京都や奈良のたたずまいを生んでいるのは、寺社や町家の建ち並ぶ眺めだろう。しかし防災という観点から見たとき、木造家屋は火事や地震に弱い。かといっていたずらに補強すれば、文化的価値が下がってしまう。
このように、歴史的建築物と防災という、時に背反しがちなテーマに挑む公開講座が、去る2017年2月25日に京都・立命館大学で開かれた。講座タイトルは「歴史文化都市の防災と建築史学」(立命館土曜講座)である。
■壊して安全にするのはノー
講師は立命館大学にある「歴史都市防災研究所」の青柳憲昌先生(同大・理工学部講師)。法隆寺などの建築史や文化財保存が専門であるが、防災を主研究とする研究所に深く関わるようになって、「建築史」から「防災」をどう考えるのか、という問題に向き合ったことから、さまざまな発見があったという。
「建築史」はいわば歴史学で、人文の分野。「防災」は、どうしたら災害の被害を防げるかを考える、どちらかといえば工学の分野。建築史的に見れば、古いものは古いままに遺したいし、防災的視点から見れば、古いものを捨て去ってでも安全なものにしたい。
確かに。でも、そこで納得したら問題は終わってしまう。青柳先生は自分の専門分野から、この矛盾する2つの領域にどうアプローチできるかを考えてみたという。青柳先生は語る。
「文化財として後世に残っているものを見ると、現代の目で見ても防災的に優れている部分がある。文化財の中には、現代人が忘れてしまった過去の『防災文化』を示す貴重な価値が含まれるのではないか。一般に、文化財の歴史的価値の保存と防災は矛盾し合うケースが多いのですが、そのことを推し進めて考えれば、両者を調停することができるのではないか、と思ったのです」
たとえば京都は、古い街並みを遺す「歴史文化都市」である。その京都が、「防災」に優れた街であるかといえば、ノー。京都には木造の建物が多く、また細い路地や袋路などがあり、災害に弱い都市だからである。
では、京都の町並みを壊して安全にすればいいのか、といえば、それもノー。それは京都の良さを失うことになる。
そもそも、古い歴史を持つ都市や建物が今に残されているのは、近代的見地から見ると災害に弱くとも、長い歴史の中で見れば、防災に長けたところがあったからではないのか。そのためには、歴史ある都市や建築物の歴史をもっと知ることが大切ではないのか。
「そもそも都市そのものが、外敵や災害から身を守るために作られたものなのです」と青柳先生。 「都市の本質には、防災があります。現代人が忘れてしまった防災文化を現代に置換することが、できるのではないでしょうか」
■法隆寺壁画の消失で職を追われたが
青柳先生の研究対象の一つである法隆寺は、昭和24年、「昭和大修理事業」の最中に金堂壁画の一部が消失するという悲劇に見舞われた。その時修理を担当していたのが、建築家・建築史学家の大岡實(おおおか・みのる)。彼はこの火災により職を追われたが、その後「燃えない建築」を目指し、鉄筋コンクリート造による社寺建築を手がけるようになる。
大岡の手がけた法隆寺の昭和大修理事業は、現在の修理事業の礎となる革新的なものだった。その一例を挙げれば、「構造方式をそのままに於いて残す」ということ。別の構造に作り変えるのではなく、元の構造を遺して強くする。元の材をそのままにしながら補強材を入れれば、補強材を取り外すだけで元の構造に戻る。
たとえば、最古の木造建築である法隆寺五重塔には、見えないところに補強材として鉄骨を入れた。取り外せば元の構造になるのだ。剥落しかかっていた金堂壁画には尿素樹脂を注入し、壁自体を取り外してそのものを遺す修復をした。この法隆寺の昭和大修理事業以前には、修理のたびに壁は取り壊され、作り替えられるのが当たり前とされていた。
「歴史的価値を知ることは、その建築物が遺されてきた技術=災害に耐えうる技術を知ることです」と青柳先生。
革新的な保存修理をした法隆寺の修復技術は、昭和50年代の桂離宮の修復にも応用された。それでも法隆寺の金堂壁画は燃えてしまった。大岡は、その失敗により保存への思いはさらに強くなり、鉄筋コンクリート造の社寺建築を手がけるようになった。その代表作が、東京の浅草寺であり、神奈川の川崎大師である。
■相反する「保存」と「防災」
保存しながら、なおかつさらに先の、未来へと遺す技術。「建築史」の観点から「防災」を考えるとは、つまり、建築物の歴史的価値を知り、その建築物が遺されてきた技術、災害に耐えうる技術を知ることなのである。
「保存」と「防災」。相反するけれど、それをどう融合させていくのかが、新しい学問につながっていると知った。
※この記事は小学館が運営している大学公開講座の情報検索サイト「まなナビ」(http://mananavi.com/)からの転載記事です。(文/植月ひろみ、写真/青柳憲昌)
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