
お腹を下すのは、それだけで気が滅入るものです。
「朝ごはんを食べると、すぐトイレに行きたくなる」
「昼食後には、いつもトイレの場所を確認してしまう」
「大事な会議や商談の前になると、お腹が気になって集中できない…」
夏の疲れが出始めるこの季節、こうした悩みをよく耳にします。
つらいときは「ひとまず下痢止めで乗り切る」という方も多いかもしれません。ですが、日々のちょっとした養生でお腹を守ることができるのなら、もっと快適に過ごせるはずです。
なぜお腹を下してしまうのか、どうすれば防ぐことができるのか。そして、下してしまったあとには、どんなケアが必要なのか…?
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生が、中国伝統医学の知恵から、心と体の違和感について、サインの読み解き方をわかりやすく解説していきます。
今日訪れたのは、夏の暑さの中で、時折襲われる腹痛と下痢への不安を抱えた男性です。さっそく、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者:52歳 男性(精密機器メーカー 営業課長)
主な症状:普段からお腹をこわしがち。特に気になるのは、朝や、大事な商談の前の下痢。
その下痢、本当に「昨日の食べ物」のせい?
相談者は、困った様子で切り出しました。
「普段から、どうもお腹の調子が悪くて…。朝にキューっと痛みが出て、トイレに駆け込むと、下してしまう。『昨日の刺身が良くなかったかな』なんて思うときもありますが、食べ物に思い当たる節がないときも多い気がして」
志村先生は、頷きながら問いかけます。
「なるほど。ちなみに、下痢をする前には、何か共通点はありませんか? 例えば、大事なお仕事の前とか」
「それは、あります。若い頃から、プレッシャーがあるときは、特に敏感になりがちでした。この前は大口の商談だったせいか、ずっとお腹が気になって。移動中の高速道路でも、サービスエリアの看板を見るとホッとします。
ただ、プレッシャーがなくても、疲れていると下すときもあって…。いつ痛みに襲われるか、いつも心配してしまう」
「それはお辛いですね。もしかして、食後の眠気、食べると胃もたれしやすい、食欲が低下しやすい、下痢や軟便、便秘、排便の不具合などはありませんか?」
相談者は頷きながら口にします。
「それは当てはまることばかりです。特に昼食後はいつも眠くて仕方がない」
志村先生は大きく頷き、話し始めました。
胃腸は夏の間、フル稼働
「下痢には、いくつもの要因が重なっていることがよくあります。まずは、下痢の引き金になっている要因から整理していきましょう」
体質的な胃腸の弱さ
志村先生:「お話をうかがっていると、あなたはもともと、胃腸の働きが弱いタイプのようにお見受けします」
相談者:「たしかに、そんなに胃腸が丈夫なほうではないと思います。子どもの頃から『途中でお腹が痛くなったらどうしよう』そんな不安を、よく感じていました」
志村先生:「中医学ではこのタイプを『脾気虚(ひききょ)』といいます。こうした、もともとの体質として弱点をお持ちの方に、さらに負担を強いるのが、日本の過酷な夏です」
追い打ちをかける夏の暑さ
志村先生:「夏の下痢に、圧倒的に多い原因は、冷たい水分の摂り過ぎです。
例えば、毎晩ビールで晩酌をしていると、じつは大きな負担になっていることがあります。もちろん、これだけ暑いと、日中の水分補給は大切です。でも、冷えた飲み物を大量に流し込むような飲み方をするのは控えた方がいいですね」
相談者:「耳が痛いな…。昼間の疲れを、夜にビールで流すつもりで、グイグイ飲んでしまうことがある」
志村先生:「冷たいもの、多すぎる水分、どちらも『脾』にとっては苦手なもので、てきめんにパフォーマンスを下げてしまいます。
もうひとつ見逃せないのが、外気と室内の激しい温度差。これも『脾』にとっての負担になります」
相談者:「コンビニに入るたび、冷気が気になるアレですね。まず、トイレの場所を探してしまうんです。外の暑さから冷房の効いた部屋に入ると、涼しい反面、お腹にはこたえますね」

志村先生:「『脾』の働きは消化・吸収だけでなく、栄養を全身へと運ぶ役割も担っています。そのため、『脾』が弱れば、全身の不調にもつながりかねません。
もともと『脾』が弱いあなたにとって、夏は特に気をつけないと、負担は増える一方なんです。体が、下痢というサインを出して、事前に知らせてくれていると思ってください」
相談者:「体が、教えてくれるサイン…」
ストレスが引き金になる「肝脾不和(かんぴふわ)」
志村先生:「それと、50代ともなれば責任ある立場になりますよね。おそらくストレスもかかっているのでは、ないでしょうか? 最初にお話しされていた、『大事な商談の前になると、お腹をこわす』というお悩み。じつは、それにもちゃんと理由があるんです」
相談者:「えっ、そうなんですか?」
志村先生:「中医学では、ストレスを受けると、まず全身の気の巡りをコントロールする『肝(かん)』の働きが乱れると考えます。『肝』は自律神経のような役割を担っているため、その乱れは、胃腸を司る『脾』にも影響を及ぼします」
相談者:「だから、緊張するとお腹にまで影響してしまう、と」
志村先生:「その通りです。もともと疲れている胃腸に、ストレスという負荷が加わることで、お腹が痛くなったり、下痢をしたりする。中医学では、この状態を『肝脾不和』と呼びます」
相談者:「お腹の痛みに振り回されているような日々でしたが、これにも名前があったとは…。理由がわかれば対処法も見つけやすい」
男性は、どこか安心したように苦笑いを浮かべました。
今日からできる胃腸養生
「ここからは、すぐに取り組むことができる養生をお伝えします」
そう言って志村先生は、具体的なケアを教えてくれました。
冷えない対策を習慣にする
志村先生:「じつは真冬より、夏の冷えのほうがこたえる、という声も多いです。冬は気候による天然の寒さですが、夏の冷房は、人工の強制的な冷やし方ですから。そうした急な冷えを感じたときのために、羽織るものを一枚持ち歩いていれば安心ですよね。
体表の温度を下げない工夫としては、使い捨てカイロも活用できます。お腹に違和感を覚えたときは、貼って温めてください。腹巻きも、意外と多くの方が活用していますよ」

