
排便の際に、痔による痛みや違和感があると、トイレに座るたびに身構えてしまうものです。
でも、病院で患部を見せることを考えると、つい足が重くなってしまう方も少なくありません。人知れず市販の塗り薬だけを手に入れ、なんとかやり過ごしている。そんな声もしばしば耳にします。
そんな、相談しづらい痔ですが、中医学の相談では患部を見せないまま、症状が改善していくことがあることをご存じでしょうか。なぜ痔を招いてしまったのか。その根本的な原因をさぐりながらアプローチを紹介し、快方へと導きます。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から、心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日は、「痔なんて、年のせいでしょ」と、半分諦め気味の男性が訪れています。さっそく覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者|52歳・男性(作業療法士/リハビリ施設主任)
症状|排便時の痛みと出血、肛門の腫れぼったさと違和感。以前にも同じ症状があり市販薬で治まった。

「また痔か…」50代のよくある悩み
相談者は、椅子に浅く腰掛け、居心地悪そうに切り出しました。
「志村先生、じつはまた痔が出てしまって…。前にもあったんですが、そのときは市販薬で治しました。何かが挟まっているような感覚と、排便時の痛み。ときどき出血もあります。
年も年ですし、まあ、そういうものかな、と思っていますが、なにかいい対処があれば教えてほしい」
志村先生は穏やかな表情のまま、いくつか質問を重ねていきます。
「お仕事では、座っている時間は長いですか?」
「2年前、主任になってからデスクワークが増えました。じつはスタッフのフォローが大変で、ずっと気持ちがピリピリして。この前も、若いスタッフについ強く言ってしまってから、夜になんとも言えない気持ちになってきて…。それで、飲み過ぎてしまうことも多いです」
志村先生は、静かに頷きました。
「責任のあるお立場だと、スタッフへの配慮には悩みますよね。それで、日頃から運動はされていますか?」
「それが、できていません。健康診断でも指摘され、ウォーキングシューズは買ったけど…。まだ一度も履かずじまいです。どうしても、休日くらいゆっくりしたい気持ちが勝ってしまう。結局、週末も部屋で過ごすことが多い」
「それはぜひ、活用していきたいですね。では最近、肩や首が、こりやすいのではないですか?」
「そうです。湿布でごまかしていますが、正直、肩から首にかけて石が入っているみたいに重い」
「もう一つだけ伺います。便の様子ですが、ネットリして、拭き取りにくくなる傾向はありませんか? キレが悪くなるような…」
相談者は、大きく目を見開きました。
「そんなこともわかるんですか。正直言って、ここのところ気になっています。昔はこんなことなかったのに…」
相談者は、だんだんと表情を曇らせていきます。
「あの…なんで、そんなに次々当たるんですか?」
「じつは、痔って、お尻だけの問題じゃないんですよ。今お聞きしたひとつひとつが、全部つながっているんです」

痔の原因と養生
志村先生によると、痔の相談に訪れる方は多いそうです。どうして痔を招いてしまったのか、その理由を明らかにしながら、日々の中で実践できる養生を教えてくれました。
座り過ぎをやめる
「まず最初に、痔の要因として大きいのは、お尻の血流が停滞してしまうことです。デスクワークで同じ姿勢を続けたり、立ちっぱなしや、長時間同じ姿勢で過ごしたりすることが原因になります。
対策としては、気がついたときに立ち上がって、軽く体を動かすと血流が改善しますよ」
男性は言います。
「お尻に体重をかけ続けるのがいけない。それはわかってはいるんですが…。患者さんには『こまめに体を動かしてください』って言っている立場なのに、仕事中になると、これがなかなか続かなくて」
「わかります。それなら、シャワーで済ませず、お風呂に入ることも効果があります。
あとは座った姿勢のまま、かかとを上げ下げする運動。これは第二の心臓ともいわれるふくらはぎを刺激し、血流がよくなりますよ。パソコンでタイマーをかければ、強制力も上がりますが、いかがでしょうか?」

