取材・文/前川亜紀

日本から飛行機で約3〜4時間、時差も1時間のみ。1泊2日の週末旅行でも十分に満足できる旅先として人気を誇る台湾。シルバーウィークに出かける人も多いはず。食文化、豊かな自然、温かい人、新旧が混ざり合う独自の街並みなど、行きたいところだらけで、迷ってしまう……。そんな人のために、台湾を30回以上旅行したライターが「サライ世代が満足する」旅プランを立ててみました。歩く距離は約2km、台北駅周辺の全5スポットを巡りつつ、台北の今と昔を感じてみてはいかがでしょうか。

現在の台北駅(第4代駅舎・1989年完成)の設計者は、建築家の沈祖海ほか。中国の伝統的な宮殿建築を模している。四方に広がった屋根は単檐廡殿頂(たんえんぶてんちょう)といい、重厚な雰囲気を醸し出している。駅中央には建物6階分が吹き抜けになったホールがある。市民の憩いの場になっており、台北の「今」を感じられる。(写真・photoAC)

台北駅周辺に残る日本統治時代の建築物

台湾は、1895(明治28)年から1945(昭和20)年まで、およそ50年間、日本の統治下にありました。この時代、日本は厳しく統治しながらも、インフラ整備や教育制度の導入、近代的な産業振興などを進めます。約50年にわたる統治期を経たため、80年以上が経過しても名残があり、台湾では現在も日本を思わせる建物や食べ物(おでんや弁当など)に出会うことができます。

まず、訪ねたのは桃園空港と台北をつなぐMRT台北駅から徒歩3分、日本統治時代の建物をリノベーションしたコンパクトな博物館『台北記憶倉庫』(旧三井物産株式会社北門倉庫)です。1914(大正3)年に完成した赤レンガ造りの建物は、かつて三井物産の倉庫でした。ここに鉄道で輸送された茶、米、砂糖、樟脳、塩、タバコなどを保管していたのです。館内の展示は戦前の三井物産について、台北旧市街の地図、年代別の書籍ほか充実。台湾が日本だった時代の産業や営みの一部がわかります。入場無料で休憩スペースやカフェもあり、一息つきつつ、旅の計画を立てることができます。

カフェの看板が出ており、大通りに面しておりすぐわかる。正面側には三井物産のシンボルである”井桁三”のロゴが掲げられている。展示の説明は台湾華語と英語のみ。月曜定休。(写真・筆者)
カフェコーナーもあり、台湾茶や現在の台湾ビールの復刻版・高砂麦酒を販売。写真左上の看板右にある、台湾の歴史的建造物の形の焼き菓子も人気。カフェの営業時間は11時−19時。(写真・筆者)
台湾の歴史や文化がわかる本を、「知りたい年代別」に展示。日本との関わりをざっくりつかんでおくと、台湾旅がさらに楽しくなるはず。日本語の本もある。(写真・筆者)

台北記憶倉庫の周辺には、主に写真作品を展示している『国家撮影文化中心台北館』(1937〈昭和12〉年築・旧大阪商船株式会社台北支店。有名建築家・渡辺節が設計)や、実際の郵便局に郵政博物館が同居する『郵政博物館臺北館』(1930〈昭和5〉年築・旧台北郵便局)。台湾鉄道史を紹介し、展示物も豊富な『国立台湾博物館鉄道部園区』(1920〈大正9〉年築・旧鉄道部庁舎。『台湾総督府』を設計した森山松之助が手がけた)ほか、日本統治時代の名建築が多く残っています。どの施設も充実の展示ですが、この後、『国立台湾博物館』に行くので次回の楽しみに。

まずは、お腹を満たさなければ…と台北記憶倉庫から徒歩6分、台湾の若者に人気のトースト店『Comida Toast』(可蜜達炭烤吐司)へ。これは台北旅の定番ガイドブック『台北エリア別満喫旅 食べまくり!』(門司紀子著 小学館)にも掲載される人気店。台湾の朝食というと、鹹豆漿(豆乳のスープ)が有名ですが、若い世代はトーストやサンドイッチを好む傾向があり、お店も多いです。特徴は炭火や鉄板で焼いた香ばしいパンに、ハムやチーズ、卵などを挟み、甘じょっぱく味付けした独自の風味。お腹を満たしたら、国立台湾博物館へと向かいます。でも「どうしても鹹豆漿が食べたい!」という人は、この店から徒歩2分の『永和豆漿大王』にハシゴしてもいいかもしれません。