相談者:「カイロなら、すぐにでも試せそうですね。かさばらないし、熱ければ、すぐに外せばいいから」
温かい飲料と、調理方法を選ぶ
志村先生:「それから、胃腸そのものを冷やさない養生も大切です。飲み物は、できるだけ常温から温かいものを選んでください。冷たい飲み物を飲むなら、すぐに飲みこまず、舌の上で温めてから飲みこむ。これだけでも、効果がありますよ。
あとは、温度帯を一段階上に上げる工夫もできます。
氷入りの飲み物からは、氷をぬく
冷蔵庫の飲み物は、室内にしばらく放置してから、常温で飲む
そして、ビールを飲むときは、お腹の調子をみながら飲むようにしてください」
相談者:「若い頃は冷たいビールくらい飲んでも平気だったけど…。これからは、お湯割りの焼酎とか、熱燗にしますか」
志村先生:「いいですね。冷えを避けるという意味で、それも一つの工夫です」
食べ物は口の中で柔らかくしてから胃腸に届ける
志村先生:「『脾』の負担を軽くするためには、食べ物をよく噛んでから飲みこむことが養生になります。
調理をする際にあらかじめ、野菜を細かめに切って、柔らかくなるまで炊いたスープなどもおすすめです。具沢山のお味噌汁とかは、いいですよ。
そして調理法にもポイントがあります。「炒め物、揚げ物」よりは、「蒸し物・煮物」のほうが、胃腸への負担は和らぎます。
注意したいのは、お粥や雑炊も、よく噛まずに飲み込んでしまえば、かえって逆効果です」

相談者:「もうラーメンとか、食べちゃいけないんでしょうか…?」
志村先生:「それは極端ですよ(笑)。そんな我慢をして無理をするよりも、普段の生活で『脾』の力を底上げしておく。こうして土台が整っていれば、ときどきラーメンを食べても、ダメージを受けにくい体へと整ってきますよ」
失われているのは水分だけじゃない|「気」の消耗に注意
最後に、志村先生は下痢の後に必要なケアについて教えてくれました。
失われる「潤い」と「気」
「中医学の考えでは、下痢をした際に失われてしまうものがあるんです」
「え。なんですか?」
「体の『潤い』と、『気(生命エネルギー)』です。どちらも生きていく上で欠かせない要素です。これが、汗をたくさんかいたり、下痢をすることで、外へ出ていってしまう。
ですから、下痢の後は、体温に近い温かい水分をこまめに補給して、まずは体の『潤い』を補います。ただ、水を飲めば『潤い』が満たされるわけではありません。巡らすことが必要です。
これには『気』の働きが不可欠です。思い切って早く寝ることや、休日に予定を詰め込み過ぎないことが養生になります」
「『気』の働きか…。それは知らなかった」
急性の下痢への対処
最後に男性が尋ねました。
「そういえば、冷たいアイスや、脂っこいラーメンを食べたあと、急にお腹を下すことがあります。あれは、いったい何が起きているのでしょうか?」
「急性の下痢ですね。それは、体が『これ以上は溜めておけない』と判断して、余分なものを排出しています。むしろすっきりする感覚があるなら、それほど心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうなんですか? てっきり、悪いことだと思っていました」
「体が受けたダメージを減らそうとして起きていることなので、休ませながら回復を待ちましょう。注意が必要なのは、何日も軟便や下痢が続いたり、下したあとに体力を消耗してぐったりするタイプです」
志村先生によると、これは、『脾』が本来持っているはずの、回復力までもが落ちているサインだといいます。
「暮らしの中で『脾』に負担をかけてきたそのツケは、暑さが長引くこれからの時期に、少しずつ体に出てきます。こうした不調には、特効薬のような対策があるわけではありません。少し集中して、生活全体から立て直す必要があります。
今回の処方は、胃腸の働きを上げるものと、ストレスを和らげるものを組み合わせてご用意しますね。2週間後に、もう一度様子をおうかがいさせてください。下痢はだいぶマシになると思いますよ」
相談者は、ほっとしたように頷きました。
「50代にもなれば、もう少し、自分の体と向き合ってみないといけませんね」
頷きながら、志村先生は言います。
「そうですね。特に体を冷やさない工夫は、涼しくなってからも続けてください。夏の疲れは、思っているより長く残るものですから」
おわりに
この夏、働かせすぎてしまった胃腸からの「少し休ませて」というサインが、下痢となって現れることがあります。サインを無視して、いつも通りの生活を続けていれば、さらに深刻な不調につながることも…。
温かい食事と、冷やさない工夫で胃腸を守り、消耗した「潤い」と「気」を補いながら整えていくことで、健やかな秋を迎える準備になります。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











