スパイスゲート
阪急「京都河原町駅」から徒歩約3分、寺町通沿いにある「SPICE GATE」。
写真は朝7時30分から味わえる「京風スパイス朝定食」のひとつ、「カレーリーフ香る魚介出汁カレー」(1,380円)。

最近は、朝食に力を入れるビジネスホテルも増え、カレーを見かけることも珍しくありません。「朝からカレーはちょっと…」と思いつつ、食べれば意外と美味しい。けれど、その後もスパイスの香りが鼻や喉の奥に残り、「やっぱり朝には重かったかな」と後悔することも…。

でも京都には、朝にこそ食べたくなるカレーがあるのです。

「朝から食べたいカレー」を作りたかったわけではない-日本の朝定食をスパイスで再構築

スパイスゲート
寺町通を南へ歩くと見えてくる「SPICE GATE」の看板。
店舗は建物の2階にあるので、この看板を目印に。
スパイスゲート
白い螺旋階段を上がった2階が「SPICE GATE」。
暖簾の先には、スパイスの販売スペースと飲食スペースが広がる。

「SPICE GATE」の朝食の主役は、細長く、軽やかな食感が特徴のバスマティライスです。店主の山縣 智さんは、姉妹店のビリヤニ専門店「INDIA GATE」でバスマティライスを扱う中で、その軽さに着目しました。

「バスマティライスって、すごく軽く食べられるんです。それで、『これは朝食に向いてるな』と思ったんです。そこから、『バスマティライスを主役にした朝食を作れないかな』というのが最初の着想でした」

スパイスゲート
細長い粒と、ぱらりと軽い食感が特徴のバスマティライス。
「SPICE GATE」ではインド産の「INDIA GATE」ブランドを使用し、
祇園 北川半兵衛の煎茶を炊き込んで香りと旨みを加えている。

しかし、発想の出発点は「朝カレー」ではなかったと言います。

「普通の、いわゆる『カレーライス』を朝に提供して、『食べたいですか?』と聞かれたら、僕はそれはないと思ったんです」

そこで山縣さんが考えたのが、日本人に馴染み深い朝定食でした。

ご飯に味噌汁、漬物やおひたし、卵、果物…。そうした日本の朝ごはんを一度ばらばらにして、それぞれにスパイスの要素を加え、もう一度一皿の朝食として組み立て直したのです。

こうして生まれたのが、店のメニューに「京風スパイス朝定食」と記された一皿です。

スパイスゲート
インタビューに答えてくださる、店主の山縣 智さん。

煎茶を炊き込んだバスマティライスに、出汁カレー

「食べたことはないけれど、どこか馴染みがある。そういう一皿にしたかったんです」

その考えがよく表れているのが、主役のバスマティライスです。初めて食べる人にも親しみを感じてもらえるよう、祇園 北川半兵衛の煎茶を一緒に炊き込み、香りと旨みを加えています。

そこへ合わせるのが、さらりとした魚介の出汁カレーです。

スパイスゲート
「カレーリーフ香る魚介出汁カレー」。左の汁物が、さらりと仕上げた魚介出汁カレー。
バスマティライスや副菜と少しずつ混ぜながら食べると、味の変化も楽しめる。

「普通のお茶漬けなら、ご飯にあとからお茶や出汁をかけますよね。でも、ここでは先にお茶をご飯に炊き込んで、そこへ出汁をかける。『逆お茶漬け』みたいなイメージです」

インドの香り高いバスマティライスに京都の煎茶を炊き込み、さらに出汁を合わせる。異なる食文化が重なりながらも、どこか私たちの知る「お茶漬け」を思わせるのが面白いところです。

さらに、日本の朝食に登場する漬物やおひたし、果物なども、スパイスを使った副菜に置き換えています。例えば果物のリンゴは、インドの漬物にあたる「アチャール」へ。

見たことのない料理が並んでいるのに、どこか知っている朝ごはんの面影がある。

「SPICE GATE」の「京風スパイス朝定食」は、奇抜さを狙ったスパイス料理ではありません。私たちが慣れ親しんできた日本の朝ごはんを土台に、山縣さんならではの感性で組み直した一皿なのです。

一皿の完成形は「全部混ぜた時」-朝食をもっと美味しく食べる方法

「京風スパイス朝定食」の中心にあるのが、さらさらとした出汁カレーです。

中でも「カレーリーフ香る魚介出汁カレー」は、山縣さんが「カレーっぽくないカレーを作ろう」と考えて生まれたもの。朝に食べることを前提に、重たさを抑え、さらりと食べられるように仕上げています。

