取材・文/坂口鈴香

松兼恵理さん(仮名・61)の義母「ママ」(89)は、60代のときに精神科から処方された多種類の薬の副作用で認知症のような症状を起こした。そこで首都圏に住む長男宅に滞在し、別の精神科医のアドバイスに沿って薬を断ったところ、半年ほどで症状は改善。再び東北地方での一人暮らしに戻った。
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足に力が入らない
ママの一人暮らし再開後は、毎週末に松兼さん夫婦(次男夫婦)か長女夫婦が交代でママの家に行くようにした。
「ママはボケてた間の記憶がなく、それがよほど堪えたようで、プールも再開して活動的に過ごしていました」
ところがそれから数年経つと、プール通いは続いてはいたものの、「右足に力が入らない」と言うようになった。泳いだり、運転したりすることに不安が大きくなっていった。
「整形外科で脊柱管狭窄症と診断されて、手術しました。10年くらい前のことです。それでも、痛みもしびれも治るどころかかえってひどくなる有様でした。翌年、再手術したのですが、やはり改善しません。義兄の住む首都圏の病院や私たちの住む市の病院など、あちこちの病院で検査しても原因はわかりませんでした」
ペインクリニックでブロック注射をしてもらっても1時間ほどで痛みがぶり返す。結局、元の病院に通院することになった。
痛みで死にたいと思うほど……
「整形外科の医師が、『脳が痛みを覚えていて痛むこともあるから、精神科を受診してはどうか』と言うので、そこで痛みに効くという薬を処方してもらいましたが、効果はありませんでした。痛みは少しずつ良くはなってきたような感じですが、四六時中痛みがあるというのは変わりません。常に痛みをともなう生活が、手術から10年経った今も続いているんです」
訪問看護師が「痛みは10のうちどれくらい?」と聞くと、最近は「5から6」と答える。数年前は「8から9」だったので和らいでいるようにも思えるが、「ママは我慢強い人」なので本音はわからない。
松兼さんは、ママが最初に診察を受けたときの言葉が今も忘れられないという。
「痛くて死にたいと思ったことがあるかと聞かれて、『あります。でも迷惑をかけるからできない』と答えたんです。ショックを受けました。そこまでの痛みってどれほどなんだと……。今も『早くお迎え来ないかな』とよく言っています」
現在、ママは要介護1。普段はベッドで過ごし、移動には車いすを使っている。デイサービスにも通っていたが、移動する際に腰が痛むようで「行きたくない」と言うのでやめた。今は入浴介助と、訪問看護、訪問診療だけを利用しているという。
松兼さん夫婦がママと同居したのは、ママが再手術をして数年後。7年前のことだ。
「もともといずれは私たち夫婦が夫の実家で同居する予定になっていたのが、夫の早期退職で早まったのです。義姉が『自分の定年から、弟の定年までは、私がママと同居してママの面倒を見る』と言っていたのが、順番が逆になりました」
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取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。











