「サザエさん」の作者として知られる長谷川町子さんのところには「世田谷区フグ田サザエ様」で手紙が届いたという話を聞いたことはありませんか? 昔、住所とは人が住んでいる場所を示すものでした。しかし、人口が増えたことでそれでは立ち行かなくなり、新たに場所を示すための制度が導入されました。

ところがそれが混乱の元となります。地図ソフトの開発に長年携わってきた河合太郎さんによると、日本の住所には簡単には解決できない「揺らぎ」があり、混沌に満ちていて、とにかく「ヤバい」のだそうです。

そんな河合さんの元に集まってきた住所の背景を調べ、掘り下げた最新著書『ヤバい日本の住所』(幻冬舎刊)には、驚きの住所が満載。そもそもなぜそんな仕組みになったのか、成り立ちからも見えてくる、日本の住所のヤバさを、ぜひ堪能してください。

今回は、『ヤバい日本の住所』から、同じように見えて実は違う場所を示している2つの住所をご紹介します。住所を書く際に多用するハイフンが、こんな罠を仕掛けていたとは知りませんでした。

文/河合太郎

そもそも住所システムが二つ並存している

「やってもいいし、やらなくてもいい」住居表示の導入

第1回第2回で解説したように、日本には「地番制度」「住居表示」という二つの住所システムが併存しています。住居表示の方が新しいシステムで、国の方針としてはもちろんこちらを推進していきたい気持ちはやまやまです。

しかし、日本の地方自治制度は地方の自主性を最大限尊重しようとするあまり、住居表示の導入については各地方自治体任せで「やってもいいし、やらなくてもいい」くらいの少し気弱な推し方になってしまっています。

具体的には、「住居表示に関する法律」の第3条に住居表示の実施手続がこう記されています。

住居表示に関する法律(住居表示の実施手続)
第三条
1 市町村は、前条に規定する方法による住居表示の実施のため、議会の議決を経て、市街地につき、区域を定め、当該区域における住居表示の方法を定めなければならない。
2 市町村は、前項の規定により区域及びその区域における住居表示の方法を定めたときは、当該区域について、街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号をつけなければならない。
3 市町村は、前項の規定により街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号をつけたときは、住居表示を実施すべき区域及び期日並びに当該区域における住居表示の方法、街区符号又は道路の名称及び住居番号を告示するとともに、これらの事項を関係人及び関係行政機関の長に通知し、かつ、都道府県知事に報告しなければならない。
4 市町村は、第一項及び第二項に規定する措置を行なうに当たつては、住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうように努めなければならない。

議会の議決を経て決めなければならない。住民に趣旨を周知し、理解と協力を得るよう努めなければならない。それは裏を返せば、「うちのとこでは反対する人が多いから」という自治体では、いつまで経っても住居表示が導入されないということも起こり得るというわけです。そして実際にそういう事態が各地で起こっています。

それでも、A市は住居表示を導入した、B市はまだ地番制度を使っている、と自治体ごとに施策がはっきりしていればまだ分かりやすいのですが、実際には同じ自治体の中でも住居表示が部分的に導入されているところもあれば、地番制度のままのところもある、といった具合に混在している例が多く存在します。東京23区ですら、千代田区や新宿区などではまだ実施区域が80%弱程度です。港区や練馬区はほぼ99%ですが、ごく一部に未実施地域が残されています。

近い場所だと思ったら遠かった!

さて、住居表示実施地域と未実施地域が混在していると何が困るかというと、近い場所かと思ったのに実は違う場所だった、といったことが起こってしまいます。印象的な例として、東京ディズニーランドのある浦安市舞浜の二つの住所を挙げましょう。

東京ディズニーランドから首都高速湾岸線を挟んで北側には住宅街があり、そこには舞浜小学校という小学校があります。ここで舞浜小学校の住所を確認すると、学校のウェブサイトには「浦安市舞浜2-1-1」と書いてあります。ここは住居表示実施地域であり、舞浜2-1-1は舞浜2丁目1番1号を表しています。このように、「何丁目何番何号」という住所を、丁目や番、号といった漢字の代わりにハイフンで数字を繫いで表記するのはとても一般的な習慣です。なにせ書きやすいですもんね。

