「人生100年時代」というフレーズをあちらこちらで目にするようになりました。2021年4月からは、70歳定年を盛り込んだ「改正高齢者雇用安定法」も施行されることから、改めて長寿化を強く意識し、“長生き”に備えたライフプランを立てている人も多いでしょう。しかし、誰もが元気なまま長生きできるわけではありません。年をとるにつれ、身体機能も認知機能も低下し、人生の最後の10年はどうしても医療や介護が必要になるというのが現状です。 その状況を受け止め「加齢や病気に伴い心身の機能が低下しても、最後の瞬間まで安心・納得して生き切れるコミュニティをつくる」ことをめざし、24時間対応の在宅総合診療を手がけているのが佐々木淳医師。在宅医療のリアルを知る佐々木医師に、私たちは今から何に気をつけたらいいのか、在宅医療に必要なことについて4回に分けてお話をお聞きします。2回目の今回は「高齢者の食生活」について伺いました。

「ちょっとふっくら」くらいがちょうどいい

高齢者が食生活で気をつけておくといいことはあるのでしょうか? 体にいいと思われている食事が、高齢者にとっていいとは限らないようです。

「私たちが健康的な食生活だと思っているのは、人生70年時代のものです。70年身体がもてばよかったころの食事。そのころのリスクというと、脳血管障害や心筋梗塞、動脈硬化性疾患。動脈硬化性疾患に重点をおくと、カロリーの摂りすぎはやめましょうとか、塩分は良くないですとか、そういう感じになります」

医療の発達で、脳梗塞や心筋梗塞で亡くなる方は少なくなりました。一方で、長生きした高齢者は、転倒・骨折や肺炎を繰り返し、それによる入退院を繰り返しながら、徐々に衰弱していくという現実があります。

「入院のたびに身体機能や認知機能、そして食べる機能が低下し、最終的には寝たきりになり、食べることができなくなり、胃瘻や点滴などの治療を受けながら、最期は病院で亡くなる方が多いのです。例えば、在宅医療を受けている人はみんな要介護状態ですが、栄養状態の悪い人が約90%。その結果、全身の筋肉も減少し、筋力も低下した状態にあります。そして栄養状態の悪い人、筋肉が弱った状態の人ほど、肺炎や転倒・骨折を起こしやすく、入院中の死亡率が高く、退院してからの生存期間も短いことがわかっています。逆にふっくらとした高齢者は入院しても元気に退院していきます」

栄養状態が悪くなると、筋肉量が減少し、運動機能が低下し、動かなくなる。ますます食欲が低下し…という悪い循環を呼び起こし、身体はどんどん弱くなっていきます。その中で肺炎や骨折で入退院を繰り返し、さらに全身状態が悪化していきます。佐々木先生は、とにかく痩せないようにすることが大切だと言います。

「日本の高齢者はとにかく痩せすぎで、在宅高齢者の平均BMIは、痩せの目安とされる18.5を下回っています。これまで病気や死亡のリスクが低いBMIは22くらいとされてきましたが、高齢者はこれでも低すぎ。高齢者の場合、BMIが25から29くらいが死亡のリスクがもっとも低くなることがわかっています」

BMIとは、体重と身長から算出する肥満度を表す数値。計算の仕方は、体重(kg)÷〔身長(m)の二乗〕です。このBMIの数値を意識し始めたほうがいい年齢は、いくつくらいなのでしょうか?

「目安としてお伝えしているのは、ちょっとヨタヨタしてきたら。歩く速度がちょっと遅くなってきたと思ったら、太りすぎよりも痩せすぎを気にしたほうがいい。茨城県の研究では、60代、70代と少しずつ体重が増えている人は死亡率が低いという結果が出ています。65歳を過ぎたあたりから少し食べる量を増やし、75歳でちょっと肉がついてきたね、85歳でふっくらしているね、と言われるような歳のとり方がいいのではないかと僕は考えています」

ファストフードでもOK!痩せないような食事を

年齢を重ねると、若いころのような食事量は食べられなくなるもの。65歳を過ぎたあたりから、「カロリー高めの食事」と「タンパク質」を意識するといいそうです。

「年を取ると量を食べるのが難しくなるかもしれません。なので、少しカロリーが高めのものを意識して摂るようにしたらいいと思います。それからタンパク質も重要です。タンパク質をしっかりと摂ることで筋肉が減るのを防ぐことができますし、筋肉を守ることで寝たきりにも認知症にもなりにくくなります。ファストフードも悪くないと思います。例えばハンバーガーは、カロリーも高いし、タンパク質もしっかり摂れます」

筋肉をつけるためには運動も必要だと考える人が多いでしょう。けれど、まずは食べることが優先。タンパク質を摂っておけば、少なくとも今の筋肉量はキープすることが可能だとのこと。

「運動ができなくても、カロリーとタンパク質をしっかり摂ることで、筋肉量の減少を抑制することができます。逆にいくら運動をしても、カロリーとタンパク質を摂らなければ、筋肉は落ちてしまいます。運動と食事と、どちらもしっかりすれば筋肉を増やすこともできますが、日本の高齢者はどちらもできずにどんどん痩せていってしまっています。運動ができないのであれば、せめて食事で筋肉をキープするようにしてください」

日本の在宅高齢者で、BMIが22以上の人はわずかに4割。BMIが16未満という方が3割もいます。ここまで痩せてしまうと、女性の場合、BMI22の人に比較して死亡のリスクが2.6倍にもなります。高齢者は「太ってはいけない」という、これまでの固定観念を捨てたほうがいいようです。

「健康にいいとされている玄米などは、高齢者にはおすすめできません。食物繊維が多いと腹持ちがよくなり、食事の量が少なくなってしまいます。おいしい白米をたっぷり食べていただいていい。多少、油が多めでも、味が濃いめでも、カロリーの高いもの、タンパク質の豊富なものからしっかり食べてほしい。ファストフードでも構わない。不摂生は高齢者の特権、この新しい生活習慣が高齢者の健康寿命を延ばすのです」

年齢が上がるごとに、必要な栄養素は変わっていくもの。食生活に対する意識もアップデートして、健康長寿をめざしましょう。

【次回】いつまでも若々しくあるための心の持ちよう!に続きます

お話を伺ったのは……



佐々木淳先生
医療法人社団悠翔会理事長・診療部長
1998年に筑波大学医学専門学群卒表後、三井記念病院・消化器内科、東京大学医学部付属消化器内科を経て、2006年に在宅療養支援診療所「MRCビルクリニック」を開設。2008年に法人化(医療法人社団悠翔会)、理事長に就任。現在都内近県に合わせて15拠点を構え、在宅医療に尽力している。

佐々木淳先生のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/

取材・文/安藤政弘 撮影/ 近藤紗菜 

 

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