
大河ドラマ50作目という記念碑的な作品となったのが2011年の『江 姫たちの戦国』です。主人公の江が上野樹里さん、織田信長が豊川悦司さん、羽柴秀吉が岸谷五朗さん、明智光秀が市村正親さんという布陣でした。本作では、これまでの「信長登場の大河ドラマ」では描かれたことがなかった天正9年(1581)の「馬揃え」が描かれました。また、信長の弟信包(のぶかね/演・小林隆)がキャスティングされたことでも知られています。
大河ドラマ初の「馬揃え」
馬揃えとは何か? 小林隆さん演じる織田信包の台詞で説明がありました。
信包「本来は軍馬を集めて優劣を競い合うものだが、兄上、織田信長様のお考えはまったく違う。此度、諸将が競うは、行列の壮麗さ、装束、飾りの絢爛さ、各々能う限りの贅を尽くせとのお達しじゃ」
馬揃えに先立ち、信長は光秀に、特別誂えの桟敷を設けよと命じます。
信長「此度の馬揃えは、摂関家のみならず、帝にもご上覧いただく」
光秀「お上にございますか?」
信長「悪いか?」
光秀「とんでもないことでございます。馬揃えをお上にもお楽しみいただきたいというお屋形様のお気持ちはわかります。わかりまするが……」
信長「そうではない。帝ご自身までもが馬揃えをご見物あそばされる。そこが肝心なのじゃ」
光秀「恐れながら、お屋形様はもはやお上までも思うがままに動かすと」
信長「未だわしに服属せぬ諸大名もさぞや恐れおののくであろう」
光秀「そういうことでありますれば、この光秀、奉行の職からお外し願いとうございます」
信長「ならぬ!」
備中で毛利氏と対陣していた秀吉はというと、馬揃えを任された光秀がうらやましいようです。秀吉からすれば、中途から織田家に加わった新参者に出世争いに先を越されたようなもの。おもしろくないのです。
さて、馬揃え当日です。信長の姪にあたる江ら浅井三姉妹も見物に来ています。
茶々(演・宮沢りえ)「なんときやびらかな」
江「明智さま~」
さらには坊丸(演・染谷将太)、力丸(演・阪本奨悟)も登場し、女性たちの「キャー!」という黄色い声が飛び交います。大河ドラマで本格的に描かれた「馬揃え」でした。
馬揃えの夜、信長のもとに江が招かれます。8歳の江と信長の間で交わされたやり取りです。1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』、1996年の『秀吉』でも描かれた「神・信長」に言及されているところが注目ポイントです。
信長「江は存じておるか。伴天連の仕えうるデウスなるものを」
江「デウス? いいえ」
信長「天にあって宇宙を司るもの。万物のつくり主にして全知全能の神だそうじゃ」
江「でも神様はどこかにいらっしゃるかもしれません」
信長「おりはせん。わしはあらゆる神仏を拒む。なぜかわかるか?」
江「人にはそれぞれ信じるものがあるから」
信長「違う。神仏の教えはしょせん人間がつくりしもの。どれもこれも妄想、迷信、絵空事に過ぎぬからじゃ。真なる神があるとすれば、この織田信長をおいてほかにはない。今日の馬揃えもわしが神たるものにのぼりつめた証のひとつじゃ。知っておるか? 安土に摠見寺という寺がある。いずれはあの寺をわしを崇め奉らせる場とする。拝むに値するものはわし以外にはおらん」
江「神も仏も信じぬといわれた叔父上が、今度は自身が神だといわれる。そんなのおかしいと思います。人は己の望むままに神になどなれませぬ。どんなに叔父上が偉くてもそれだけは無理にございます」
この時、信長は、東大寺の香木=蘭奢待の切れ端を江に与えようとします。ちょっとびっくりの展開でした。
信長が言及した「謀反できる者」
『江 姫たちの戦国』でも、武田勝頼(演・久松信美)を滅ぼした後の法華寺での場面が描かれました。信長は、嫡男信忠(演・谷田歩)の功績を称賛し、光秀が信長に酌をしながら
「まことにおめでとうございます。われらも骨折ってご奉行した甲斐があったというものにございまする」と定番の台詞を発すると、信長は「光秀、お主などはどこで骨を折った?」「いうてみよ! どこで武功を立てたというのか」と言いながら、欄干まで光秀をひきずり頭部を叩きつけます。「お許しくださいませ。お許しくださいませ」と懇願する光秀の苦悶の表情が切ないのです。徳川家康(演・北大路欣也)が仲裁に入りますが、光秀の震えが止まりません。
信長による光秀いじりは安土城でも続きます。
信長「まもなく兵を送る四国討伐の件じゃが、お主を総大将から外すことにした。代わってわが三男信孝を任ずる」
光秀「なにゆえでございますか」「四国の大名衆と長きにわたって某が取次役を務めて参りました」
信長「お主には別の仕事を与える」
