梅雨が始まってから、食欲が落ちている気がする。いつも食べている食事なのに、今日はなんとなく重たく感じる。冷房の効いたオフィスにいると、体が重い…。雨の季節は、こういった相談が増えます。

「まだ本格的な夏でもないのに、なぜこんなに体がだるいんだろう?」

そう思いながらも、原因がわからないまま、なんとなくやり過ごしている方も多いのではないでしょうか?

中医学では、自然の気候と体は密接につながっていると考えます。その視点から見ると、梅雨という季節がもたらす湿度の高さは、体への影響が存外に大きいものです。

本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国の伝統医学の知恵から体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。

今日は、健康には人一倍気を使っているという男性が訪れています。ちょっと、覗いてみましょう。

【今日のお悩みカード】

相談者|53才/男性(デスクワーク)
主な症状|梅雨になると食欲が落ちる。今年は特に体が重だるい。

健康に気をつけているのに、なぜ?

鍛えた体つきで背筋を伸ばしたまま椅子に座る男性は、奥様に代わり、いつもの胃薬を受け取りに来ました。その処方を待つ間、ご自身の体についてぽつりと不調を話し始めます。

「いつも食べている食事なのに、最近、なんだか胃にずっしりくるときがあって…。だから今日のお昼は、蕎麦で軽めにすませました。普段から胃腸が弱い妻とは違って、私の場合は梅雨の時期だけ、毎年こうなんです。でも、なぜか今年は特に顕著で…」

志村先生は、問いかけました。

「なにか、今年は環境が変わったとか、体を壊したとか、心当たりはありますか?」

相談者は、少し間を置いてから答えました。

「じつは今年の春に、ふくらはぎを傷めてしまって。それからジムを休んでいます。時間が余るので、そのぶん飲み会に顔を出すことが増えました。家に帰っても、動画を見てばかりです」

志村先生は、深く頷きました。

「普段から健康に自信がある方がこういう状態になると、とても戸惑いますよね。あなたのように、体が出したSOSに素直に耳を傾けることができれば、軽いうちにケアもできますから、ご安心ください。

中医学の視点から見ると、梅雨の『湿気』が体の中に余分な水を溜め込んで、大きな負担をかけているのかもしれません」

「湿気」が与える体への影響

志村先生は、話し始めました。

「雨の日は、洗濯物が乾きにくいですよね。本来、人間の体も汗や呼吸で余分な水分を外へ発散させていますが、湿気の多い梅雨時は、その発散力がぐっと落ちてしまいます。空気中の湿度が高くなると、洗濯物と同じように、体の中でも同じことが起きるイメージです」

相談者は、じっと聞き入っています。

「あなたの場合、足のケガで体を動かせない時期が続きました。運動は、体の中の水分を巡らせる大事な排水ポンプと同じ役割を果たしています。その排水機能が滞っているところへ、梅雨の湿気、そして飲み会での水分の摂取…。体に湿気が溜まりやすくなるのは、ある意味、当然の流れなんですよ」

「なるほど…」

相談者は、息を吐くようにつぶやいたのでした。

あなたはどっち?(自己観察タイプ診断)

志村先生は、続けます。

「梅雨の重だるさにもタイプがあります。余分な湿気がどこに溜まりやすいかは、人によって違いますから、ご自分の体を観察してみてください」

頭が重い

「頭に濡れた布を被せられたような、すっきりしない重さを感じませんか?

・頭がぼんやりする
・思考がまとまらない
・物事を決められない

そんな、頭重感を感じるタイプの方がいらっしゃいます」

皮膚の湿疹

「梅雨の時期になると、肌がじくじくしたり、湿疹が出やすくなる方もいます。体の内側で処理しきれなかった水分が、皮膚から外へ出ようとしているサインですね。

かゆみを伴うことも多いです」

下痢・お腹の不調

「お腹が緩くなりやすい方も、この季節は多いです。他にも食欲が落ちる、お腹がちゃぽちゃぽするといった症状がある方は、胃腸に不要な水が溜まっているサインです」

志村先生は、相談者に問いかけました。

「いかがでしょうか? 心当たりがあるタイプはありますか?」

相談者は、しばらく考えてから答えます。

「じつは…足首にジュクジュクした湿疹が出ています。あと、この時期はお腹の調子も悪くなりがちです。食欲不振も全部、つながっているんですね」

驚く相談者に向かって、志村先生は言います。

「食欲不振と皮膚の湿疹。一見バラバラに見えますよね。でも、これこそが中医学でいう『異病同治(いびょうどうち)』。症状が異なっても原因が一緒なら、同じアプローチで改善が期待できます。まとめて楽になっていきますよ」

