徳川軍がばらまいた中傷の文に激怒して寝込んだ秀吉(演・池松壮亮)。(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第35回です。羽柴秀吉(演・池松壮亮)と徳川家康(演・松下洸平)が相対した小牧・長久手の戦いが展開されました。

編集者A(以下A):決戦までの過程では、織田信雄(演・山脇辰哉)が自身に仕えていた三家老を殺害するという事件がありました。劇中では、津川雄光(演・早瀬栄之丞)が殺害されただけですが、背後で家康が糸を引いていたという設定でした。

I:私は、「羽柴秀吉は主家への大恩を忘れ、天下を掠め取ろうとする逆臣なり。信長公もさぞやご無念であろう。その志を受け継がれた織田信雄さまをお助けし、われらが天下を正すのじゃ」と家康が家臣たちを鼓舞する場面がツボでした。

A:本多忠勝(演・夏生大湖)、榊原康政(演・栗原類)の甲冑が目に留まりました。忠勝の鹿角をあしらった有名な鹿角脇立兜、金の大数珠をかけた「黒糸縅(くろいとおどし)」の具足、井伊直政(演・阿久津仁愛)の具足も立派でした。

I:酒井忠次を演じているのがキャイ〜ンの天野ひろゆきさんなのですが、眼鏡がないので、最初はまったく気が付きませんでした。酒井忠次というと「宴会芸」の「えびすくい」が有名で、2023年の大河ドラマ『どうする家康』では、大森南朋さん演じる酒井忠次と家康家臣団がえびすくいを踊りました。私は、天野ひろゆきさんをキャスティングしたのは、キャイ〜ンの「つかみポーズ」を「えびすくい」にアレンジするためではないのかとにらんでいます(笑)。

A:酒井忠次の「えびすくい芸」は節回しやどのような踊りだったかまでは伝わっていませんが、史料にも記された史実です。ですから、「キャイ〜ンポーズ」と「えびすくい」のコラボはありといえばありですよね。

徳川四天王と石川数正(演・迫田孝也)。左から酒井忠次(演・天野ひろゆき)、石川数正、本多忠勝(演・夏生大湖)、榊原康政(演・栗原類)、井伊直政(演・阿久津仁愛)。(C)NHK

羽柴秀次が登場

後に羽柴秀次となる三好信吉(演・山田涼介)。(C)NHK

I:さて、秀吉と小一郎(演・仲野太賀)の姉とも(演・宮澤エマ)の子で、万丸と呼ばれていた男子が、三好信吉(演・山田涼介)として登場しました。第16回で、宮部継潤(演・ドンペイ)を調略する過程で、身内から「人質含み」の養子を差し出す必要に迫られて、宮部継潤の養子となっていた男の子です。

A:宮部継潤は秀吉の重臣という立場になったので、万丸と宮部家の関係は解消されて、今度は、三好一族の三好康長(演・妹尾正文)の養子になり三好信吉と名乗っていました。三好一族の系図はややこしいのですが、系譜上では三好長慶の「義従兄弟」となります。

I:ともが八幡様のお守りを信吉に渡していました。八幡様は武神ですから、戦に赴く我が子のために手に入れたのでしょうね。第29回でのあさひ(演・倉沢杏菜)同様に信心深い羽柴ファミリーの様子が時々差し込まれるので、いいなと思っています。羽柴女性ファミリーは小一郎が奈良に所領を得た際に、奈良の神社仏閣を恭しくお参りしていた記録がしっかり残されていますから、本当に信心深かったのだと思います。

A:さて、山田涼介さん演じる三好信吉は後に羽柴秀次になるわけですが、若気の至り的な言動が強調されています。小一郎おじさんもタジタジでした。

全国規模の戦いだった「羽柴VS徳川」

北条氏政(演・谷原章介)も登場。(C)NHK

I:さて、小牧・長久手の戦いでは、池田恒興(池田勝入/演・堀井新太)とその嫡男元助(演・柴崎楓雅)が討ち死にしました。

A:池田家は、恒興の次男輝政が継承して、岡山藩と鳥取藩の大藩二藩体制で明治維新まで存続します。小牧・長久手で討ち死にした元助には嫡男由之(よしゆき)がいましたが、幼少(8歳)だったため輝政が継いだのです。もともと嫡流だった由之ですが、元服後も輝政家臣に甘んじなければなりませんでした。

I:岡山の吉備津神社を取材する際に、池田家のことも調べましたが、由之の子孫は代々岡山藩の家老職を務めるのですよね。長久手にある「勝入塚」を江戸時代に整備したのは、この由之の子孫だといわれています。

A:歴史の面白いところは、由之嫡男の由成の娘熊が赤穂藩家老大石家に嫁いで、大石内蔵助の母となったことです。つまり、大石内蔵助は池田恒興の玄孫になるのです。実は、大石内蔵助の先祖は羽柴秀次の側近を務めていた大石良信で、大石内蔵助は実は蜂須賀小六正勝の玄孫でもあるという別記事もありますので、関心のある方はどうぞ(https://serai.jp/hobby/1283188)。

I:『豊臣兄弟!』では、秀吉と家康の攻防だけではなく、全国規模で「羽柴対徳川」の戦いが展開されていたことが説明されました。前田利家(演・大東駿介)と佐々成政(演・白洲迅)の攻防、土佐の長宗我部元親(演・磯部寛之)の動向、毛利輝元(演・濱正悟)と吉川元春(演・こばやし元樹)は、羽柴徳川の攻防を静観することにし、さらには小田原の北条氏政(演・谷原章介)も登場しました。