光秀「わけはお教えくださらんのでしょうか」
(中略)
光秀「お心を変えていただくよう尽くします。誠心誠意身を粉にして……」
信長「その分別顔が鼻につくのじゃ」
信長は事もあろうに「そんなに仕事がほしいなら」と、中国攻めをしている羽柴秀吉の援軍にいくように命じます。
信長「サルの配下につけ」
光秀「羽柴殿の配下に?」
信長「サルの下に入るのが気に食わぬか」
光秀「正直申しましてとてもがまんなりませぬ」
信長「がまんせよ!」
さらに、安土城では、こんなやり取りも交わされました。5月20日のことです。
光秀「お屋形様。ちと気になるのですが。羽柴殿は中国、柴田殿は北国。さらには……」
信長「それが?」
光秀「京のまわりは空白になっております。このすきをついてお屋形様を狙うものあらば……」
信長「謀反か? わが嫡男信忠は堺におる。京と堺この2か所を同時に攻める力のあるものはどこにもおらぬ」
そんなやり取りの後に、「領地召し上げ」のことを信長自ら光秀に告げます。
信長「こたびの中国攻めを機にお主の領地を召し上げる」
光秀「いま、なんと」
信長「丹波一国と近江の領地じゃ。かわりに石見と出雲の好きなだけとるがよい」
光秀「されど、石見、出雲とも毛利の領地」
信長「奪いとればよいではないか! 戻る場所はないゆえ死ぬ気で戦え。そういうことじゃ」
光秀の手は震えています。ふと、信長は思い出したかのようにいいます。
信長「わしを襲うことのできるものがひとりだけおった」
光秀「それは?」
信長「誰よりも都の近くにおる者。(光秀の方に鞭をあてながら)光秀、お主じゃ。どうじゃ、謀反でもおこしてみるか?」
光秀「滅相にもないことでございます」
本能寺に現れた江の幻影
そして、いよいよ本能寺の変です。
6月1日、亥の刻、丹波・老ノ坂。桔梗の旗印が見え、光秀軍であることがわかります。
光秀は辻で左右を見て、しばらく考えている様子でいましたが、ふいに声を発します。
光秀「皆の者、これより東へ向かい、桂川を渡る!」「目指すは本能寺なり! 明智日向守光秀、天に代わりて織田信長を成敗いたす!」「天下布武の偽名のもと、罪もなき民草を殺戮し、神仏を虐げしのみならず、不埒にも自らを神に祀り上げ、あまつさえ帝をも己の下に置かんとする所業の数々、許し難し! よってこれを誅伐するこそ、天の義、人の道にかなうものなり! 敵は本能寺にあり!」
京に向う途中、桂川を渡る明智勢。光秀は「迷うな、光秀。迷うな」とつぶやきながら馬を走らせます。
6月2日、寅の刻。静まり返った本能寺。
寝ている信長が、かすかに聞こえる馬の蹄のような音で目を覚まします。髪はほどけてざんばらになっています。「あれは?」と尋ねると、すぐさま蘭丸(演・瀬戸康史)が走ります。弓矢を携えて廊下に出る信長。そこへ蘭丸が走って戻ってくるのです。
蘭丸「殿! 兵が押し寄せておりまする!」
信長「いかなる者の企てか」
蘭丸「明智勢と見受けられまする」
信長「明智……」
蘭丸の弟の森坊丸、力丸も駆けてきます。本能寺はすでに、明智軍に囲まれています。
蘭丸「いかがいたしましょう」
信長「是非に及ばず」
蘭丸「されど……」
廊下から家臣たちが集まってきますが、鎧を着ているものはわずかです。と、鉄炮が撃ち込まれて、家臣たちは次々と倒れていきます。
さらに明智勢が庭になだれ込んできます。信長は、矢をつがえて敵を何人か射ますが、胸の辺りを鉄炮で撃たれます。「うう」と言いながらも、長槍で敵を突く信長。鉄炮の玉は貫通しているのか、背中側にも血が広がっています。
もはや、部屋の中まで火の手が上がっています。奥に退避する信長ですが、廊下の途中で振り返り、荒い息を抑えながら、蘭丸に「よいか、わしの首、骨、髪の1本もこの世に残すな」「これまでよう仕えてくれた。さらばじゃ」と告げます。
信長は襖を次々と開けて、奥の間に入っていきます。辺りは炎。最後の襖を開けると、江の幻影が微笑んで立っているのです。「江ではないか」「そうか、別れを言いに来てくれたか。江よ、わしは思うまま、存分に生きたぞ」そう信長が言うと、江の幻影は踵を返して背を向けます。信長の目には涙が浮かんでいます。気づけば、江の幻影が消えています。
信長「人間五十年。潮時かもしれんな」
そういって、また襖を開けると、明るい光が広がり、鈴のような音が鳴っています。さらに先に襖のようなものがあり、細く空いたところがまばゆく光っており、信長はそこに向かって歩いていくのです。
「本能寺」での描写はそこで終わり。江が夢を見ていて、はっと起き上がるのです。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











