文/浅見祥子

『ブルームーン』(配給:ロングライド)
監督:リチャード・リンクレイター  脚本:ロバート・キャプロウ
出演:イーサン・ホーク、マーガレット・クアリー、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・スコット
3/6~新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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1943年3月31日、NYの劇場街にあるレストラン「サーディーズ」。その夜、リチャード・ロジャースによるミュージカル『オクラホマ!』、その初演の成功を祝す宴が催される。店の一角にあるバーカウンターで、ひとりの男が、バーテンダーのエディや生演奏をするピアニストを相手にあれこれしゃべり倒している。彼の名前はロレンツ・ハート。名曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」や、ロジャースとコンビを組んで多くのミュージカル・コメディを生み出した作詞家だった――。

『恋人までの距離(ディスタンス)』(原題:BEFORE SUNRISE)に始まる‟ビフォア”三部作、6歳の少年の12年に渡る物語を12年かけて撮影した『6才のボクが、大人になるまで。』とハッとさせる手法で洗練された作品を手掛け、アカデミー賞に5回ノミネートされたリチャード・リンクレイター監督の最新作。主役のロレンツ・ハートは‟ビフォア”三部作以来、リンクレイター監督とは9作品目(!)のタッグとなるイーサン・ホークが演じる。観る前から、やたらに期待感が高まる組み合わせ。

右がロレンツ・ハートを演じるイーサン・ホーク。1:9分け!

この映画のロレンツ・ハートは、一見して人好きのするタイプとは言えない。一言でいうと、ひねくれた変人? 残り少ない頭髪を1:9分けにした初老の男で、アルコール依存を脱したはずの危うい精神状態。笑顔の残像が張り付いたみたいな顔でひっきりなしにしゃべり続け、機知に富んではいるけれど皮肉屋で話はどこか薄っぺらく、芯を食っていないよう。イヒヒみたいに笑いながら下品な下ネタを混ぜたり、とにかくあまりにぺらぺらとしゃべるので映画を観ているこちらの思考は停止され、彼の言葉がつるつると上滑りしていく。なんだこれは!? 観客は戸惑いながら、物語の行方を見守ることになる。

イーサン・ホークは、そんなハートを緻密にブレなく構築していく。これどんだけのセリフ量? と思うも、声色を変え、佇まいを一変させながらものすごくナチュラルに着地させる。実はこの映画は十数年前から企画が進んでいて、年月を経て脚本は洗練されていったらしい。その時間が役の熟成にも繋がったようで、あんなにスマートなイーサン・ホークが、神経症的おしゃべりに夢中なハートそのもの。そここここに弱さをにじませ、孤独に疲れ切った男として、ぐいぐいと映画を引っ張っていく。

ハートはたまたま店内にいた作家や、知り合いであるらしい若く美しい大学生のエリザベスと言葉を交わす(のちに映画監督となり、『明日に向かって撃て!』『スティング』を撮るジョージ・ロイ・ヒルも登場)。やがてその夜の主役であるリチャード・ロジャースが姿を現す。そうしておかしいような虚しいようなおしゃべりの果て、ハートという人物の骨格がしだいに見えてくる。

ロジャースは『オクラホマ!』からオスカー・ハマースタイン二世と組み、その後、『南太平洋』『王様と私』『サウンド・オブ・ミュージック』とエバーグリーンなミュージカルの数々を生み出していく。そんな、エンタメ界の中心ででっかい花を咲かせる人の輝きを身にまとう。

かたやハート。かつての盟友であるロジャースに、「もういちど共に新作を!」と卑屈に弱弱しく持ち掛ける。ハートに恩を感じるロジャースはむげにはしないものの、いや恩を感じてむげにしないからこそ、二人の会話はすれ違ってしまう。またハートはエリザベスにも複雑な想いを秘めている。そんなこんなが上滑りするおしゃべりから浮かんできて、切なさと物哀しさが心に迫る。

タイトルの‟ブルームーン”は、ロレンツ・ハートが作詞を手掛けた曲のこと。そして映画には当時の演劇界の華やかな空気が充満し、その真ん中にあるような名店「サーディーズ」での一晩が切り取られる。そこに浮かぶのは、ロレンツ・ハートの過去と今とが交差するさま。ひとりの人間を描くのに、こんなやり方があるとは。なんてシャレているのだろう。

エリザベスは未来が明るく輝くような大学生で、ハートと交流があり、彼を「師匠」と呼んだりする。演じるのは、『サブスタンス』でデミ・ムーアと共演してゴールデングローブ賞にノミネートされたマーガレット・クアリー。

【映画深堀りネタ帳】

サブスク時代、映画をより深く味わうために。『ブルームーン』に登場する映画ネタを紹介。合わせてチェックしてみては?

『カサブランカ』(1942年)

店内で若いピアニストが奏でるのは、ハンフリー・ボガート&イングリッド・バーグマンによる映画『カサブランカ』のあの曲。引用されるセリフも効いている。これってあの場面!? と、咄嗟に脳裏に浮かぶのは不朽の名作だからこそ。

文/浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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