文/一乗谷かおり
宮城県に「猫神様」の町があるということを知ったのは数年前のこと。すぐにでも現地に行ってみようと思い立ちましたが、なかなか機会に恵まれず、過日ようやく、猫神様たちに会いに出かけることができました。
訪ねたのは宮城県伊具郡丸森町。観光案内所で“猫碑”巡りの簡易マップを入手しました。
今年できた最新の冊子『丸森町の猫碑めぐり』(丸森町文化財友の会刊)を見ると、町内には実に73基の石碑と7体の石像があるとのこと。とはいえ、旅の時間は限られている上に、個人の敷地内に安置されているものもあり、全てを巡るのは難しそうです。
そこで、観光案内所で頂いた猫神様の簡易マップを参考に、足を延ばせる範囲で探索してみることにしました。丸森町の市街地だけでもたくさんの猫神様が点在しているのです。
丸森町の猫神様の像容はさまざま。猫の形を浮き彫りにしたものもあれば、線刻したもの、「猫神」「猫供養」「猫塚」といった文字のみを彫ったものもあります。
猫の姿を彫ったものとしては、丸くうずくまっているもの、すっくと立っているもの、お行儀よく手を揃えて座っているもの、今にも鼠に飛びかかるように飛び跳ねているもの、鼠を狙っているのか伏せているもの、などなど。小休止中なのか寝ている像もあります。
朽ちかけたものもありますが、出会った猫神様はみんな、生き生きとしていました。猫と共に生き、猫の動きや生態を知り尽くした人々の眼差しが感じられる石碑ばかり。猫を神様として祀った昔の人々の信仰心の厚さに、胸が熱くなりました。
観光案内所を拠点にすると、歩いて巡れる石碑の数はさほど多くはありませんが、レンタカーを利用すれば、効率よく巡れます。町内の巡回バスで巡るという手もありますが、本数が少ない上、それぞれのバス停から各猫神様のもとへはちょっと距離があります。
もっとも、猫神様の場所は林道脇であったり畦道の隅であったりと住所がはっきりせず、簡易マップとカーナビと第六感を手がかりに、見当をつけて探さなければなりません。近くで作業をされていた地元の方や商店の方にお訊ねしても、「ああ、聞いたことはあるけど…」という回答がほとんど。
かつてこの地方を鼠害から守った猫神様は、今では半ば忘れられた存在になっているようで、少し物悲しさを覚えました。
その分、苦労して探し当てた猫神様は、とても愛おしく感じられました。しばらく誰も訪れていないと思われる草むらを分け入った先に猫神様の石碑を見つけると、「やっと会えた!」と感動しました。猫神様巡りは、冒険心がくすぐられる野辺の文化財探訪でした。
■なぜ猫神様が祀られているのか?
なぜこの丸森町では、猫が神様として祀られているのでしょうか? その裏には、養蚕という産業の存在があるのです。
もともと日本では、養蚕は古くから行なわれていましたが、国内で大々的に養蚕と生糸の生産が奨励されるようになったのは、江戸時代になってからでした。それまで絹製品は主に中国からの輸入に頼っていましたが、金銀銅の国外流出を減らすべく、江戸幕府が諸藩に養蚕を推奨。各藩がこぞって養蚕を中心とした殖産事業に力を入れたのでした。養蚕業はその後も広く日本で行なわれ、やがて明治時代の日本を支える大きな力となったことはいうまでもありません。
丸森町を中心に、この地方で猫神様の石碑が作られるようになったのは、東北地方でも養蚕業が盛んになり、鼠との戦いが深刻化したという歴史的背景があるようです。
丹念に育て上げた「お蚕様」の繭を破って台無しにしてしまう鼠を退治してくれるありがたいお猫様は、やがて猫神様として祀られるようになりました。本物の猫のみならず、猫神様にすがることで、鼠害を防ぐことが祈念されたのです。
確認できる丸森町最古の猫神碑は文化7年(1810)の年号が刻まれたもので、最も新しいものは昭和8年(1933)。その間、120年あまり。猫神様の歴史は、この地域の人々の生活の歴史でもあるのです。
ちなみに、昭和49年にまとめられた竹内利美著『日本の民俗4 宮城』によると、この地方では蛇のことを「オネコサマ(御猫様)」と呼んでいたそう。蛇も鼠を捕らえてくれるありがたい動物ですが、わざわざ「猫」と呼ぶことから、養蚕が盛んだった時代、この地域の人々がどれほど猫を頼みにし、大切に思っていたかが伺えます。
夏休みも半ば。家族で猫神様を探しに丸森町まで足を伸ばしてみてはでしょうか。日本の殖産興業の礎となった養蚕の歴史と猫信仰の在りし日を垣間見ることができます。
見つけるのが難しい場所に安置されていることが多く、だからこそ、見つけた時の喜びもひとしお。もしかしたら、未確認の貴重な猫神様の発見!も期待できるかもしれません。
文/一乗谷かおり
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