日本人女性が閉経する年齢は平均で50.4歳、閉経の前後5年間ずつの合計10年間が「更年期」にあたります。女性の身体は「エストロゲン」という女性ホルモンに守られていますが、年齢とともにその分泌量が減ることで、不眠、イライラ、ホットフラッシュなど、さまざまな症状があらわれます。
そこで、産婦人科専門医であり、『いちばん親切な更年期の教科書』の著者である高尾美穂先生に、閉経後の人生を明るく健やかに過ごすための準備について教えていただきました。
10代から50代頃までは、エストロゲンに守られている特別な時期
「女性は更年期にさしかかり、エストロゲンの分泌量が減ってくると、様々な症状があらわれてきます。そのことについて『ああ、どうして女性だけがこんな大変な思いをしなければならないの?』と思っている方がいるかもしれません。しかし、そもそも、エストロゲンによって女性の身体は守られていると思っていただきたいです。エストロゲンに守られている間は、多少の不摂生をしていても生活習慣病を発症することは少なく、これは女性だけの特権です。閉経以降は、女性も高脂血症、動脈硬化、高血圧、がんなどになる確率が上がります。
女性の多くは、エストロゲンに体を守られているという認識がないため、忙しさなどを理由に健康習慣を整えないまま、更年期に突入してしまいます。すると、更年期特有の不調を経験するだけでなく、閉経以降の体や心に今までの生活の負担があらわれてしまうことになるのです」
女性の体はライフステージで区切れない
「産婦人科専門医として、多くの女性のお話をお聞きしてきましたが、日本の女性は本当に『がんばり屋さん』が多いと感じています。子どものため、パートナーのため、親のため、仕事のため……。自分を犠牲にしても、周囲の人のためにがんばっている女性がとても多いのです。
特に、更年期に差し掛かる時期は、子育て、子離れ、親の介護、仕事の責任が増すなど、生活において大きな変化が重なり、がんばり続けた結果、心身のバランスを崩し、重い更年期の症状に苦しんでしまうということがあります。
女性はライフステージで人生を区切って考えがちですが、実際の人生はずっと続いています。長い人生をともに過ごす身体はひとつなのです。
例えば、いい出産をしたいと思えば、いい妊娠生活を送る必要があります。
いい妊娠生活を送ろうと思えば、いい妊娠前の生活を送る必要があります。
つまり、いい閉経後の生活を送ろうと思えば、それまでの生活習慣を整えておく必要があります。
日々の生活習慣がその後の人生に影響を及ぼすことを、もっともっと意識していただきたいですね」
閉経後に明るく健やかに暮らすためのヒント
睡眠をしっかりとる
「がんばり屋さんの女性に特に気をつけていただきたいのが、『睡眠』です。日本女性の睡眠時間は、先進国の中でも短いのですが、そのことに慣れてしまっている人が多いのが現状です。
厚生労働省が発表した『令和2年度 健康実態調査結果の報告』によると、男性は6時間以上〜7時間未満の睡眠時間が一番多いのに対し、女性は5時間以上〜6時間未満の睡眠時間が一番多く、全体的に女性のほうが、男性より睡眠時間が短いという結果が出ています。
睡眠時間が足りていれば、ならないであろうメンタルの不調を抱えている人が多いのが現状です。睡眠をしっかりととることで、メンタルダウンの予防や改善の効果が期待できます。睡眠時間は少なくとも7時間はとるように心がけてください。
今、仕事や家庭の環境が原因でしっかりと睡眠がとれないのなら、今すぐにでなくても、いつかはこの状況を改善しようと強く意識をもっていただきたいです。10年、20年積もり積もった『睡眠負債』が、閉経後の身体に大きな影響を及ぼすことを知っておいてください」
「手放す考え方」を身につける
「更年期や更年期以降に、メンタルダウンを起こしてしまう女性もよくいますが、メンタルダウンに陥ってしまうと、原因がはっきりせず、改善するのに時間がかかることがありますし、その方の活動が全体的にうまくまわらなくなってしまいます。そのため、メンタルダウンを予防することが大切です。『手放す考え方』を身につけていると、更年期以降の人生が生きやすくなると思います。
『手放す考え方』は、『自分の努力でどうにかなることはがんばる、それ以外は考えない』というシンプルなものです。
例えば、天候によって仕事の予定が延期になってしまったとして、それは仕方ないことです。また、仕事でミスをして、そのミスのリカバリーをがんばって行なったけれども、その努力が認められなかったとします。これも人が思うことですから、変えられません。自分はリカバリーをしようとがんばったというところで考えを終わりにするのです。
自分の努力ではどうにもできないことを、『仕方がないんだ』と手放すことで、長く続く人生を前向きに過ごしていけると思います」
適度な運動をする
「更年期や更年期以降を健やかに過ごすために、運動習慣はとても大切になります。ハードな運動をする必要はありませんが、日常的に体を動かすと、筋力の維持や血流をよくすることにつながり、心身によい効果が期待できますし、生活習慣病の予防になります。
中でも、私がおすすめしているのがヨガです。私自身も長年ヨガをしているのですが、毎日同じヨガのポーズをすることによって、自分の体を見つめることができます。不調に気づくこともありますし、以前よりよく動けるようになっていれば、その『進化』がうれしくなり、ポジティブな気持ちになれます。
また、ヨガの特徴は、動きと呼吸を連動させることです。肺は意思を伝えらえれる唯一の臓器です。呼吸を整えることで、副交感神経が優位になり、肺以外の臓器もリラックスさせることができます。1日5分でもいいので、毎日ヨガをしてみるといいと思います」
男性には想像力をもって女性に接してほしい
「女性は、女性ホルモンの変動に大きな影響を受けますが、それは男性にはなかなか理解できませんよね。女性の経験を具体的に理解できないとしても、女性の体に変化がある時期については知っておいてほしいです。それだけで、女性にかける言葉が変わってくると思うのです。また、女性も、更年期の症状は個人差が大きいので、自分の経験だけでまとめてしまわず、苦しんでいる女性がいたら理解を示してほしいです。
『多様性の社会』といわれますが、それは、自分と違う人のことを『想像力』をもって考えるということだと思います。そうすることで、前向きであたたかい社会になっていくのではないでしょうか」
リタイア後の人生こそ楽しめる
「現在、日本女性の平均寿命は87.5歳ですが、今後は91歳まで生きるという試算が出ています。閉経後も、人生は40年近く続きます。仕事や子育て、親の介護などを終え、やっと自分の時間ができる時期に、身体がボロボロだったら、もったいないと思いませんか?
健康で、明るく前向きな考え方ができれば、リタイア後にもまだまだやりたいことができます。閉経後の人生を楽しむために、今から心と体の準備をはじめていきましょう」
取材・文/一瀬立子
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『いちばん親切な更年期の教科書』
世界文化社
定価1760円
高尾美穂(たかお・みほ)
産婦人科医。女性のための総合ヘルスクリニック イーク表参道副委員。医学博士。スポーツドクター。ヨガドクター。東京慈恵会医科大学大学院修了。同大学付属病院産婦人科助教を経て2013年より現職。「すべての女性によりよい未来を」をモットーに、医療・ヨガ・スポーツの3つの活動を通じ、専門的な知識をわかりやすく啓発活動に精力的に取り組む。高いプロ意識とソフトで親しみやすいキャラクターが評判となり、テレビや雑誌、イベントなどで幅広く活躍中。著書に『超かんたんヨガで若返りが止まらない』(世界文化社)がある。 YouTube「高尾美穂からのリアルボイス」を毎日更新し、女性の健康のみならず、よりよく生きるためのヒントを届けている。