取材・文/坂口鈴香

【2】では、「看取り介護についての同意書」「急変時や終末期における医療等に関する意思確認書」の大切さと、末松隆久さん(仮名・55)の妻の施設ではそれがなかったことで、対応の遅れにつながった可能性を指摘した。【2】はこちら
蘇生措置をされながら救急搬送された義母
末松さんの妻と同じように、グループホームに入居中の義母が、夜間の見回りの際に呼吸していない状態で発見されたというTさんは、「施設職員が医師に連絡をしたら救急車を呼ぶように言われて、救急隊員が心臓マッサージをしながら救急搬送されました」と明かす。Tさん夫婦は、入居時に「看取り介護についての同意書」も「急変時や終末期における医療等に関する意思確認書」も交わしていた。「ただ、心臓マッサージは骨折することも多いと説明されたので、無理にはしないというスタンスではありました」。提携医療機関の看護師によって対応を説明されたので、施される医療行為について具体的なイメージもできたようだ。
連絡を受けたTさん夫婦が駆けつけたときには、義母はすでに亡くなっていた。Tさん夫婦は義母の臨終に間に合わなかったことを悔いていたが、施設職員に「施設で看取りに立ち会える家族の方が少ないですよ」と言われ、気持ちの整理がついたという。施設側との日ごろのコミュニケーションが取れていて、信頼関係があったからこそ、この言葉で納得できたのだろうとTさんは言う。末松さんと施設との間には、残念ながらTさんのようなコミュニケーションも信頼関係もなかった。
謝ってくれるだけでいい……
末松さんは妻 由紀さんの死後、1年近くグループホームや運営会社とやり取りを続けた。施設はその後、急変時の対応マニュアルに救急車を呼ぶことを入れたものの、由紀さんのときの対応に「問題はなかった」という木で鼻をくくったような返答しかなかった。末松さんの気持ちは晴れるどころか虚しさが募るばかりだ。
「謝れば、施設側の責任問題になると考えているのでしょう。それどころか、会社の管理職や施設長からは『悪かった』という気持ちさえ伝わってきません。まるでAIのように無機質な音声で、まったく心がこもっていない。せめて、職員が個人的にでも『ごめんなさい』と言ってくれれば救われるのに」
呼吸していない由紀さんを発見したときに、救急車をすぐに呼んでいても、結果は変わらなかったかもしれない。それは末松さんにもよくわかっている。
「そのとき、妻はまだ温かかったというのに、ただ医師の到着を何時間も待っていたというのが納得できないだけなんです。連絡を受けた提携医療機関が、『医師には連絡がすぐつかないので、救急車を呼ぶように』と指示したという記録もあったのに、なぜか呼んでいない。私の勤務のシフト表を施設に渡して、『私が夜勤で連絡がつかないときは、会社に連絡してください』と伝えていたのに、それもしてくれなかった。あなた方の妻や親が同じような対応をされたらどう思いますか? と聞きたい」
ただ一つだけ、かすかながら光が見えた出来事があった。
「最近、町で偶然施設の事務職員に会ったんです。彼女は、『内容は言えませんが、由紀さんのことがあってから、施設内である変化がありました。ありがとうございました』と言ってくれました。『ありがとう』と感謝されるようなことがあったのかな。少なくとも悪い変化ではないだろうと思っています」
末松さんは先月会社を退職した。
「妻の介護費用がなくなったから、仕事を辞める選択ができました。もう仕事はしたくない。でもほかにしたいこともありません」
ただ最近90歳近い母親の体調が悪くなって、要介護4になってしまった。一息つく間もなく、親の介護が始まろうとしている。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。











