日本再発見の旅が定着しつつある今、旅好き、食好きに注目されているのが、静岡ガストロノミーツーリズムの魅力を体験できる「美味ららら」である。ガストロノミーとは、フランス語で「美食学・美食術」を意味する言葉で、土地の気候風土から生まれた食材や伝統などによって育まれた食文化を体験しながら、各地域を巡る新しい旅のスタイルだ。

富士山と駿河湾に抱かれ、多様な風土を持つ静岡県は、全国トップクラスとなる439品目もの農林水産物を生産する食材の王国である。「美味ららら」では、それら多彩な食材と、自然や景観、歴史、文化といった観光資源とを掛け合わせ、旅行者に未知なる感動体験を提供していく。

ガストロノミーツーリズムを推進する静岡県内の魅力的な地域から、『サライ.jp』では、大河ドラマ「どうする家康」で盛り上がる浜松市をピックアップ。水産物の宝庫といわれる浜名湖を中心とした地域を、『サライ.jp』稲葉編集長が巡り、歴史や食文化などに触れ、食にまつわる貴重なモノコトを体験した。浜名湖のガストロノミーツーリズムを一緒に楽しんでいただきたい。

ウナギ養殖の歴史を学び養鰻の池を見学

温度、水質が管理された「海老仙」の自社養殖場。

浜名湖は、静岡県西部の浜松市と湖西市に接する、日本で10番目に大きな湖。湖口の幅200mにわたる今切口(いまぎれぐち)で遠州灘とつながる汽水湖で、海水と淡水が混ざり合う恵まれた環境には、多種多様な魚貝類850種以上が生息していることから、“天然の生け簀(いけす)”ともいわれる。

さらに温暖な気候と豊富な地下水に恵まれ、ウナギ、アオノリ、牡蠣、スッポン、アユなどの養殖も盛んだ。

養殖で全国的に名高いのがウナギである。100年以上前より養鰻業の栄えた“ウナギ養殖発祥の地”といわれるこの浜名湖のほとりで、伝統と歴史を受け継ぐべく、20万尾以上のウナギを養殖する「海老仙」の自社養殖場を訪れた。

養殖場で健康的に育つウナギ。ストレスを感じさせないように、気温や水質をできる限り自然環境に近づける。栄養価の高いエサを与えることで品質にバラつきのない上質なウナギに成長する。
「海老仙養鰻場」の気温は通年約30度。池の水は井戸水を利用している。酸素を供給するため水車が回転し、池の方々で水しぶきをあげる。

海老仙は1922年に創業。100年にわたり、浜名湖・遠州灘などで採れたウナギ、海老、魚介類の水産卸の暖簾を守り、現在では水産加工品、ウナギ加工品なども取り扱っている。3代目社長の加茂仙一郎さんは、この地で生まれ育ち、半世紀以上、浜名湖の水産物の移り変わりを見守ってきた。「美味ららら」に賛同し、浜名湖のウナギ養殖をより知ってもらうために、ウナギ養殖場の見学、ウナギ捌き見学と体験、浜名湖産魚介類の見学などをスタートさせた。

稲葉編集長は、浜名湖の自然と歴史を伺った後、加茂社長の案内で温度、水質が管理された養殖場へと入り、養鰻の責任者から水作り、飼育密度、給餌方法のレクチャーを受けながら、2か所にある池を見学。続いて、海老仙の本社では、水揚げされたばかりの天然ウナギやアサリ、スッポン、高級食材となった貴重な浜名湖産ドウマン蟹(ノコギリガザミ)などを見て回った。

魚の目利きとしても有名な加茂社長。ウナギは天竜川水系のミネラル豊富な地下水シャワーによって清められ、毎朝全国へと出荷される。
全国にも数えるほどしか生息しないドウマン蟹を持つ加茂社長。濃厚で特有の旨味があり、全国の料理店でも評価は高い。