A:四国の長宗我部は明智光秀(演・要潤)と昵懇の間柄でした。四国をめぐって長宗我部と三好は係争中ですから、三好に養子を出して関係を強化している秀吉陣営にはつくことができないのです。北条氏政の背後を迫る佐竹という説明もありました。『鎌倉殿の13人』にも登場した源氏の名門です。関ヶ原の合戦で日和見の態度をとったため、家康に出羽秋田に転封させられましたが、この時のことを根に持っていたのかもしれません。さらに、劇中では登場しませんでしたが、根来の雑賀衆にも家康が支援を呼びかけていたといわれています。

I:「秀吉包囲網」を構築できるか否か、ぎりぎりの攻防だったんですね。

A:そりゃ小一郎も秀吉も和睦を急ぐわけです。

秀吉を馬鹿にしまくった情報戦

I:前週に家康と北条氏政が会談した際に、氏政は秀吉のことを「卑賎の出」といっていましたが、家康陣営が秀吉の出自を馬鹿にする文書をばらまいていたことが劇中でも描かれました。俗に「十万石の檄文」とよばれるもので、榊原康政の筆によるものといわれています。『豊臣兄弟!』では、「秀吉は卑しい身分の出。信長公の寵愛を受けて侍となったにもかかわらず、今や主家たる織田家に刃を向ける大悪なる逆臣。この逆臣を討った者には褒美として金子100枚を与える」とありました。

A:家康の本拠だった岡崎には榊原康政の石像の手に高札が掲げられ、「それ羽柴秀吉は野人の子。もともと馬前の走卒に過ぎず。しかるに信長公の寵遇を受けて将師にあげられると、その大恩を忘却して子の信孝公をその生母や娘とともに虐殺し、今また信雄公に兵を向ける。その大逆無道、黙視するあたわず。わが主君源家康は信長公との旧交を思い、信義を重んじて信雄公を助けんとして蹶起せり」という一文が掲示されています。

I:「罵詈雑言」の主意は同じですね。

A:1983年の大河ドラマ『徳川家康』でも、高札が石田三成(演・鹿賀丈史)と黒田官兵衛(演・入川保則)によって「それ秀吉は野人の子、もともと馬の轡(くつわ)取りに過ぎず、馬の轡取りが信長公の寵愛を受け大出世しだすと大恩を忘れ亡き主君の遺産略奪を企て、亡君の子信孝公をその生母や娘とともに虐殺し、いままた信雄殿に兵を向ける大逆賊なり」と読み上げられました。

I:なるほど。

A:大河ドラマの考証を数多く担当した小和田哲男先生の『秀吉の天下統一戦争』(吉川弘文館)には、『榊原家譜』からの引用ということで、「夫れ羽柴秀吉は野人の子なり。草莱(そうらい)より出でて、僅かに馬前の走卒となる」という文言から始まる長文が掲示されています。

I:情報戦がすごかったんですね。

情報戦を仕掛ける家康(演・松下洸平)。(C)NHK

騎馬武者なき合戦シーンについて

A:さて、長久手の戦いなど、合戦場面の描写がありました。

I:今回も騎馬武者が登場しませんでした。

A:これは由々しき事態です。『豊臣兄弟!』をめぐっては、「中川清秀の裏切り」設定に関して物議を醸しましたが、「騎馬武者なき合戦場面」も別の意味で深刻な問題かと思われます。風俗考証などで多くの大河ドラマに関わった二木謙一先生の著書『時代劇と風俗考証 やさしい有職故実入門』(2005年/吉川弘文館)の中で、2000年の大河ドラマ『葵 徳川三代』について「一年間四十九回の内、初回から十三回まで関ヶ原合戦を扱ったが、合戦シーンのために、予算の半分を使ってしまったということである。合戦物はそれほどに費用がかかるのである」と記述されています。確かに『葵 徳川三代』の関ヶ原合戦場面で調達されている馬の数は、『豊臣兄弟!』と比較すると、同じ大河ドラマなのか? と思うくらいです。二木先生の著書によると、合戦場面は、それだけ予算を要するということなのですが、『葵 徳川三代』から早26年。実際、大河ドラマの予算が減らされているのでしょうか。

I:それに加えて、夏場の高温、ゲリラ豪雨や線状降水帯による大雨が頻発することで、ロケのスケジュール管理が年々難しくなって来ていることも合戦場面の減少につながっているのではないでしょうか。私たちは2020年の『麒麟がくる』がまだ新型コロナ禍に襲われる直前の合戦のロケを取材したことがありますが、それはそれは大規模なロケでした。天候不順で一日でもスケジュールがずれたら大変だと思いました。でも、あの時でも馬の数はだいぶ少なかったように記憶しています。

A:VFX(ビジュアル・エフェクツ)のバージョンアップでスタジオ撮影でも臨場感ある合戦場面が撮影できるようになりましたが、それでも実際のロケ撮影とは差がありますからね。『葵 徳川三代』では馬を何頭調達しているのだろう? というくらいの規模感でしたから、それと比較するのも申し訳ないのですが、一度、そうした議論も必要ではないかと思ったりします。

長秀から秀長と改名した小一郎(演・仲野太賀)。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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