遅ればせながら知った。二代目中村鴈治郎は歌舞伎役者であると同時に映画にも多数出演した【この連載でも『浮草』(https://serai.jp/hobby/170600)、『鍵』(https://serai.jp/hobby/303550)を取り上げている】。中村玉緒さんの家柄の良さそうな立ち振る舞いや顔立ちは、父親ゆずりのものだったのか、と今さらながら納得した。
ということで今回は、中村玉緒さんが出演した映画を取り上げたい。
中里介山の長編小説を映画化した『大菩薩峠』である。公開は1960年。監督は三隅研次、脚本は衣笠貞之助。
オープニングは重々しい。総天然色(カラー)による怒涛の音を上げて落ちる滝、木立ちを揺らす嵐。風雲急を告げるオープニングである。子どもの頃見て怖かった同じ大映映画の『大魔神』を思い出してしまった。今はホームシアターだからどうということはないけれど、当時暗い映画館で見たら、一瞬で映画の世界に引き込まれたことだろう。
物語は衝撃的なシーンで始まる。場所は、雄大な富士を眼前に望む大菩薩峠。そこで謎の侍が巡礼の老人を、一刀の下に切り捨ててしまうのだ。非情な侍である。僕は「この侍は悪役だろう」と思ったのだが、この侍こそ映画の主人公、机竜之助(市川雷蔵)だった。
竜之助は冷めた心を持つ虚無的な侍だ。いわゆるアンチヒーローである。のちに眠狂四郎、木枯し紋次郎に引き継がれるキャラクターだ。必殺技「音無しの構え」は観客を釘付けにする。映画を見た子どもは、間違いなくチャンバラごっこで「音無しの構え」を真似したことだろう。
しかし竜之助がいくら非情な男であっても、二枚目でクールだから、竜之助に寄り添う女が常にいる。その女こそ中村玉緒が演じるお浜とお豊である。中村玉緒はこの映画で一人二役を演じている。
まずはお浜のほうから書こう。
昔の映画を見ていて、端役などで中村玉緒が出演していると、必ず「かわいい」と思ったものだ。虐げられた娘、お姫様のような可憐な女性が似合っていた。往年のテレビのバラエティしか知らない人には、かなりギャップを感じることだろう。
ところがこの映画のお浜は、そうした中村玉緒の上品なイメージとは全く異なる魔性の女である。
二人の出会いは、お浜の夫・宇津木文之丞(丹羽又三郎)が、竜之助と奉納試合で対戦することになったことで始まる。とても竜之助の敵ではない夫のために、お浜は内緒で竜之助のもとを訪れ、負けてくれるよう懇願する。
お浜の願いは、もちろん竜之助に退けられる。それだけでなくお浜は竜之助に乱暴されてしまうのだ。それを文之丞に知られたお浜は、文之丞から離縁されてしまう。
そして奉納試合。試合はまるで果し合いのようになり、竜之助は文之丞を殺してしまう。居場所のなくなったお浜と、文之丞の道場の者に狙われることになった竜之助。二人は一緒に江戸へ逃げるのだった。
ここからが中村玉緒の演技の真骨頂だと思う。江戸で暮らすうちに、二人の間には子どもが生まれていた。貧乏生活ゆえ、厳しく竜之助にあたるお浜。
「つまらない毎日!」
そのあともお浜から浴びせられる小言に、竜之助は「お前のために身を誤った!」と吐き捨てるほどに。ニヒルな竜之助が感情をあらわにするところが珍しい。
「私が魔物? よくおっしゃった、どこまでも魔物になりましょう!」
お浜の顔は、結婚した女の風習で眉を剃ったためか、妖しい顔立ちだ。
ついにお浜は死んだ前夫の幻覚まで見る。お浜は竜之助に離縁を申し出る。また竜之助のもとに、前夫の弟・宇津木兵馬(本郷功次郎)から果し状が届いていることを知るや、
「兵馬殿に討たれてやってください。私も子どもも、この場で死にます!」
と訴える。しかし竜之助の返事は冷たい。
「兵馬は、わしが殺す」
どこまでもハードボイルドだ。これを聞くや狂気に囚われたお浜。ついにお浜は竜之助を殺そうとするが、逆に竜之助の太刀をあびて殺されてしまうのだった。
この一連のシーンにおいて、中村玉緒は虐げられた女から魔性の女へ、そして絶望の淵へと沈む女を演じ、見ごたえがある。お浜の目つきは、ライティングの効果もあってホラー映画のようである。
お浜の死で中村玉緒の出番がなくなるかと思いきや、一人二役と先に書いたとおり、すぐにお豊という娘役で登場する。お豊はお浜と生写しなほど似ている。ただし性格は真逆で、純粋でけなげな娘である。
きっかけは山の茶店で籠屋に絡まれているところを竜之助に助けてもらったこと。それが縁で、のちに竜之助を慕うことになるが、お豊の活躍は実はこの映画では描かれず、続編として制作された『大菩薩峠 竜神の巻』(1960年)で描かれることになる。
さらに三部作の最終作『大菩薩峠 完結篇』(1961年・監督は森一生)では、お銀という、これまた竜之助に連れそう武士の娘を中村玉緒が演じている。つまり3部作全体では一人三役ということになる。
中村玉緒はお浜、お豊、お銀という3人の女性を演じ分けることで、俳優としての幅を見事に示していると思う。優雅で親しみやすいイメージだったテレビでは知ることのできない、中村玉緒の魅力を感じさせる三部作だ。あらためて中村玉緒さんのご冥福をお祈りしたい。
* * *
【今日の面白すぎる日本映画】
『大菩薩峠』
1960年
上映時間:105分
監督:三隅研次
脚本:衣笠貞之助
原作:中里介山
撮影:今井ひろし
音楽:鈴木静一
出演者:市川雷蔵、本郷功次郎、中村玉緒、山本富士子ほか
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記 1971-1976 増補改訂版』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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