「自分の感覚では、カレーというよりスープに近いですね。ご飯にかける時には、周りのおかずも一緒にあるので、それを邪魔しないようにしています」

出汁は煮詰めず、香りを残したまま、炒めた玉ねぎやテンパリングしたスパイスと合わせて手早く仕上げます。

そのため、一般的なカレーのような濃厚さとは異なり、魚介の旨みの中にスパイスがふわりと香る軽やかな味わい。バスマティライスともよく馴染み、朝でもすっと箸が進みます。

まずは一品ずつ。そして、最後は全部混ぜる

「京風スパイス朝定食」を初めて目の前にすると、「これはどう食べるのが正解だろう?」と迷う人もいるかもしれません。

山縣さんのおすすめは、まず一品ずつ味わうこと。

「それぞれ薄味ながら、ちゃんと味をつけています。まず一つずつ食べて、それぞれの味を知ってから混ぜると分かりやすいと思います」

副菜は季節や日によって変わり、アチャールやマスタードを使った炒め物、ココナッツを使った一品などが並びます。漬ける、和える、炒めると調理法もさまざまで、使うスパイスも一品ごとに異なります。

スパイスゲート
おたまで盛り付けているのは鶏キーマカレー。朝でも重くならないよう、鶏モモ肉とムネ肉の合い挽きを使用。トマト、玉ねぎ、ピーマン、小松菜、大根など、野菜もたっぷり入っている。

そして、それぞれの味を確かめたら、出汁カレー、バスマティライス、副菜を少しずつ混ぜ合わせてみましょう。酸味、辛味、甘味、出汁の旨み、スパイスの香り。それまで別々だった味が重なり、ひと口ごとに新しい表情を見せます。

「単体で食べた時より、混ぜた後に美味しくなる。全部一緒になった時に完成するような料理にしたかったんです」

最初のひと口と、最後のひと口では味わいが違う。その変化を楽しむところまで含めて、「SPICE GATE」の朝ごはんなのだと感じました。

スパイスは「足す」のではなく「引く」-独学だからこそ生まれた山縣さんの料理

これほど多彩なスパイス料理を作る山縣さんですが、調理師学校で学んだり、インド料理店で修業したりした経験はないと言います。

「スパイスに関しては、完全に独学です。もともとは音楽をやっていて、日本中を飛び回ることが多かったので、その中でいろいろ食べ歩きながら、自分で知識を蓄えていきました」

スパイスの世界へ深く入るきっかけになったのは、「ビリヤニ」でした。ビリヤニとは、バスマティライスをスパイスや肉、野菜などと炊き上げる、南アジアで広く親しまれている米料理のことです。

当時は今ほど詳しいレシピが手に入らなかったため、実際に店へ食べに行き、「何が入っているんだろう」と確かめたり、インドの料理動画を見たりしながら、一つずつ覚えていったそうです。

「見たことのないスパイスがあったら、とりあえず買ってみる。そんなことを繰り返していました」

そうして独学で試行錯誤を重ねる中で、山縣さんがたどり着いたのが、スパイスを「足す」のではなく、「引く」という考え方でした。

「一番考えたのは、『素材を生かすために、スパイスをどう使うか』ということです。スパイスを強くしすぎない。素材を邪魔するものは使わない。既存のレシピから、引いていくことが多いですね」

スパイスゲート
店内では100種類以上のスパイスを販売。少量から購入できるため、「スパイス料理を作ってみたいけれど、何種類も揃えるのは大変」という初心者にも試しやすい。

「スパイスって、この程度でいい」と思ってほしい

山縣さんが料理を通して伝えたいのも、スパイスの強さではありません。

「例えば胡椒もスパイスですよね。でも、『胡椒の味しかしない料理』って、あまりないじゃないですか。ほかのスパイスも同じです。あくまで具材を生かすためのもの。素材ありきなんです」

「スパイス料理」と聞くと、強い香りや辛さを想像するかもしれません。けれど、「SPICE GATE」の一皿では、スパイスは前へ出すぎず、魚介の出汁や野菜、バスマティライス、それぞれの持ち味を引き立てています。

「『スパイスって、この程度でいいんだな』と思ってもらえたら嬉しいですね」

店名の「SPICE GATE」には、スパイスへの「入り口」になればという思いも込められているそうです。スパイスに詳しい人だけではなく、「よく分からない」という人にも、その面白さを知ってほしい。素材を生かしながら、決してスパイスを押しつけない。その料理への向き合い方に、山縣さんの人柄が垣間見えるようでした。