これほど多彩な水産物が生息する浜名湖だが、今後に向けての課題もある。

「海水と淡水の栄養素が混じりあった浜名湖産の水産物はどれも味わいが深くとても美味しいですよ。ただ、乱獲や、水質の変化などがあり、漁獲高は最盛期の昭和40年代をピークに、減少の一途を辿っています。うちは屋号の通り、創業から海老を中心に卸売りをしてきましたが、海老の漁獲高は全体的に縮小し、主力だった車海老も少なくなりましたね。ウナギは浜松の名物となりましたが、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定される事態となり、養殖ウナギ業者も数を減らし、最盛期には約480軒あった個人の養殖場も現在は30軒あまりとなりました」と、加茂社長は話す。

稲葉編集長に、資源回復の活動を伝える加茂社長。

 しかし、浜名湖の漁業者が良い時代を懐かしみ、現状を黙って見ているわけにはいかないと、加茂社長は約10年前に「浜名湖発 親うなぎ放流連絡会」の会長に就任。浜名湖で10年ほど育った親ウナギを市場で買い上げ、産卵場所であるマリアナ諸島沖へ向けて帰し、シラスウナギとなって日本近海に戻ってくることを願う、資源回復活動を始めた。クラウドファンディングなどを通じて支援を募りながら、2011年から2022年までに約7000尾、重量にして約3.3トンの親ウナギが放流された。

「昔に、戻すことはできません。けれども、日本一美味しい浜名湖のウナギを作りたいという気持ちは、今も昔も変わりません。ウナギは浜名湖の宝。ウナギ料理も日本人のご馳走として欠かせないものとなりました。この体験ツアーを通じて、皆さんにウナギの養殖を知ってもらいながら、われわれも浜名湖発の大切な食文化を守り、次の世代の方々につなげていきたいですね」と、加茂社長は晴れやかな表情で語った。

「海老仙」の売店では朝一に焼き上げた「鰻長白焼」や、旬の魚介類を市場価格で販売している。おいしい浜名湖みやげとしても人気がある。

海老仙 体験ツアー

静岡県浜松市西区雄踏町宇布見8962-5
電話:053・592・1115
開催日程:通年可 定休日:水曜
開催時間:予約時に確認 所要時間:約2時間
料金:無料 対応可能人員:1回10人程度

弁天島で地産地消の極上の美味を堪能する

浜名湖の食文化を守る活動は地元の料理店でも行われている。東海道新幹線の車窓からも見える、赤い鳥居「弁天島観光シンボルタワー」が有名な弁天島にある「弁天島・山本亭」は昭和50年創業。ウナギ、スッポン、トラフグなど、地元で採れた新鮮な食材を最高な状態で味わえる名店だ。店内には、水深50mの地下海水をくみ上げて利用する生け簀があり、魚にストレスを与えないよう海水に入れた状態で生きたまま入荷した水産物を、ここで一日寝かし、料理に用いる。

二代目主人の山本幸介さんは、店を支える弟の秀二さんと地域の味にこだわり続け、ともに地産地消の料理人として、静岡県から「ふじのくに食の都づくり仕事人」として表彰されている。「温暖な気候で、エサも豊富な浜名湖産のウナギは脂ののりがよく、身がふっくらしているのが特徴です」という山本さんだが、厳選したウナギだけを提供するため、入荷したウナギはすべて自分の手にとって状態を確認する。「長くやっていますと、皮の色目や、感触などで、いいウナギがわかってきます。細かいところですが、頭が小さいウナギは成長が早く、骨が細く、食べた時に気にならないという特徴もあります」(山本さん)。

調理の技術、たれなども旨味を引き出すために大切だが、もっとも重要なのは食材の質だと語り、手間もいとわず、食材選びにもこだわり続けている。

稲葉編集長は、湖を一望できる和室で、浜名湖産のウナギを使った、山本亭自慢の「鰻白焼き」と「うな重」を味わった。

ワサビと大根をあえたオリジナルの薬味でより旨みが増す「鰻白焼き」(3080円・税込み)

「白焼きはウナギを火で炙り素焼きにしたあと、お酒とみりんで作ったたれをつけています。素焼きよりもやわらかくふっくらと仕上がり、ウナギの味も一層引き立ちます」(山本さん)

ワサビと大根であえた薬味も、山本さんが京都修業時代に覚えたものをアレンジした。白焼きの上にのせ、少し醤油につけていただく。これもまた絶品で、地酒との相性も抜群だ。