今日からできる養生「異病同治」

「どのタイプにも共通して言えるのは、水分代謝を整えることです。まず、体の水の巡りを良くすることを意識した養生を考えていきましょう」

「飲む除湿機」という考え方

「漢方には、体の中の余分な水分を排出し、巡りを助ける処方があります。私はよく『飲む除湿機』とお伝えしています。

室内干しのとき、除湿機をかけると洗濯物がよく乾きますよね。それと同じように、漢方薬で体の内側から湿気を取り除いていくイメージです」

冷たい飲み物を控える

「これは、今日からすぐにできますよ『冷たい飲み物を控える』ことです。暑くなってくると冷たいものに手が伸びますが、胃腸を冷やすと、水分を処理する力がさらに落ちてしまいます。常温か、温かい飲み物を選ぶだけで、体調がずいぶん変わりますよ」

相談者は、少し苦い顔をしました。

「飲み会では、ずっとビールを飲んでいるからな…」

志村先生は、笑いながら答えます。

「飲み会を全部やめる必要はありません。唐揚げにビール、私も大好きです(笑)。だからこそ、それ以外のときは、意識的に温かい飲み物を選んでいます。

おいしい一杯を楽しむために、普段から胃腸を労わっておく。これが楽しく続けるコツです」

無理のない発散を

「もうひとつ大切なのが『発散』です。今は足のケガがありますから、無理は禁物。ストレッチや、ゆっくりとした散歩で十分です。じっとしているよりも、少し体を動かすだけで水の巡りが変わりますから。

また、シャワーで済ませずに湯船にゆっくり浸かるだけでも、発散を助けることができますよ」

サウナが合う人・合わない人「同病異治」

志村先生は、少し間を置いてから、こう続けました。

「そういえば、ジムに行かれていた頃、サウナも使われていましたか?」

相談者は、快活に答えます。

「ケガをしてからも、汗を流したくてサウナだけ行くことがあります。サウナはやはり気持ちがいいですが、ときどきぐったり疲れてしまうときもあって…。これも、なにか理由がありますか?」

志村先生は、深く頷きました。

「サウナのブームで『ととのう』という言葉もすっかり広まりましたよね。

さきほど、『異病同治』の話をしましたが、ここでは『同病異治(どうびょういち)』の考え方が当てはまります。同じ『梅雨ダル』症状であっても、その人の体の状態によって、合う養生と合わない養生がある、という意味に繋がる言葉です。サウナは、まさにそのひとつなんですよ」

サウナが向いている体質

「体の中に余分な水分が溜まっているタイプで、梅雨ダルで体が重い、むくみやすいという方には、サウナの発汗で余分な水を出すのは、理にかなっています。

スッキリする、という感覚があるなら、体に合っているサインです」

サウナが向かない体質

「一方で、ケガや過労、飲み会続きでエネルギー(気)を消耗しているとき。この状態で大量に汗をかくと、さらにぐったりと疲れてしまうことがあります。その場合、ブームだから、または習慣だからといって、無理に行くと逆効果になります。

あなたのように、一時的に体調を崩している場合は、特に注意しながら、その都度見極めることが大切ですね」

相談者は、ゆっくりと息を吐きました。

「…そういう理由だったんですね。きれいに全部、つながっていますね」

梅雨の楽しみ

一通り話を聞いた相談者は、ゆっくりと息を吐きました。

「原因がわかって、すっきりしました。自分がだらしなくなったのかと、ずっと思っていたので」

志村先生は、やさしく首を振りました。

「とんでもない。体はちゃんと、正直に教えてくれていますよね」

相談者は、ふと思い出したように言いました。

「そういえば、ここに来る途中、どこからかいい香りがして。なんだろうと思ったら、クチナシの花でした。こんな季節に、ぼんやり歩きながら花の香りに気づくなんて、今まであまりなかったな、と思いました」

志村先生は、少し微笑みました。

「梅雨って、どうしても憂鬱に感じがちですが、この季節にしか出会えないものがたくさんありますよね。アジサイや夜の蛍も見頃です。

ジムに行けない今だからこそ、いつもは通り過ぎていた景色をゆっくり味わってみてください。それもまた、中医学では『養生』として捉えます」

相談者は、少し表情が柔らかくなりました。

「そうですね。せっかくなら、そういう楽しみ方をしてみます」

おわりに

志村先生は、最後にこう言いました。

「普段から体を鍛えてきた方は、自分の体が戻る場所をちゃんと知っています。これを知らないと、食べ過ぎたり、動き過ぎたりしても、『こんなものかな』なんて思ってしまい、チューニングすらしようとしなくなってしまうんです。

体の調子が整ってきたら、またジム通いで感じる心地良さが戻ってきますよ。ですから今は焦らず、季節の移ろいを楽しんでください」

相談者は、「また来ます」という言葉を残して、立ち上がりました。

志村先生は、窓の外を見やります。健康に自信がある人もない人も、長雨の季節を明るく朗らかに過ごして欲しいですね。

雨粒が、アジサイの葉をゆっくりと滑り落ちていきました。

※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。

中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。

身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。

●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
※ご相談のご予約はインスタグラムからお願いいたします。

●構成・文/もぱ(京都メディアライン)

 

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