取材・文/柿川鮎子
撮影/木村圭司

ツグミ(スズメ目ヒタキ科ツグミ属)

今年の冬はツグミの飛来が遅かった。都内では数も少なく、なかなか観察できない状況が続いている。日本にやってくる代表的な冬鳥であるツグミは、どこでも比較的簡単に観察できた身近な野鳥だったが、このまま冬が終わってしまいそうだ。ツグミが難しければ、他の野鳥でもいいから冬鳥に会いたい……、そんな野鳥家にお薦めしたいのが、鳥と親しむ箱根強羅温泉郷への小さな旅の提案である。

箱根は東京から新幹線で小田原駅まで30分、そこから車で30分と近くて便利な温泉郷のひとつ。日帰りも可能で、気が向いたら、小さな荷物ひとつで出かけることができる。野鳥観察はカメラや双眼鏡を携帯するので、できるだけ少ない荷物で移動できる旅は魅力的である。

インバウンドで外国人観光客が増えているものの、箱根で混雑しているのは大涌谷や芦ノ湖などの代表的な観光地で、時期と場所を選べば、静かで豊かな自然を満喫できる場所は多い。また、成川美術館や白雲洞茶苑など、大人向けの文化施設も充実しており、天候が悪化して、自然散策が難しくなっても、他に楽しめる要素がたくさんある。そんな点も野鳥観察に箱根をお薦めしたい理由の一つである。

特に野鳥観察で冷えた体を温めてくれる温泉が豊富なのは嬉しい。がむしゃらに野鳥を求めて山へ分け入る旅ではなく、ほどほどに歩き、野鳥に親しみ、温泉と美味しい食事を楽しむ旅を紹介しよう。

箱根の自然と文化を堪能できる宿

日帰りでも十分楽しめる箱根の野鳥観察だが、早朝、鳥たちがエサを求めて元気に飛び回る様子はぜひ観察したいもの。野鳥の声で目が覚める新鮮さも味わいたいし、探鳥後の夜、冷えた体を温泉で温めるためにも、ホテルは厳選して選んでほしい。

私が利用したのは2020年にオープンしたホテルインディゴ箱根強羅である。口コミサイトでの評価が高かったことと、近くの早川沿いに野鳥観察に適した遊歩道があったのが決め手となった。巣箱を設置したホテルのウッドデッキには野鳥がやってくるらしい。まさに野鳥と自然を楽しむのに最適なホテルである。

ホテルインディゴ箱根強羅。

館内は小田原・箱根の文化と自然をイメージにしたインテリアが特徴で、箱根細工模様があり、天井は幸せの形である六角形の木のデザイン。ロビーは強羅公園の茶室、白雲洞をモチーフにしている。強羅の地名の由来は「石がゴロゴロころがっているところ」という説があり、壁に石が入っていたり、小田原提灯をモチーフにした照明が使われているなど、非日常感にあふれており、旅の期待を盛り上げてくれる。「箱根に来た」を感じさせてくれる要素が、たっぷりちりばめられていた。

箱根の寄木細工をイメージしたインテリア。

ここ、箱根強羅を含め、軽井沢、犬山有楽苑、東京渋谷と、国内に4か所あるホテルインディゴでは、ゲストがネイバーフッド体験をできるような提案をしており、徹底して地元にこだわっている。ホテルインディゴ箱根強羅においては、フリードリンクは足柄のお茶と水、風呂に入れるヒノキのキューブなども地元箱根の間伐材を使っているという。

古い箱根の写真が壁にコラージュされている。

間伐材はレストランでも活用されていた。薪を使った特別なオーブンで焼きにこだわった料理は食材の風味を生かす調理がされており、コース料理も軽やか。魚も肉もデザートも、すべてが最高の焼き具合だった。

レストランで使われる薪も箱根の間伐材を利用。

今回、野鳥観察のために利用したことを告げると、ホテルで実施中のキャンペーンを紹介してくれた。箱根の人気アクティビティである登山やトラッキングをイメージしたファッションやアイテムを、SNSでの記念撮影用に貸し出してくれるというサービスだ。残念ながら1月末に終了してしまったが、ホテルでのネイバーフッド体験として、アクティブな外国人ゲストに人気だったようだ。

貸し出していたアウトドア用品はかなり本格的。

温泉も素晴らしかったが、特に足湯が便利だった。近くの散策地を歩いた後、ホテルの中庭に設置されている足湯で疲れを癒して英気を養い、再度観察に行き、野鳥との旅を満喫できる。

早川堤でエナガの群れが回転寿司状態

ホテルインディゴ箱根強羅は早川に面している。早川堤では春に桜まつりが開催されるが、平日は人通りもまばら。いきなりイソヒヨドリが歩道を歩いて出迎えてくれた。美しい青い鳥は幸運の証。ヒヨドリという名前はついていても、ヒタキ科のツグミの仲間なので、ツグミへの期待も高まる。