スパイスゲート
「スパイスカレーを一から作ろうとすると、揃えるものが多い。最初は必要な分だけをセットしたキットを使うと作りやすいですよ」と山縣さん。写真は自宅でチキンカレー作りに挑戦できるスパイスキット。

料理と音楽は「ほぼ同じ」-店主・山縣智さんのもう一つの顔

山縣さんには、料理人とは別の顔があります。それが音楽家です。

現在も2人組で音楽活動を続け、月に12〜15日ほど演奏。京都だけでなく、東京や四国などへも足を運び、ライブを開催しています。

料理と音楽。一見するとまったく違う世界のようですが、山縣さんにとっては、それほど離れたものではありません。

「僕の中では、ほぼ一緒なんです。やりたいことをやる。音楽をやるのも、作りたい料理ができたから店で出すのも、そんなに別物ではないですね」

その共通点を尋ねると、「自分の思い描いたものを形にすること」だと言います。その感性は、「SPICE GATE」より先に始めたビリヤニ専門店「INDIA GATE」の原点にも表れています。

山縣さんは、店舗を構える前、ライブのない日にキッチンを間借りして料理を提供していました。そこでカルボナーラ風のビリヤニをはじめ、既成概念にとらわれないビリヤニを次々と考案。それらがインスタグラムで話題となり、次第に店の名前も知られるようになっていきました。

その後、「INDIA GATE」を開店すると、初日から行列ができたといいます。

決まった型をなぞるのではなく、自分の中に浮かんできたものを形にして、人に届ける。その姿勢は音楽にも料理にも共通しています。そして、その延長線上に生まれたのが、「日本の朝定食をスパイスで再構築する」という「SPICE GATE」の発想だったのでしょう。

スパイスゲート
ゆったりとした店内。印象的な青い什器はインドのアンティークで、現地ではスパイスを入れるために使われていたものだという。スパイス専門店らしい遊び心が感じられる。

自分が作りたいものと、お客さんが求めるもの

ただし、「自分が作りたいもの」を形にするだけではないところに、山縣さんらしさがあります。

「音楽をやってきたことで、『自分がやりたいことを、どう人に伝えるか?』とか、『自分がやりたいことと、お客さんが求めていることの接点をどう作るか?』という部分は、かなりプラスになっていると思います」

この言葉を聞くと、「SPICE GATE」の朝食がなぜ日本の朝定食を出発点にしているのかも、腑に落ちます。

山縣さんは、バスマティライスの美味しさやスパイスの面白さを伝えたい。だからといって、自分の好きなものをそのまま差し出すのではなく、日本人に馴染みのある朝ごはんという「入り口」を作りました。

自分が表現したいものと、食べる人が受け取りやすいもの。その接点を探し、一皿に落とし込む。

「京風スパイス朝定食」は、料理人であり、今も音楽家でもある山縣さんだからこそ生まれた朝ごはんなのだと思います。

スパイスゲート
「おすすめトッピング スパイスおばんざい3種盛り」(400円)。6〜7種類ほどある副菜の中から、その日の3品が登場する。漬ける、和える、炒めるなど調理法も、使われるスパイスも一品ずつ異なる。

最後に

「SPICE GATE」のカレーは私のこれまで持っていた「カレーライス」のイメージや概念をすっかり覆してくれました。

スパイスと朝カレー、そして音楽。山縣さんが大切にしているのは、自分が表現したいものと、それを受け取る人との接点を見つけること。山縣さんの生き様が「京風スパイス朝定食」から感じられました。

山縣さんの生き方に共感するとともに、「SPICE GATE」の朝カレーは私の味覚中枢に染み込み、すっかりとりこになってしまいました。

■SPICE GATE

住所:京都市下京区寺町通仏光寺下ル恵美須之町546番地1 しきさい寺町ビル2階
アクセス:阪急「京都河原町駅」から徒歩約3分
営業時間:
モーニング 7:30~11:00 
ランチ、ディナー11:30~21:00
木曜のみ
モーニング 7:30~11:00 
ランチ 11:30~15:00
定休日:火曜日
Instagram:https://www.instagram.com/kyotospicegate/

●取材・執筆/末原美裕

登録無形文化財の京料理から町中華やラーメンにいたるまで豊富な食文化を持つ町、京都に住む。飲食店の料理人にフォーカスを当てて記事を執筆中。プライベートでは、料理人が贔屓にする飲食店を巡り、日々味覚を鍛えている。真の美味しさを追求することをライフワークとしている。
Instagram:@kyoto_monokaki
note:@kyoto_monokaki

●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)

 

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