
文・絵/牧野良幸
俳優、歌手の中山美穂さんが昨年12月6日に急逝された。まだ54歳という若さだっただけに突然の訃報はショックだった。
中山美穂さんで僕が最も印象深いのは、やはり1992年(平成4年)に中山美穂&WANDSでリリースした「世界中の誰よりきっと」であろうか。
この頃僕は30代のオッサンで、アイドルを追いかける歳ではなかったが、テレビの歌番組で「世界中の誰よりきっと」を歌う中山美穂さんの姿は本当に眩しかった。曲も大好きで、普段はロックかクラシックしか聴かない僕もCDがほしいと思ったくらいだ。
今回中山美穂さんをしのんで取り上げる映画『Love Letter』は、その「世界中の誰よりきっと」のヒットから3年後の1995年(平成7年)に公開された映画となる。
監督は岩井俊二。これが岩井監督の劇場用映画第1作だったという。『Love Letter』は日本だけでなく韓国や台湾など東アジアでも大ヒットし、岩井監督も中山美穂さんもこの作品で数々の賞を受賞している。特に韓国では人気が高いようで、今回の中山美穂さんの急逝をうけて再上映されたというニュースも読んだ。
映画の内容はこうである。
神戸に住む渡辺博子(中山美穂)は2年前に婚約者の藤井樹(樹=いつき)を山岳事故で失っていた。博子は三回忌が来ても樹への思いを引きずっており、博子に好意を寄せる秋葉茂(豊川悦司)をやきもきさせていた。
ある日、博子は樹の中学生時代の卒業アルバムの名簿を見て、昔の樹の住所に手紙を出す。場所は小樽だ。
拝啓、藤井樹様
お元気ですか。私は元気です。
渡辺博子
もちろん返事の来るはずのない手紙である。樹が中学生時代に住んでいた家はとっくになく、今では国道が通っているという。
しかし博子のもとに小樽から返信が来るのである。
拝啓、渡辺博子様
わたしも元気です。でもちょっと風邪気味です。
藤井樹
「こんなん、誰かの悪戯やろ」
手紙を見て怪しむ秋葉。しかし秋葉はこの藤井樹なる人物に興味を持つのだった。博子も誰だかわからないけれど返事が来るのならと、また手紙を出す。
面白そうな映画だと思いませんか?
『Love Letter』というタイトルから、当時流行ったトレンディ・ドラマのような美男と美女の手紙のやりとり、そんな映画だったらちょっと、と思っていたサライ読者の方も食指が動くのではないか。
返信を出したのは小樽に住んでいる藤井樹(中山美穂・一人二役)だ。博子の恋人だった藤井樹と同姓同名である。ただしこちらは女性。彼女のほうこそ突然、神戸の渡辺博子という未知の人間から手紙をもらって不思議に思っていたのだった。
実は博子の婚約者だった藤井樹には、中学時代に同じ「藤井樹」という名前の同級生がいたのである。博子が卒業アルバムから書き写した住所は女子生徒の藤井樹の住所だったのだ。
この勘違いが分かると、あらためて博子と樹の間で文通が始まる。博子はかつての恋人の中学時代の様子を知りたくて手紙を出す。
「あいつのことはよく覚えています、でも……」と博子の求めに応じて昔を思い出す樹。しかしそれらは同姓同名の男子と女子がクラスで冷やかしの餌食となるという苦い思い出ばかりだった。
この映画、なにより中山美穂の一人二役が素晴らしい。
神戸の博子と小樽の樹。二人は顔は似ていても性格が違う。博子はお嬢様風のしっとりした女の子。樹はサバサバした性格のボーイッシュな女の子。
僕は最初この映画を予備知識なしで見たので、まさか中山美穂が一人二役とは思わず、樹を見るたびに中山美穂に似ている女優さんだなあ、と思ったものである。似ているけど、うーんちょっと感じが違うよな、スタッフはよくそっくりさんを探してきたものだなあ、と思いながら見ていた(おお、恥ずかしい)。
それにしても中山美穂が一人二役をどうしてわざわざ、と考えるわけだが、それは物語が進むにつれ判明する。博子と樹。二人が似ていることが重要なポイントなのだ。
いつしか映画の視点は、少女の樹(酒井美紀)と少年と樹(柏原崇)に移っていく。この映画はタイムトラベルの映画ではないけれど、過去と現在が交錯したストーリーはどこかファンタジー性を帯びてくる。回想風に語られる二人の初恋は純粋でせつない。
カンのいい方なら青年の樹が博子に一目惚れしたのは、中学時代に好きだった同級生に博子が似ていたから、と気づくだろう。もちろん博子もそこに気づく。
ただこの映画を深いものにしているのは恋愛だけを描いていないところである。この映画には常に死の気配が感じられる。青年の樹が山で遭難しただけでなく、風邪をこじらせている小樽の樹にも死の影が忍び寄る(彼女の父親も風邪をこじらせ肺炎で死んでいる)。
この映画で吹雪が死を表すライトモチーフなら、博子を立ち直らせようとする秋葉茂は再生を表すライトモチーフかもしれない。秋葉は炎を扱うガラス職人だ。炎は雪を溶かす。
その秋葉にうながされて、博子はかつての恋人に向かって叫ぶ。
「お元気ですかー!?」
「私は、元気でーす!」
博子は天国の樹に向けてメッセージを送ったかのようだ。
一方で小樽の樹も、同級生だった樹の中学時代の思いを伝える1枚の図書カードを受け取る。それは映画を見ている我々の心にもダイレクトに響くメッセージで、映画は深い余韻を残して終わる。余韻といえば、映画の最初から哀愁漂うメロディを聴かせるREMEDIOSの音楽も素晴らしい。
それにしても中山美穂さんがいない今この映画を見ると、映画は中山美穂さんから届いた手紙のようにも思える。あらためて中山美穂さんのご冥福をお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『Love Letter』
1995年
上映時間:117分
監督・脚本: 岩井俊二
中山美穂、豊川悦司、范文雀、篠原勝之、酒井美紀、柏原崇、加賀まりこ、ほか
音楽 :REMEDIOS
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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