
ライターI(以下I):さて、『豊臣兄弟!』第14回では、織田信長(演・小栗旬)の妹お市(演・宮崎あおい)が嫁いだ浅井家が離反する様が描かれました。
編集者A(以下A):信長の朝倉義景(演・鶴見辰吾)攻めでは、お市が嫁いでいた浅井長政(演・中島歩)が裏切るわけです。そのことを信長に報せるためにお市が小豆を入れた袋の両端をひもで縛ったものを送りました。それを見た信長は、浅井の裏切りを信じようとはしませんでした。
I:いわゆる「小豆袋のエピソード」ですが、もともとの出典は江戸時代にまとめられた『朝倉義景記』になります。2023年の『どうする家康』の際の当欄では、下記のようにまとめています。
A:小豆袋のエピソードを収録する『朝倉義景記』が国立公文書館のデジタルアーカイブで閲覧可能です。ちょっと深掘りしてみたいという方は閲覧してみてほしいです。当該の部分は〈袋ヘ小豆ヲ入、其袋ノ跡先ヲ縄ニテ結切リ、封を付テ信長ヘソ贈ラレケル〉と、「あ、表現としてはそれだけなんだ」という感じです。前後の記述や読み下し文は、黒田基樹さんの『お市の方の生涯』(朝日新書)に抜粋・解説されていますので参照されたらよりいいと思います。いずれにしても、お市の方がなんらかの形で兄・信長に危急を知らせようとしたことまでは否定できませんが、「小豆袋」は、江戸期に創作されたエピソードというのが現在の解釈のようです。
(阿月が小豆を袋に詰めて、バレて、走った感動の40キロ走。えびすくい、かにすくいとシーズン外の越前ガニの衝撃【どうする家康 満喫リポート】14 https://serai.jp/hobby/1124230)
I:黒田基樹さんは、『豊臣兄弟!』でも時代考証をやられている駿河台大学教授の黒田先生ですね。『お市の方の生涯「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』は『どうする家康』のタイミングで出された本ですが、むしろ『豊臣兄弟!』にばっちりの感じですね。
1973年の『国盗り物語』
A:1973年の『国盗り物語』は、高橋英樹さんが織田信長を演じた昭和の名作大河ドラマです。現在、NHKオンデマンドなどで総集編を視聴することができます。浅井長政の裏切りを知った信長は「信じられん。長政が裏切るとは。何かの間違いだ。今一度確かめろ」と家臣らに命じますが、諜者が確実な情報をもたらすと、「この戦、やめるわ。逃げる!」と変わり身の速さを見せます。
I:つまり、『国盗り物語』では、小豆袋のエピソードは登場していないわけです。この作品はもう50年以上前の作品になりますが、浅井長政を杉良太郎さん、お市の方を松原智恵子さんという当時はふたりともまだ20代というフレッシュなコンビが夫婦を演じました。
A:小谷落城の直前には、杉良太郎さん演じる長政が「わしはお市を死なせとうはない。このような場合、妻子をともに死なせるのが武家の作法かも知らないが、わしはそなたを死なせとうはない」とお市に思いを告げます。それに対してお市は「女の愛は、愛する殿御に殉ずること」と応じるのです。
I:『国盗り物語』の放送は1973年。『愛と誠』の連載が始まるなど「純愛」が人々の胸打つ時代でした。とにかく、この作品では小豆袋は登場しませんでした。
A:そもそも司馬遼太郎さんの原作小説では「小豆袋」は登場していないですからね。司馬遼太郎さんは『新史 太閤記』でも『功名が辻』でも小豆袋には一切触れずに物語を進行しています。ちなみに吉川英治さんの『新書太閤記』にも小豆袋のエピソードはありません。
I:ネットの『NHKアーカイブ放送史』には松原智恵子さんのインタビューが掲載されています。「私の周りは兄織田信長を演じた高橋英樹さん、最初の夫浅井長政役の杉良太郎さん、再嫁した柴田勝家役の宍戸錠さんなど、右を見ても左を見ても自分と同じ日活の方々ばかり(笑)。NHKに来ているのに、見渡せば映画の現場と変わらない〈日活ファミリー〉がたくさんいて、とても心強かったのを覚えています」と語られています。
A:『国盗り物語』は11作目の大河ドラマです。既に映画からテレビへと潮流が完全に移り変わっていたことを示すエピソードでもありますね。
1978年の『黄金の日日』
I:1978年の『黄金の日日』は、主人公が呂宋助左衛門(るそん・すけざえもん/演・市川染五郎/6代目。現2代目松本白鸚)という商人で、越前に出陣した信長に鉄砲を届ける役目を助左が担っているという設定でした。浅井長政を伊藤高さん、お市の方を小林かおりさん、浅井久政を増田順司さんが演じました。
A:商人の助左衛門が主人公の作品ですが、小谷城の場面はじっくりと描写されました。浅井久政、長政父子と家臣らによる評定の席で、長政は「事態を静観するのがもっとも賢明なる方策かと思われる」と打ち出したうえで、「越前につけば織田方との同盟に反し、織田につけば朝倉との旧誼に反する」との意見を表明します。ところが、父の久政が織田軍との主戦論者。「浅井軍が朝倉につけば信長軍は、袋の中のねずみも同然」と長政の意見を一蹴して、結果、反信長で意見集約します。長政の「父上はこの長政に信長殿を討てとおおされるのか」という台詞が胸を打ちました。