「それぐらいなら、できるかもしれないな」
「それと、さっきおっしゃっていた、玄関で眠っているウォーキングシューズ。いきなり張り切らなくて大丈夫なんです。まずはそのシューズで、最寄り駅をひとつ分歩いてみたり、家の周りを歩いてみたり。
大切なのは、『気血』の巡りをよくすることです。
お尻への加重が長時間続く環境で、そこに運動不足と、排便時の強いいきみ。この三つが重なると、肛門周辺の『気』と『血(けつ)』の巡りが滞ってしまいます。行き場を失った『血』の滞りが溜まっていく。これが『瘀血(おけつ)』という状態で、痔の直接的な原因になります」
「やっぱり、血流の悪さが原因なのか。でも、あの…。お酒が好きなので、飲むことで血流をよくする。これは、効果ありませんか?」
顔色を窺うように、相談者は尋ねました。
お酒で血流アップはできる?
「お酒は、『湿熱(しつねつ)』を招いてしまいます。『湿熱』は『瘀血』の原因になるので、残念ですが、痔の対策に飲むのはおすすめできません」
肩を落とした相談者に、志村先生は語りかけます。
「『湿熱』は、体の中に余分な『水』と『熱』が生じたもの。食べ物でも脂っこいものや、辛いものが続くと生じます。これがやっかいで、体のあちこちで悪影響を及ぼします。
じつは、便のキレが悪い感じが、この『湿熱』のサインです。便が粘って出しにくい他には、残便感があったり、便が臭うこともありますが、いかがでしょう?」
「えっ…。じつは、排便がスッキリしない感覚は気になっています。出しても、なんだか出しきれてないような…。あとは、外食が続いた後は特に、臭いが気になる…」
思わず身につまされた様子の相談者に向かって、志村先生は大きく頷きました。
「食生活の見直しも、痔の対策には有効ですよ。脂ものが続いたら、次の食事は野菜中心で整えるような食養生がおすすめです」
ストレス発散をお酒に頼らない
「三つ目の対策は、気分転換の方法を見つけることです。
「お酒がお好きだとおっしゃっていましたが、アルコールをイライラ解消の手段にしてしまうと、よくありません。お酒はできれば、楽しみながら、ゆっくりと味わってください」
「ストレスも、痔に関係ありますか?」
「大いにあります。中医学でいう五臓の『肝(かん)』は、『気』の巡りをコントロールしています。ストレスが続くと、この『肝』の働きが乱れて、『気』が滞ってしまう。すると『血』の巡りも一緒に悪くなり、『瘀血』へとつながっていきます」
「また『瘀血』だ…。じゃあ、座りっぱなしも、脂っこい食事も、ストレス発散に飲む酒も、全部つながってお尻に出てきた、と」
相談者はガックリと肩を落とし、大きなため息をつきました。
「そういうことです。『肝』は、西洋医学でいう肝臓の働きとも重なる部分があります。お酒の飲み過ぎは『肝』へ負担をかけます。

さらに、私たちの感情とも深い結びついていて、『肝』は怒りの感情と関わります。
普段から怒りを抑圧する生活を続けていると、『肝』に停滞を起こしてしまう。もしもそこでストレスを紛らわせるために、お酒に頼ってしまえば、よけいに『肝』に負担がかかってイライラが増す」
「どんどん悪くなっていくじゃないですか。それじゃあ、最近怒りっぽくなってきた気がするけど、これは…」
「『肝』に負担がかかっているサインかもしれませんね」
言葉を失う相談者に向かって、志村先生は優しく話しかけます。
「もし、ご自分で『イライラしている』と気づいたときは、まず深呼吸をする、あるいは一度その場を離れるなどして、『気』を流す工夫ができるといいですよ。お酒に頼らず、別の発散する手段をもっておくのもおすすめです。スポーツや散歩、カラオケ、なんでもいいんです。
この相談には、お酒好きのお客様も多くいらっしゃいます。皆さんに愉しみとして飲むことを、いつもお伝えしていますが、実際、気持ちが軽くなって悪循環から抜け出していく方も多いです。気の合う仲間と笑いながら飲むお酒なら、『気』が巡って、『肝』ものびやかになります。それに、そのほうがおいしく感じますよね」
志村先生はそう言って、にこりと笑うのでした。
巡りを取り戻すと起こる効果
「体全体の巡りから見れば、痔という症状は、ほんの一部に起きた小さなサインに過ぎません」
志村先生は続けます。
「お尻の悩みは相談しづらいので、市販薬だけでやり過ごしている方も多いでしょう。でも、根本にある『気』や『血』の滞りを整えていけば、痔だけでなく肩こりや頭痛、慢性的なだるさまで軽くなっていく方が、本当に大勢いらっしゃいます」
相談者は感心したように深く頷き、ふと考え込むように言いました。
「イライラや怒りを自分の内側に溜め込んでいる自覚は、じつはあります。これが、もしかしたら、もっと見えない部分に不調として出てくることになれば嫌だ…」
「その通りですよ。早めのメッセージとして受け取れば、今後の健康にも関わります」
「痔で済んでいる内に、改善しておくのが賢い。
人をケアする仕事をしているのに、どこか、自分を痛めつけている気がしています。できれば、腹に怒りを溜めないように変えていきたい。そのほうが体にもいいでしょう。
お酒は、少し付き合い方を見直さなきゃいけない時期に来たのかもしれないですね。なんだか、痔をきっかけに、物事の見方まで変わりそうですよ」
そう言って晴れやかな笑顔を見せた相談者に、志村先生はあたたかく言葉を返しました。
「症状を消すのはもちろん大事ですが、自分の体と気持ち、生活に向き合うきっかけにできると、いいですね。巡りが良くなれば、本来持っているはずの力が戻ってきますよ」
おわりに
我慢強い人ほど、痔を「これくらい…」と言って片づけてしまいがちです。でも、それはお酒や座りっぱなしの姿勢、溜め込んだ怒りが教えてくれた、体の正直な声として受け取ることもできます。まずはできることから始めてみると、体全体の心地よい巡りへとつながるかもしれません。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)
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