浦安市立舞浜小学校の住所
出典:https://www.city-urayasu.ed.jp/maiha-es/

さて一方で、ディズニーランドにはディズニーアンバサダーホテルが隣接して建っています。その住所は、これも運営会社のオフィシャルウェブサイトを見ると「浦安市舞浜2-11」とありました。なるほどここも舞浜2丁目か、と思ってしまうところですが、実はここは舞浜2丁目ではありません。住居表示が実施されていない「舞浜」という町の、2番地11を指しています。首都高速湾岸線を挟んでこちらは南側、場所も全然とまでは言いませんが相当離れています。

ディズニーアンバサダーホテル
出典:https://www.olc.co.jp/ja/tdr/profile/ambassador.html

このように、同じ舞浜2……と書かれていても、地域が違うのです。実のところ舞浜2丁目と3丁目はありますが舞浜1丁目は存在しておらず、なんとなく舞浜の「1丁目」っぽいな、という雰囲気の東京ディズニーランドや舞浜駅、浦安運動公園を含む一帯が丁目のない「舞浜」となっています。統一しろよ! と思いませんでしたか? 思いましたね。僕も思っています。

ハイフン表記の落とし穴

もちろんこんなことが問題になる大きな原因の一つが、ハイフン表記にあることは明白です。もし
・舞浜2丁目1番1号
・舞浜2番地11
という表記であれば、分かりやすいとまでは言わずとも、少なくとも違う構造をしているということは理解できます。ただ、「2-1-1」と「2丁目1番1号」では字の画数がなんと22画も増えてしまうわけで、手書きを尊び、かつ年賀状という大量のハガキを送る文化のある日本では、もしかしたら人々がより楽な方に流れてしまった結果なのかもしれません。逆に、パソコンやスマホの普及により手書きで文字を書く機会が少なくなってきている現代なら、丁目・番・号を書く習慣が再び広まることもあり得るのでしょうか。

と、そう期待したくなるところですが、残念ながらその望みは薄そうです。第2回でも解説しましたが、地番制度の非合理性を払拭する目的で設計したにもかかわらず、実は住居表示においては「複数の建物に、同じ住所が割り当てられる」という事態が起こってしまうことがあります。この問題に対処するために、自治体によっては住居番号に枝番を付ける施策が行われています。

それ自体は住民の不便にきめ細かく寄り添おうとする素晴らしい対処なのですが、ここで実際にその施策を行っている千葉県佐倉市と東京都三鷹市の、市役所からの告知内容を見てみましょう。

千葉県佐倉市役所の告知
出典:https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/jichijinkensuishinka/193/4874.html
東京都三鷹市役所の告知
出典:https://www.city.mitaka.lg.jp/c_service/089/089204.html

このように、同じ1丁目1番1号に枝番の「1」が付く場合であっても、佐倉市の場合は「1丁目1番1−1号」、三鷹市の場合は「1丁目1番1号−1」がそれぞれ正式な住所の表記になるというわけです。

もう丁目・番・号なんて捨てて全部1-1-1-1って書くよ! と思いませんでしたか? 思いましたね。僕もつくづくそう思っています。こうして住所のハイフン表記は世にますます広がっていくのですね。

*  *  *

『ヤバい日本の住所』
文/河合太郎
幻冬舎 1056円(税込)

河合太郎
1973年、岐阜県生まれ。
名古屋大学教育学部を卒業後、株式会社アルプス社で地図ソフトの開発に従事していたが、会社が民事再生を申請。それを買収したヤフー株式会社でLatLongLabなど地図サービスの開発を行いつつ、Appleが新しく発表した自社製地図をdisっていたところを見つかりそのままAppleに転籍、渡米。「マップ」アプリの改善を担当する。現在サニーベール市在住。インターネット上の識別子はinuro。

 

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