文・写真/トロリオ牧(海外書き人クラブ・ユタ州在住ライター)
アメリカ・ユタ州北部のスキーリゾート、パウダーマウンテン(Powder Mountain)に、2025年、自然の中を歩きながら現代アートに出合う野外美術館「パウダー・アート・ファウンデーション(Powder Art Foundation)」が誕生した。
冬はスキー、雪のない季節はハイキングなどで山に点在する作品を巡る。その構想の背景には、パウダーマウンテンのオーナーでNetflix共同創業者のリード・ヘイスティングス氏が、日本の直島などを訪れた経験がある。
そして山中には、「もの派」の中心的な作家のひとり、関根伸夫の作品も。日本とユタをつなぐアートの風景を、実際に山を歩いて訪ねてみた。

森と尾根の先に作品がある。ユタの山で楽しむアートハイク
アメリカ西部、ユタ州北部のワサッチ山脈に広がるパウダーマウンテン。冬は雪を求めるスキーヤーでにぎわうこの山で、新しいアートの楽しみ方が始まっている。
その名も「パウダー・アート・ファウンデーション」。約32平方キロメートルの山岳地帯を舞台に、自然の風景と響き合う現代アートを展示する野外美術館だ。

作品は建物の中に並んでいるのではない。森の中や尾根、山道の先など、広大な自然の中に点在している。
冬はスキーやリフトで、雪のない季節は山を歩きながら作品を巡る。2026年には、ヒドゥン・レイク(Hidden Lake)周辺に約4.8キロの「アート・ループ(Art Loop/周回コース)」の第1区間がオープンした。山歩きを楽しみながら、その途中でアートに出合えるコースだ。



一般的な美術館なら、作品を見るために展示室から展示室へと歩く。ここでは、その「展示室」が山そのもの。風の音を聞き、木々の間を歩き、ときには作品を探しながら先へ進む。
自然を楽しみに来たのか、アートを見に来たのか。歩いているうちに、その境目が少しずつ曖昧になっていく。それこそが、この山の「アートハイク」の面白さなのかもしれない。
直島からユタの山へ。スキー場にアートを置く理由
そもそも、なぜスキー場の山に、これほど本格的なアートを展示することになったのだろう。その背景にいるのが、パウダーマウンテンのオーナーで、Netflix共同創業者として知られるリード・ヘイスティングス氏だ。
2023年にパウダーマウンテンの過半数の所有権を取得したヘイスティングス氏は、この場所を、スキーだけでなくアートを目的に人々が訪れる場所にしようと考えた。その発想に影響を与えた場所のひとつが、日本の直島だった。
ヘイスティングス氏は妻とともに、ニューヨーク州の野外美術館ストーム・キングや直島を訪れた経験から、大規模なアートを山の自然の中に取り入れる着想を得たと、米『VOGUE』誌に語っている。

作品を見るだけではなく、雄大な自然の中で立ち止まり、考え、思いがけない何かに出合う。そんな時間を生み出すことも、この野外美術館が目指すもののひとつだ。
そして、この試みにはもうひとつ興味深い側面がある。冬のイメージが強いスキー場に、雪のない季節にも訪れる理由が生まれることだ。パウダーマウンテンでは2026年、新たな公共トレイルの整備を進め、アート作品を歩いて巡る「アート・ループ」も拡張している。
公式が夏季シーズンとする6月から10月頃は、作品や施設を無料で楽しむことができる。雪のない季節にも山を歩き、景色とアートを楽しむ人が訪れれば、スキー場は「冬だけの場所」ではなくなる。

美術館へ行くためだけに旅をするのではない。山を歩くことも、景色を眺めることも、作品に出合うことも、ひとつの旅になる。自然とアートを組み合わせることで、スキーをしない人にも山を訪れる新しいきっかけが生まれる。