食材のよさ、秘伝のたれを使ったサクッとやわらかい食感と美味を堪能できる「うな重」(3480円・税込み)

かば焼きは浜名湖を中心とした国内産の鰻にこだわり、関東風にふっくら蒸し上げたウナギを、100年前に本家から譲り受けたものを継ぎ足して使う秘伝のたれで、香ばしく焼き上げる。浜松は東京と大阪の中間にあることから、お店によって関東風、関西風を楽しめるが、山本亭は、背裂(さ)きにして下焼きをしてから蒸し、竹串に刺してたれをつけた後、皮の方からもう1度焼きあげる関東風だ。

「さくっと蒸すことでさらにやわらかくなります。浜名湖では資源保護ということも含めて。300グラムサイズの3分の2という形で提供しています。その分、肉厚さを感じていただけると思います」と、山本さんは説明する。

和モダンで設えた落ち着いた和室で食事を堪能する稲葉編集長。窓からは浜名湖とおだやかな弁天島の街並みが広がる。

弁天島・山本亭

静岡県浜松市西区舞阪町弁天島3212-3
電話:053・592・1919
営業時間:11時30分~14時30分(昼食) 16:30~22:00(オーダーストップ21:00)
定休日:木曜

捨てられてしまう未利用魚を使った魚醤づくりを体験

浜名湖には、細江湖、猪鼻湖、松見ヶ浦、庄内湖といった支湖があり、上空から見ると手のひらを広げたような形をしている。湖の北西にある支湖であり、大崎半島先端にある幅約120mの瀬戸水道で浜名湖に通じているのが、みかんの産地として名高い三ヶ日地区にある猪鼻湖だ。湖上をまたぐ瀬戸橋と新瀬戸橋があり、橋のたもとに突き出た岩礁には猪鼻湖神社が鎮座する。風光明媚で蒼く美しい湖面からブルーレイクの別名もある。

未利用魚には鯛などの高級魚も含まれている。
未利用魚をブツ切りにして米糀で発酵させたオリジナルの魚醤。地元の魚や野菜との相性がよくクセになる味と評判。

この湖のほとりにあり、猪鼻湖の全景を見渡せるのが「ホテルリステル浜名湖」だ。現在新しい体験コースを作成中の「ホテルリステル浜名湖」に稲葉編集長が向かった(現在一般公開はしておりません)。

このホテルでは、浜名湖で水揚げされた未利用魚を塩漬けにして発酵・熟成させた後に抽出する液体調味料“魚醤”作りを体験できる。未利用魚とは、市場に出荷するには漁獲量が足りず、サイズが小さいなどの理由から市場に出荷されず、そのまま廃棄される魚のこと。「ホテルリステル浜名湖」の総支配人を務める伊藤修さんは、「利用価値のないところに利用価値を生み出すことはSDGsにもつながる」との思いから、地元の地域活性を目的に、モノ・コト・ヒトの3視点からイベントなどを通じて三ヶ日の情報を発信する「ブルーレイクプロジェクト」と連携。地元漁師から提供された未利用魚を使い、昨年から浜名湖魚醤体験を始めた。

未利用魚に、三ヶ日の青みかんを加えて発酵させるなど、試行錯誤を繰り返しながら、商品化に向けた取り組みを行う伊藤総支配人。

鯛やハモ、あんこうなど種類は豊富だが、小型で骨が多いものが多い。「そうした魚はもともと加工が難しいのですが、魚醤であればぶつ切りにして漬け込むだけですのでまさに小型魚向けの加工といえます」と伊藤支配人は語る。