Comida Toastの外観(左)。オーダーしたのは、半熟卵指定のポークエッグトースト(75NTD /約375円1TWD=5円換算)。香ばしいトーストに甘いピーナツバターとしょっぱい豚肉ローストに卵黄が絡む。オーダーはカウンターにあるシート状のメニュー(日本語併記)に直接書き込むのでわかりやすい。(写真・筆者)
台北駅周辺では、再開発が急ピッチで進んでいる。日本統治時代と思われる建物の向こうに建築中の高層ビルが。道にミシンを出して修理している職人さん、猫の世話をしている女性などがいた。旅はその土地の生活にお邪魔させていただくことも楽しみだと感じる。(写真・筆者)

国立台湾博物館に向かう途中に、フィルムがあしらわれた看板の建物が並ぶ通りを通過します。ここは博愛路という道で、カメラや撮影機材の店が密集するエリア。ここはかつて、戦前に法政大学に留学していた、台湾を代表する写真家・鄧 南光(1908〈明治41〉〜1971〈昭和46〉年)が帰台後に店を構えていました。彼は日本留学中、お金を貯めて買ったライカA(カメラ)を手に、銀座、丸の内、浅草ほか、モダン都市・東京を行き交う人々を撮影。戦後は台湾の写真界の発展に貢献します。その作品は『鄧南光影像紀念館』(新竹県北埔郷・台北駅からバスと電車で約2時間)などで観ることができます。

日本統治時代の古地図を見ると、博愛路の周辺には政府機関、新聞社ほか報道機関が集まっていた。彼らはカメラ、大量のフィルムを必要とし、現像もしなければならない。その需要に応える形で専門業者が集まった。(写真・筆者)
博愛路で見かけた日本統治時代と思しき建物に、最新のカルチャースポット『animate cafe(アニメイトカフェ)』が入居。新旧のMIX感も台北らしい。正面は交差点の角地を活かした”隅切り”がされている。これは交差点の視界を確保し、街並みを美しく見せることが目的。この手法は、日本統治時代の都市計画でよく見られた。(写真・筆者)

さあ、いよいよ『国立台湾博物館』に到着。1915(大正4)年に完成した旧台湾総督府博物館です。当時、この建物は台湾では珍しいギリシャ風建築で、神殿のような雰囲気が厳か。設計者は台湾総督府技師として活躍していた野村一郎ほか。荘厳な雰囲気に圧倒されます。

ヨーロッパの博物館によくみられる新古典主義の様式を採用。ギリシャ神殿のドリス式柱とローマドーム式の天井を組み合わせている。これは正面北側からの写真。南側は『二二八和平公園』に面しており、館内から豊かな自然を観ることができる。(写真・筆者)
ギリシャ神殿様式の正面から、屋内に入ると、ルネサンスの風格を漂わせる優雅な空間が広がる。ロビーや廊下には、黒大理石と白寒水石を敷き詰めている。(写真・筆者)
16mの高さの天井ドームには、台湾総督(第4代)・児玉源太郎の家紋「軍配団扇」と、民政長官・後藤新平の家紋「下がり藤」がデザインされたステンドグラスがある。この博物館は2人の治績を記念して建築された。(写真・筆者)

この博物館は、主に台湾の自然史と民族・歴史・文化について解説した展示で構成。台湾固有の動物・植物の標本、先住民族の伝統民具などの展示があります。台湾の豊かな生態系、今も独自の生活をしている先住民族の文化、歩んできた歴史、多様性を多角的に知ることができるのです。

筆者が好きなのは3階の“發現臺灣(台湾発見)”コーナー。ここには明治時代から戦前にかけての、日本人博物学者たちの調査記録が残されています。初代館長・川上瀧彌(植物学者で“まりも”の命名者。開館準備の激務により44歳で死去)、岡本要八郎(薬効で知られる北投石の発見者)、森丑之助(先住民族研究者)ほか、台湾の自然・生態・民族を調査・分類した研究者たちの足跡や採集標本、フィールドノートなどもあります。そして、日本統治期に作られた児玉源太郎総督と後藤新平民政長官の銅像も。ここで日本と台湾が重ねてきた歴史の一部を感じることができるのです。またここのミュージアムショップはとても充実しており、ぜひチェックを。

博物館の前には、野村一郎が設計した三井物産の旧台北支店の建物がある。左奥は、1933(昭和8)年に完成した日本勧業銀行台北支店で、現在は国立台湾博物館の古生物館。ここは古生物だけでなく、当時の金庫や銀行の資料も見られる。また、台湾でいち早くにクーラーが設置された建物であり、約90年前の“最先端”も見学できる。(写真・筆者)

2026年開設、台湾で半導体産業が始まる発端となる、朝食店の跡地に行ってみた【次のページへ】

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