文・写真/トロリオ牧(海外書き人クラブ・ユタ州在住ライター)

NHKの朝ドラ「虎に翼」のモデルとなった三淵嘉子(みぶちよしこ)裁判官が「東京原爆訴訟」において、「原爆投下は国際法違反」だと判決を下したのが、1963年12月7日。あれから61年の歳月が流れようとしている。

戦争を直接知らない世代として生まれ育った筆者にとって、原爆裁判の歴史は重要だと分かっていても、遠い過去の出来事のひとつとして、正直他人事のように感じていた。

しかし被爆地から遠く離れたアメリカの地で訪れた、「元ウェンドーバー陸軍航空基地」。第2次世界大戦中に、極秘プロジェクトの重要拠点として利用されたこの地で見た歴史の爪痕は、戦争の現実と向き合う大切さを教えてくれる。

広島に原爆を投下する任務を遂行した、エノラ・ゲイの格納庫。現在修復中。

アメリカ西部に隠された歴史的な地

ユタ州とネバダ州の境界線に、「ウェンドーバー」と呼ばれる小さなカジノリゾートがある。正式には、カジノリゾートがあるネバダ州側は「ウェスト・ウェンドーバー」で、ユタ州側は「ウェンドーバー」。

ギャンブルが違法のユタ州から気軽に行ける、一番近いネバダ州のカジノリゾートとして有名だ。ラスベガスのストリップの、ミニバージョンと言うと想像しやすいかもしれない。

そんなカジノホテルが立ち並ぶ賑やかな通りを少し逸れると、実はあまり知られていない、日本の歴史に深く関わる場所がある。それが「元ウェンドーバー陸軍航空基地」なのだ。ここは日本の広島と長崎に原爆を投下する任務を遂行した、「エノラ・ゲイ」や「ボックスカー」の乗組員たちが、訓練を重ねた基地として知られている。

アメリカ陸軍航空軍によって広大な砂漠地帯に建設されたこの基地は、極秘プロジェクトの「マンハッタン計画」に関連する作戦の一環で、核兵器の運搬や投下の訓練を行う場所として利用された。その中でもとりわけ、広島と長崎に原爆を投下した「第509混成部隊」の訓練拠点としての役割が特筆される。

後にウェンドーバー空軍基地となり、現在はユタ州トゥーイル群が管理する民間飛行場・ウェンドーバー空港になっているこの場所は、位置的にはユタ州側だ。1945年8月6日、日本の広島に原子爆弾のリトルボーイを投下したことで知られる「エノラ・ゲイ」の格納庫もある。

写真奥に広がるのが元ウェンドーバー陸軍航空基地。左奥に見えるのは、エノラ・ゲイの格納庫。カジノリゾート側から撮影したもの。

筆者がこの歴史ある場所の存在を知ったのは、夫婦でカジノに遊びに行ったときのドライブ中に、たまたま目にしたからだった。と言っても、ギャンブルには全く興味がない……。日本から渡米してまだ間もない頃、カジノリゾートを見てみたいという好奇心のほうが強く、街の近辺を車で冒険中に偶然見つけた場所だ。

メインストリートから奥に入った細道で、ニコラス・ケイジ主演のアメリカ映画、「コン・エアー」の大きな旗が目にとまり、興味津々で進んで辿り着いたのが最初だ。

カジノ街から離れると本当に何もない荒野の砂漠地帯。コン・エアーのロケ地と知りワクワクで訪れ、映画で実際に使われた機体の操縦席に座り、まるで子供のように楽しんだ私たち夫婦。ふと入った同じ敷地内にある古い建物の中で、そこが歴史的に重要な場所だと知ったのだった。

以来3回訪れているが、毎回感じ方が違うのは、年齢を重ね視点や捉え方が変化しているからかもしれない。

映画「コン・エアー」で実際に使用された輸送機。
操縦席に実際に座ることもできる。
敷地内にある第2次世界大戦時の病院跡。

博物館に展示された目を引くレプリカ

映像シアターやイベントルーム、ギフトショップが入った2棟の博物館は、当時実際に使用されていた建物を修復したものだ。戦争を直接知らない世代でも、平和の大切さを学べるように、館内の展示物は訪れる度に増え、以前はなかった有料のガイド付きツアーも提供されていた。

残念ながら筆者が到着したときには、ツアーが終了していて、エノラ・ゲイの格納庫内部を見ることはできなかった。しかし、ウェンドーバー陸軍航空基地ホームページで、修復中の写真や映像を見ることが可能だ。

館内に展示されている、戦争で使用された最初の核兵器、「リトルボーイ」のレプリカ。
修復が完了した館内のホールは、結婚式などのイベント用に一般への貸し出しも行っている。
2階の廊下には第2次世界大戦時の陸軍航空隊の制服や、壁には白黒写真が数多く飾られている。

平和への祈り

博物館には、2歳のときに広島で被爆し、その後12歳という若さで白血病でなくなった、「佐々木禎子(ささきさだこ)さん」をモデルにした英語の本と千羽鶴が、鍵のかかったショーケースの中に展示されている。

ウェンドーバー陸軍航空基地ホームページによると、折り鶴は実際に禎子さんが折ったもので、禎子さんのご家族によって1羽、この博物館に寄贈されたそうだ。小さな木製の枠で囲まれた障子の棚に飾られているのがその1羽。

鍵のかかったショーケースに飾られた千羽鶴と、カナダ系アメリカ人作家のエレノア・コア著の、子ども向け歴史小説「サダコと千羽鶴」。
ショーケースの中の楯には「この展示は、第2次世界大戦中のいずれの国の行動に対する謝罪でも避難でもなく、国同士の対立が、戦争や破壊に頼ることなく、解決することを願って行われている」と記されている。
壁に飾られた、佐々木禎子さんの写真と彼女からのメッセージ。「私はあなたの翼に平和を書きます。そしてあなたはその平和の翼で、世界中を飛び回ります」
現在この場所は、ユタ州トゥーイル郡が管理する、博物館と民間飛行場・ウェンドーバー空港になっている。修復された第2次世界大戦時の管制塔は、登ることも可能だ。

荒涼とした大地に広がるこの地で、戦争という大きな運命の渦に巻き込まれた人々の想いを感じる中、平和とは一朝一夕で実現するものではないと痛感した筆者。過去から学び、その重みを受けとめることで、戦争のない未来への小さな一歩を踏み出すことができるのではないだろうか。

ウェンドーバー陸軍航空基地
352 East Airport Way Wendover, Utah 84083
https://wendoverairfield.org/

文・写真/トロリオ牧(ユタ州在住ライター)
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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