
旧五輪教会堂
海辺に切妻屋根の教会堂が立つ。明治14年(1881)竣工で、島の他所から昭和6年に移築された。重要文化財。●住所:長崎県五島市蕨町993-11 電話:095・823・7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター) 開館時間:8時30分〜12時、13時〜16時30分(教会守常駐)、月曜と第2・第4火曜は自由見学(施錠なし ※) 交通アクセス:田ノ浦港から車で約30分。訪問者用の駐車場から徒歩約10分
※「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」公式サイトより2日前までに事前連絡が必要。
長崎県北西部に位置する五島列島は140余りの島々からなり、カトリックの教会堂が合計で50以上点在する。その背景には、江戸時代後半に幕府が長崎のキリシタンを五島列島へ移住させた政策がある。日本におけるキリスト教は長い弾圧の時代を経て、明治6年(1873)に禁教が解かれ、教会堂を建てることが許された。建築学を専門とする長崎総合科学大学の山田由香里さんに、五島の教会堂建築について話を聞いた。
「明治時代前期に、フランス人宣教師の指導のもとで建てられた木造教会堂が五島の教会堂の始まりです。その後、耐久性のあるレンガ造りの教会堂が登場し、やがて日本人の大工たちが、自らの手で建てるようになっていきます」
山田さんに教会堂の見かたの手ほどきを受け、五島の教会堂の魅力を求めて長崎から海を越え、五島列島南西部に位置する久賀島の旧五輪教会堂を訪ねた。
木造、瓦屋根の建物は民家のような佇まいだ。山田さんによれば、旧五輪教会堂は禁教が解かれて間もない頃に建てられたため、人々がまだ安心して信仰できる状況ではなく、その不安定な事情が、和風の外観に表れているという。

祈りの場として教会堂の奥にある祭壇上の窓は、下部が斜めに切り取られている。本来は窓全体が外部に面していたが、後年、祭壇の周辺を増築した際、屋根の勾配に沿う形で改変されたとみられる。
古式の木造教会堂

旧五輪教会堂の内部は、頂上が尖った形をした尖頭アーチ形の窓とステンドグラスを特徴とするゴシック様式。天井は最も高い部分で5mに満たず、天井が頭上近くに迫って感じられる。
教会守の江頭敏さんの案内で内部へと入った。外観とは対照的に、内部は本格的な洋風建築だ。交差するアーチ形の骨組みのリブ・ヴォールト天井が木造で取り入れられ、空間全体に温かみのある印象を与えている。一方で正面の祭壇部分は、本来のフランス様式であればレンガによって半円形につくられるが、旧五輪教会堂は八角形につくられている。山田さんによれば、当時の日本の技術や材料では半円形が難しかったゆえの試行錯誤だという。

聖体拝領台。祭壇前に設置された手すり状の低い柵で、一枚板の透かし彫り。当時の大工による繊細な彫刻や装飾が施されている。


解説 山田由香里さん(長崎総合科学大学教授)

取材・文/藪内成基 撮影/松隈直樹
※『サライ』2026年7月号より












