文・写真/市川美奈子(海外書き人クラブ/台湾在住ライター)
2026年11月28日、台湾の今後の4年間を左右する「統一地方選挙」が行われる。
台湾の地方選挙は日本とは異なり、4年ごとに一斉に行われる。首長や議員だけでなく、なんと町内会長の選挙までも。台湾全土のすべての地方選挙が同一日程で行われている。統一地方選挙は、今後4年間の舵取りを誰に託すかの意思表示の場であり、2年後に行われる総統選の行方を占う場ともなる一大イベントだ。
11月の投票日を前に、候補者たちの動きが活発になっている。街中の至る所に候補者の看板が掲げられ、市民に認知してもらうためのノベルティが配られ、まるで野外フェスのような熱狂的な遊説がそこかしこで行われている。


台湾の選挙はなぜこんなに熱いのか。そこには、民主化をめぐり奮闘した人々の歴史があった。
40年前、台湾は戒厳令下にあった
台湾の人々が選挙で民意を表明できるようになってから、実はまだ数十年しか経っていない。しかもその道のりは、決して平坦ではなかった。
1977年、桃園県長(当時)選挙において、中壢(ちゅうれき/ジョンリー)の投票所で不正が発覚した。これに対して警察が消極的な態度をとったことから市民と警察との衝突が勃発し、現場に集まった1万人以上の市民たちによって暴動が起こる。警察が市民に向けて発砲した際に2名の死者が出ており、最終的には市民によって警察署が焼き払われる事態となった。この事件は発生地点の地名から「中壢事件」といわれている。

中壢事件が導火線となった民意のうねりは、1979年の美麗島事件につながっていく。美麗島事件は、台湾南部の高雄市で起きた言論弾圧事件。雑誌『美麗島』が世界人権デーを記念して主催したデモ活動が警官隊と衝突し、関係者らが大量に検挙・投獄された事件だ。



美麗島事件後の1986年、戒厳令下の台湾で、与党である中国国民党(国民党)に本格的に対抗する野党・民主進歩党(民進党)が結成された。民進党の結成が民主化を求める世論を後押しし、戒厳令はその翌年の1987年に解除された。
そして1996年、台湾初の総統直接選挙が行われ、李登輝氏が当選。民意によって台湾の総統が選ばれる時代が到来した。
この一連の動きの発端となった中壢事件は、選挙結果をめぐって市民が声を上げた台湾史上初の事件であり、台湾の民主化にとって分水嶺となった出来事でもある。
「中壢事件」が映像作品に
今秋、中壢事件をテーマにした映画が日本で上映される。『1977 あの写真の私たち』だ。

(画像・キングレコード提供)
1977年当時、戒厳令下の台湾社会にはさまざまな緊張とエネルギーが渦巻いていた。本作品では当時の社会の空気感が忠実かつ丁寧に再現されており、1977年の台湾にタイムスリップしたかのような感覚を味わえる。
本作品では、韓国人俳優であるジニョンが、韓国から来たテコンドーのコーチ・浩熙(ハオシー)を演じている。一見、突拍子もない設定に思えるかもしれない。しかしこれは史実に基づいたものであると、本作で共同監督を務めたフィル・タン氏は語っている。

当時、台湾にはテコンドー道場が多く存在していた。なぜか。それは1964年のベトナム戦争で韓国軍人が戦果をあげたからだった。韓国軍人の活躍に触発された台湾では、以降、政府主導で、軍や学校へのテコンドー普及策が進められていく。
1966年、当時の国防部長(大臣)であった蒋経国(しょう・けいこく)が、軍隊の近接格闘術を強化するため、韓国から正式にテコンドーを導入した。そして1970年代になると、テコンドーは台湾の海兵隊や憲兵、警察の必須訓練科目に指定される。さらに教育機関での体育の授業や部活動でも取り入れられ、一般市民の間にも広く浸透していった。
フィル・タン監督は当時の社会情勢についてこう語っている。
「当時、台湾には約1500人の留学生がいて、そのうちの約1000人が韓国の学生でした。さらに当時は、韓国からたくさんのテコンドーコーチが台湾に来ていました。浩熙(ハオシー)は、この史実にインスパイアされて生まれた人物です。」(フィル・タン監督)
また、ヒロインの賢英(シエンイン)にひそかに思いを寄せ続ける弘國(ホングオ)にも実在のモデルがいる。ホングオは中壢にある国立中央大学の学生という設定だ。中壢事件の当日、選挙の不正に対して声を上げた市民の中には、国立中央大学の学生も含まれていた。

戒厳令解除からまもなく40年、台湾の民主化に思いを馳せる
1987年に戒厳令が解除されてから、まもなく40年になる。この40年間で、台湾の民主指数はアジアでトップクラスと評されるまでになった。
スウェーデンのストックホルムに本部を置く政府間組織「民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)」が9月15日、2025年における世界各国の司法の独立・選挙の信頼性・言論の自由・司法へのアクセスなどの側面を評価した最新報告書「2026年世界民主主義の現状(The Global State of Democracy 2026)」を発表した。この報告書によると、台湾は「参加(市民参加)」の項目でフィンランドと並び、世界第7位となっている。
戒厳令解除後、民主主義が広がった台湾では、いまや当たり前のように選挙が行われている。しかし市民の民意を反映できるこの制度は、半世紀前の台湾では決して当たり前ではなかった。
『1977 あの写真の私たち』は、台湾での選挙戦が佳境を迎えるであろう11月中旬に日本で公開される。秋の夜長に本作品を鑑賞しながら、台湾が歩んできた民主化の道に思いを馳せてみては。
中壢へのアクセス
台北駅から台湾鉄道で約50分、運賃は85元(約425円)。
中壢駅から1.4kmの位置にある「中壢観光夜市」は、約500軒の屋台が集まる台湾有数の大規模夜市として有名。
中壢事件をテーマとした映像作品
『1977 あの写真の私たち』 https://1977-photo.com/
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11月13日(金)~19日(木) 先行限定上映シネマート新宿
11月20日(金) 新文芸坐、K2、Strangerほか全国公開
文・写真/市川美奈子 (台湾在住ライター)
民間企業、外務省外郭団体などの勤務を経て、2023年4月から行政機関の職員として台湾に駐在。早稲田大学第一文学部卒。台湾の奥深さに魅了され、台湾各地のさまざまな街を旅行&取材。訪れた先々で、その土地ならではの美食を堪能するのが楽しみ。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)の会員。