魚醤づくりを体験した後は、当ホテルで仕上がった魚醤を使ったバーニャカウダ、和風スパゲティを試食することもできるという。

猪鼻湖を眺めながら、食事を楽しめる。
「ホテルリステル浜名湖」のビュッフェでは魚醤を使った料理が味わえる。ペースト状にした魚醤をつけて食す、地元野菜も美味しい。

体験で仕込んだ魚醤はホテル内にある保管室で発酵させ、1年後には味わうことができる。自分で作った魚醤を1年後に味わえるという楽しみもある。

「ブルーレイクプロジェクト」代表の夏目記正さん。「MOTTAINAI」プロジェクトとして、みかん生産の品質管理の過程で、小さく青い果実の時に間引きされ捨てられてしまう青ミカンを「グリーンマンダリン」と名付け、飲料などを生産。売上金の一部は地域活性と浜名湖の浄化の活動に使われている。
手摘みした青みかん果汁20%、三ヶ日の里山蜂蜜を加えた「三ヶ日青みかんスカッシュ」(350円・税込み)。甘酸っぱく、すっきりとした味わいが人気で売り切れ店が出るほどの人気。「ブルーレイクプロジェクト」ネットショップでも購入できる。
猪鼻湖の湖畔に佇む自然豊かな場所にある「ホテルリステル浜名湖」。浜名湖のアクティビティを楽しむ拠点としても利用されている。

ホテルリステル浜名湖

静岡県浜松市北区三ヶ日町下尾奈2251
電話:053・525・1222

魚醤づくり(準備中)

開催日程:通年 開催時間:予約時に確認
所要時間:約1時間30分
料金:無料 対応可能人員:1回10人程度 
※現在一般公開はしておりません

夜の浜名湖で伝統漁法のたきや漁に挑む

日が沈んだ夜の浜名湖で、人気を集めているのが、100年以上続く浜名湖独自の伝統漁法「たきや漁」を体験するツアーだ。水中灯を舳先に灯し、銛(もり)を使ってカニや魚を突いたり、網でエビなどをすくったりする原始的な漁である。水中を見渡せる透明度、銛(もり)で突くのに適した遠浅な地形を持つ、浜名湖独自の環境で育まれた伝統漁法だ。その醍醐味を雄踏町たきや漁組合の加茂晴久組合長はこう語る。

「昔は光源として松明(タイマツ)を使ったことから、“火を焚く”がたきやの由来となっているようです。水中の魚を銛で突くというシンプルな漁なので、人間が持つ五感をフル活用した体験が味わえます」

漁期は5月~9月で、車海老やカニ、タコ、クロダイ、7月~8月にかけては水面を泳ぐサヨリを網ですくうこともできるという。さまざまな魚との出会いに加え、何が取れるかわからないおもしろさも魅力だ。

船にはたきや漁に使う銛と網が用意されている。
日暮れから出航し、船頭さんとっておきのスポットで漁を楽しむ。舳先の水中灯に照らし出された湖面にはさまざまな魚が泳いでいた。

稲葉編集長らも乗船し、赤い鳥居の付近で漁を楽しんだ。

採った魚はそのまま持ち帰ることもできるが、湖上に浮かぶ、筏を3~4つ連結させた施設で調理をしてもらい、その場で味わうこともできる。

採れた魚は筏の上で船頭さんが、手際よく天ぷらなどに調理する。
タイワンガザミやエビの大漁料理に舌鼓。風を感じながら湖上での宴会体験も新鮮だ。

雄踏町 たきや漁体験

静岡県浜松市西区雄踏町宇布見9985-3
電話:053・592・1063
開催日程:5月~9月(天候によって出航を決定)
開催時間:日暮れ出航 所要時間:4時間~5時間
料金:3万6000円/一艘 対応可能人員:4人/一艘

水産物に恵まれた浜名湖にはさまざまな食文化が受け継がれていることがわかった。これまで何度か訪れたことのある人も、「美味ららら」で、より奥の深い体験を通じて、浜名湖の魅力を発見できる。

【編集後記】浜名湖ガストロノミーツアーを終えて

今回「美味ららら」に参加することで、地域で長く受け継がれる限りある食材という資源を守りながら、次の世代へとつないでいく活動をしている方々とじっくり話をする機会を得た。
体験や見学では、これがSDGsの取り組みとしても有意義であることを、身をもって知ることとなった。

私たちが、今、美味しいと食べている食材とその食文化を次の世代にいかにして受け継いでいくか。まずは、旅行者の一人として、その現状を知ることも重要であると実感した。
地産地消で地域活性を進める活動は全国的に盛んになってきた。日本でのガストロノミーツーリズムはまだ始まったばかりだが、静岡県の新しい試みが起点となって、新しい旅の形として広がっていくことを期待したい。

取材・文/安藤政弘 撮影/乾 晋也

 

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