イソヒヨドリなのに磯にいない不思議な青い鳥。幸運をもたらす鳥という言い伝えも。

見上げると桜の枝にはエナガの群れがエサを求めてやってきた。冬の野鳥観察の醍醐味は、葉に隠れてしまう鳥の姿がはっきり観察できる点にある。エナガの綿の塊のような白いお腹を、ベンチでうっとりしながら見上げるのは、至福の時間である。

チーと可愛い鳴き声のエナガの別名は、上手に巣をつくる巧婦(たくみ)鳥。

エナガは小さくよく動くので、普段はじっくり腰を据えて観察するのが難しい。強羅のエナガも忙しく動き回って飛び立つが、しばらく待っていると、すぐにまた同じ木に戻ってくる。木の下に設置されているベンチに座っているだけで、可愛い姿を観察できるとは、まさにエナガの回転寿司状態だった。

集団でやってくるエナガの中には、カップルなのか、仲の良い二羽がいた。食べていると近くによってちょっかいを出したり、同じ枝にぶら下がって仲良く枝をついばんでいる。エナガは複数のカップルが協力して子育てをする珍しい鳥で、仲間の子育てを助ける習性がある。ヘルパーと呼ばれる個体で、主に繁殖に失敗したり、繁殖前のきょうだい鳥がこの役割を担う。この集団もそうやって子育てをするのか、どの子がヘルパーなのか、想像しながら観察していると、時間が経つのを忘れてしまう。

外国人愛鳥家を楽しませていたのが、日本の固有種、セグロセキレイである。ハクセキレイは駐車場にいる鳥として都心でもよく見かけるが、セグロセキレイはあまり見かけなくなった。ハクセキレイに押されて数を減らしているという調査もある。川べりの石を素早く歩きながら、エサをさがしていた。

セグロセキレイは姿が美しいだけでなく、身ぎれいな鳥で、ヒナが巣の中にしたフンはわざわざ水の中に落として流す習性がある。

尾羽を上下に振る姿が印象的なセキレイは、石タタキ、庭タタキ、岩タタキとも呼ばれている。古くから日本人に親しまれている野鳥で、日本書紀によると、イサナギ、イザナミは国を生む時に、ヒタキに腰の振り方を教わったとか。江戸の儒学者、新井白石もセキレイがいなければ、日本は生まれなかったと思うと感慨深い、と書き残している。

今年のNHK大河ドラマは紫式部が主人公だが、ライバルの枕草子が鳥の段で「あたしの大好きな鳥」と書いたのがジョウビタキである。鳴き声がカッカッと火打石を叩く音に似ているため、ヒタキと名付けられた。羽の白い斑が着物の紋に似ていることから「紋つき鳥」とも呼ばれる。

ツグミと同じく、日本に渡ってくる代表的な冬鳥である。あまり人を恐れず近くによって観察できることから人気があり、野鳥専門誌の「新春見たい鳥総選挙」で一位を獲得したこともある。

この子はジョウビタキのジョビオくん。女の子はジョビコちゃんのニックネームがつく人気の野鳥。

ジョウビタキは漢字で尉鶲。尉は老人の能面のことで、頭の白い部分が白髪に見えることからつけられた。年齢を重ねてもできるかぎり健康でいたいものだが、この野鳥観察など自然を感じながらの散策は脳に刺激を与え、神経回路を活性化するらしい。

「自然への没入はエクゼクティブ・アテンションの神経指数を高める」というエイミー・S・マクドネル&デビット・L・ストレイヤーによるサイエンティフィック・レポート(※1)の記事によると、自然の中を歩いた人は脳の3つの力(注意力、方向づけ、実行制御)の分野で優れた回復力をもっているという。特に脳の前頭前野、前帯状皮質の神経回路に効果があるというから、自然の中の探鳥散策は認知症予防にもなりそうだ。

約600mに約120本のソメイヨシノの桜並木が続く宮城野の早川堤。冬の野鳥観察にも最
適。

旅の目的のひとつだったツグミだが、ケケケッと鳴きながら飛び立った後姿だけで、じっくり観察することはできなかった。寒い冬はまだ続く。ツグミがシベリアに渡る日まで、あきらめずに探しに行こう。

ツグミ(スズメ目ヒタキ科ツグミ属)

※1:Peen,J.,Schoevers,R,A.,Beekman,A.T.&A.T.&Dekker,J
精神疾患における都市と農村の差異の現状Acta Psychiatr.Scand.121(2)、84-93

ホテルインディゴ箱根強羅 https://hakonegora.hotelindigo.com/
(英語サイト Hotel Indigo Hakone Gora (ihg.com) )
ホテルインディゴ箱根強羅 インスタグラム:https://www.instagram.com/hotelindigohakonegora/

文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

撮影/木村圭司

 

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