直島などから得た着想は、海に囲まれた日本の島から、遠く離れたユタの山へ。その土地の自然や文化に合わせながら、また違った形の「アートを訪ねる旅」へと姿を変えていた。
半世紀以上を経て実現した、関根伸夫の石の作品
アート・ループを歩くなかで、筆者がとりわけ楽しみにしていた作品があった。日本の現代美術における「もの派」の中心的な作家のひとり、関根伸夫(1942~2019)の『Phase of Nothingness – Stone Stack』である。
「もの派」は、1960年代末から1970年代にかけて日本で展開した美術の動向だ。石や土、木、鉄といった自然物や工業素材を用い、もの同士、そして周囲の空間との関係を問い直した。関根は、その流れを生み出すきっかけとなった重要な作家として知られている。
山の小高い場所に姿を現す『Phase of Nothingness – Stone Stack』は、高さ約5.8メートル。9つの大きな自然石が積み重なり、わずかに傾きながら空へと伸びている。パウダー・アート・ファウンデーションによると、素材は自然石と鉄。米国内で唯一の、関根の恒久的な公共作品として紹介されている。

遠くから見ても存在感があるが、近づくと印象は一変した。大きな石が絶妙なバランスで頭上へと重なっている。下から見上げると、今にも石がこちらへ落ちてきそうで、思わず一歩引きたくなるほどの迫力があった。
静かに立っているだけなのに、安定しているのか、崩れようとしているのか。その境目にいるような、不思議な感覚を覚える。

さらに驚いたのは、この作品が関根の死後、初めて実物大の作品として実現したものだということだ。構想は1970年。当時、関根はイタリアでの展覧会に向けて模型を制作し、翌1971年にはローマの公共モニュメントとして提案したが、実現には至らなかった。
それから半世紀以上を経た2025年、関根伸夫エステート(遺産管理団体)の協力を得て、ユタの山でついに形になった。1970年に生まれた構想が、55年後、遠く離れたアメリカ西部の山で形になる。目の前の石を見上げていると、作品そのものだけでなく、そこに流れてきた時間まで一緒に見ているような気がした。
季節が変われば、美術館も姿を変える
実は9月上旬にも、一度この山を訪れている。そのときはまだ工事中で、アートハイクに入ることはできなかった。高台の駐車場から見下ろした山は、木々の葉が生い茂り、一面の緑に包まれていた。
その後、10月初旬には新たに3つの作品が加わった。再び夫婦で訪れた頃には、山はすでに晩秋を思わせる表情に変わっていた。ユタ州の州木であるアスペン(アメリカヤマナラシ)もほとんど葉を落とし、わずかひと月ほど前とはまるで違う風景が広がっていた。

同じ場所でも、季節が変われば、作品の見え方まで変わっていく。山が白く覆われれば、今度はスキーやスノーボードで滑りながら、リフトも使って作品を巡る季節になる。
春、夏、秋、そして冬へ。
作品だけが展示されているのではない。空の色も、木々も、雪も、その日吹く風も、作品を取り巻く風景の一部になっていく。二度この山を訪れて、ようやく腑に落ちた。ここでは、ユタの自然そのものが美術館なのだ。
パウダー・アート・ファウンデーション(Powder Art Foundation)
公式ウェブサイト:https://www.powderartfoundation.org/
作品鑑賞の起点:ヒドゥン・レイク駐車場(Hidden Lake Parking Lot)
6965 North Powder Mountain Road, Eden, Utah 84310
交通アクセス
ソルトレイクシティ国際空港からUTAのTRAXグリーンラインでノース・テンプル駅へ。通勤鉄道FrontRunnerに乗り換え、オグデン・セントラル駅まで、乗り継ぎを含め約1時間半が目安。オグデン・セントラル駅から現地までは車で約45~50分。
夏季シーズンは山までの公共交通機関がないため、Uberなどの配車サービスを利用する。利用する場合は、帰路も含めて事前に配車状況を確認しておきたい。冬季はUTAのスキーバス(Route 674)がオグデン/エデン方面から運行する。なお、FrontRunnerは日曜日運休。
撮影・文/トロリオ牧(ユタ州在住ライター)
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。米国政府職員として17年間勤務。現在はラジオ出演や日本のWebメディアで執筆活動を行う。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。







