スポーツの国際大会などをきっかけに、外国人との触れ合う機会が増えている。こうしたなかで、自らの文化の豊かさを知り、体験するプログラムが全国各地で行なわれている。文化庁が手がける「日本博」も、そのひとつ。こうした催しを通じて、私たちが育んできた文化について再発見してみたい。
2019年のラグビーワールドカップ2019日本大会、2020年の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会、そして2021年のワールドマスターズゲームズと、ここ3年は、日本でスポーツの国際大会が立て続けに行なわれる。これに伴い外国人と接することが多くなり、日本の文化や魅力を伝える機会が増えている。こうしたなかで、文化庁では日本博の一貫として「Kogei Dining - ニッポンのわざをあじわう」という催しを11月6日に東京・明治神宮 桃林荘、11月21日に京都・下鴨神社 供御所で行なった。
日本博は、「日本人と自然」をテーマに、縄文から現代に至る「日本の美」を国内外へ発信し、次世代に伝えることで未来をつくろうというプロジェクト。最晩年に日本の文化の豊かさを世界に発信することに精力的に活動した故・津川雅彦氏が発案し、政府官邸に設置された「日本博総合推進会議」のもとで推進されたことでも知られる(詳細は、こちら)。現在は全体統括を文化庁が行ない、今回の「Kogei Dining - ニッポンのわざをあじわう」は、日本の文化芸術の振興と普及を図るための活動などを行なう独立行政法人の日本芸術文化振興会と共催で行なわれた(協賛は、ぐるなび。特別協力は、三越伊勢丹、髙島屋、公益社団法人日本工芸会、明治神宮記念館、下鴨神社、龍吟、浜作、 cenci 、下鴨茶寮)。
日本文化を代表するもののひとつである工芸は、この国の風土で育まれた土、石、布、漆、木、竹などの自然素材を使って、作家の手わざで仕上げられている美の世界。美術館や博物館などで展示される作品であると同時に、用の美も兼ね備え、実際に使い、時間を重ねていくことを通じて、美の世界を育んでいく精神を持つ。美術品としての素晴らしさは、展覧会などを通じて経験することは少なくないが、用の美のほうを愉しむ機会は多いとはいい難い。それが一流作家の作品ともなれば、現実的ではないはず。
そこで、日本博のひとつとして企画されたのが「Kogei Dining - ニッポンのわざをあじわう」で、東京では室瀬和美さん、京都では前田昭博さんの作品で、一流の料理人の美味を堪能する催しを、放送作家の小山薫堂さんのコーディネートによって実現した。ちなみに、室瀬和美さんは、蒔絵(漆工芸の装飾技法のひとつ)で、前田昭博さんは、白磁で重要無形文化財(いわゆる人間国宝)の保持者に認定されている。
本記事では、東京で行なわれた様子をご紹介する。
* * *
東京・明治神宮で行なわれた催しは、「Kōgei Dining Tokyo ~『漆椀 ちょもらんま』と楽しむ晩秋の日本料理~」というもの。80歳でエベレスト(チョモランマ)登頂に成功した三浦雄一郎さんたちのクルーのために、室瀬さんがこしらえたもの。室瀬さんは、ある講演で、漆塗りのお椀は、料理が冷めないという話を披露した。講演終了後、室瀬さんのところに近寄ってくる男性があり、あの話は本当ですか、と尋ねられたとか。もちろん、室瀬さんは、「間違いない、本当です」と繰り返すと、「それならば、私たちのためにお椀を作ってくれないか」と依頼された。それは、三浦雄一郎さんのエベレスト登頂に同行をサポートをしてきた、息子の雄太さんだった。
そこから話が進み、三浦さんは2013年5月に80歳で登頂に成功。帰国後、その物語りの詰まったお椀と同じものを、工芸の魅力を伝えるために頒布し始めることにする。
「エベレストは、現地ではチョモランマと呼ばれているんですが、それは五穀豊穣の女神の山という意味だそうです。ならば、ごはんをいただくお椀の名前にはぴったりだ、ということで、この椀を『ちょもらんま』と呼ぶことになりました」(室瀬さん)
なお会場では、「第66回 日本伝統工芸展」と連動した工芸作品の展示・販売も行なわれた。キュレーションを行なったのは、美術学者でMOA美術館館長でもある内田篤呉さん。前田正博さん、佐藤典克さん、小山耕一さん(下写真参照)、望月 集さん(下写真参照)、保立 剛さん、小枝真人さん、小川郁子さん、小森邦衞さん、鳥毛清さん、大角幸枝さん、そして宮田亮平さん(下写真参照)の作品が展示された。
日本博の取り組みは、今年から来年にかけて、全国各地で行なわれる。私たちが生活の中で営んでいる豊かな文化を知る機会に、日本博に足を運んでみてはいかがだろう。そこでは、きっと新たな「発見」があるはずである。