I:そもそも朝倉攻めは、浅井と織田で交わした誓書に反するということが強調されました。浅井父子のやり取りから、場面は笛を吹くお市に転じます。さらに、お市が浅井に嫁ぐ前に、鼓を打つ信長、笛を吹くお市の場面にフラッシュバックするのです。
A:『黄金の日日』でも小豆袋のエピソードは登場しません。織田軍に鉄砲を届けようとしている助左衛門らが、道中で浅井軍の不穏な動きを察知しますが、助左衛門らが、信長らに情報をもたらすという設定でもありません。浅井離反を信長らにもたらしたのは、自軍の諜報網だったのです。
I:意外と骨太な設定ですよね。
A:大河ドラマの「浅井離反」のくだりを概観すると、助左衛門の鉄砲運搬以外は『黄金の日日』の設定が「実はもっともリアル」に感じるのですよね。
1981年の『おんな太閤記』の小豆袋
I:現在、視聴できる作品でもっとも古い「小豆袋」採用の大河ドラマは、1981年の『おんな太閤記』です。橋田壽賀子さんが脚本を、織田信長を藤岡弘さん(現・藤岡弘、)、秀吉を西田敏行さん、ねねを佐久間良子さん、浅井長政を風間杜夫さん、お市の方を夏目雅子さんが演じた作品で、秀吉がねねを呼ぶ際の「おかか」が流行語になった作品です。小一郎秀長を中村雅俊さんが好演した作品でもあります。
A:はい。小豆袋のエピソードは、『おんな太閤記』の第8回で触れられました。心配性の小一郎秀長が浅井の裏切りを予見していたかのように、「浅井が離反すれば、袋のねずみじゃ」と心配していたのが印象的です。「袋のねずみ」というフレーズはこの後の作品でも定型化していきます。本作では、案じた秀吉が信長に小一郎の意見を告げるのですが、一蹴される場面も描かれました。劇中、浅井長政は、お市に対して、事前の相談なく朝倉討伐を決めた信長を非難します。そして、本意ではないとしつつ、「浅井が織田の背後をつけば、織田の軍勢は袋のねずみ」と、織田信長と対峙する決意を伝えます。その際に、信長のもとに戻る選択肢を示されますが、お市は、「今の私には長政殿の方が大事なお方です」と言い、さらに「私は小谷に参ります時、織田とは縁のない女になりました。今では長政殿の妻、三人の子の母。浅井家の人間と思うております」と小谷城に残る決意を固めます。
I:ところが、お市の方は、信長に陣中見舞いとして「小豆の袋」を送るのです。その「小豆袋」を見た信長は長政の離反を悟ります。「この信長としたことが、みごと長政にしてやられたわ!」 と意外にあっさりと兵を引く命を出します。
A:夏目雅子さんのお市の方、今となっては貴重な映像ですね。
1983年の『徳川家康』~主人公の信長説得1~
A:『おんな太閤記』から2年後の1983年の大河ドラマは『徳川家康』でした。主人公の家康は、『おんな太閤記』で前田利家を演じたばかりの滝田栄さん。1979年の『草燃える』では伊東祐之という架空キャラながら全編通しで登場する主要人物を演じていましたから、この時期の滝田栄さんは大河ドラマに重用されていたことがわかりますね。
I:『徳川家康』では、「小豆袋」のエピソードは登場しなかったんですよね。『おんな太閤記』からわずか2年ということもありますし、山岡荘八さんの原作小説『徳川家康』でも触れられていないという背景がありました。
A:『徳川家康』では、浅井長政(演・柴田侊彦)が父久政とお市(演・真野あずさ)の間で板挟みになります。ここでも、浅井の離反の原因は、信長が相談もなく朝倉攻めを決めたことでした。そのため、浅井家は、信長を討つ決意を固めます。斬新だったのは、信長に「浅井の裏切り」を報せたのは小豆袋ではなくて、浅井長政が信長と交わした誓書をわざわざ返しにいったことで裏切りが露見します。これは山岡荘八さんの原作小説通りの設定になります。
I:ちょっとびっくりの展開でした。誓書を返したということは「裏切り通告」ということですよね。わざわざ裏切ることを報せにいくとは、驚きの展開です。
A:誓書を返却にきた浅井長政の使者に対して、信長は長政に伝えてほしいと「信長の大義と違ってうぬの義は井の中のかわずの義」と難詰します。とは言いながら、その一方で、浅井長政の予期せぬ裏切りに信長は死を覚悟します。「運を天に任せる」と、そのまま朝倉攻めを敢行し、「朝倉を壊滅させた後に浅井を討つ! 討ち死も覚悟のうえ」とまくしたてます。その信長を冷静に説き伏せたのが、主人公の家康でした。信長に意見を求められた家康は「織田殿らしからぬご短慮かと存じます」としたうえで、「誓書を返さねばならぬという心に味方の活路はございます」とまだ時間があることを丁寧に説明し、退却することを勧めます。ドラマの主人公が、信長を説き伏せて撤退させるというスタイルですが、この手法は27年後の『麒麟がくる』の主人公明智光秀(演・長谷川博己)に踏襲されます(part2(https://serai.jp/hobby/1263487)で詳述)。
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