新型コロナウイルスの感染拡大は収束をみせる気配がありません。免疫力が衰え、感染すると重症化しやすい高齢者の不安はより深刻になっています。医療現場が依然として混乱していることもあり、新型コロナウイルスについては、まだまだ不明な点が多いですが、重症化予防として注目されているのが、歯みがきや舌みがきといった、口の中のお手入れです。口腔をしっかりケアし、虫歯や歯周病をおさえることで、感染症だけにとどまらず、生活習慣病予防にもなります。口腔衛生で予防できる病気、口の中のケア方法などをまとめて、鶴見大学歯学部探索歯学講座教授であり、歯原性菌血症予防のための「3DS除菌」開発者である花田信弘先生に伺いました。テーマ別に4回に分けて紹介していきます。
生活習慣病の発症に虫歯や歯周病が関係!?
花田先生の2回にわたるお話で、新型コロナウイルスと歯周病の因果関係や、それを予防するためにできる、口の中のお手入れ法がわかりました。今回は血管へ侵入した歯周病菌が、全身にどんな影響を与え、どのような疾患につながるかを伺ってみました。
「30年ほど前から、『口腔』と『全身の健康』の研究を行ってきまして、口腔内細菌や歯周病菌によって、脳梗塞や心筋梗塞、糖尿病、がんなどの発症リスクが高くなることがはっきりわかってきました。当初はまだ疫学的な有意差でしたが、今はそのメカニズムも判明しています。たとえば糖尿病は、歯周病菌が原因で、インスリンのシグナルを妨害し、インスリンの血糖を下げる作用を発揮しにくくします。また、口腔内細菌が血管に入り込むと、その細菌の毒性物質・LPSが、循環器、呼吸器、消化器へ拡散し、ほぼすべての臓器に慢性炎症を起こします。これまで足の動脈硬化部位やリウマチの疾患部位、くも膜下出血を起こした部位などからも、口腔細菌の検出例がありますから、一度、口腔細菌が血液に入り込んでしまうと、全身を巡り、さまざまな病気を引き起こしてしまうのです」
細菌の毒性物質・LPSが血管に侵入し定着してしまうと、血管の内側が炎症を起こし、これが血栓となり、心筋梗塞や脳梗塞を発症につながるといいます。
「血管に入り込んだ細菌が全身に運ばれるスピードはかなり早いですね。以前、研究で歯茎から入った細菌が移動する時間を計測したことがあります。結果、約90秒で上腕部血管に到達し、60分後には上腕部からいなくなり、他の部位へと進んでいたのです。上腕部から全身の血管のどこで炎症を起こしているかまではわかりませんでしたが、日本人の8割が歯周病を罹患していますから、多くの方は、気づかないうちに体内で、菌血症が起きているということになります。とある報告で、全米では1年間に30万件の股関節インプラントが細菌感染を起こしているのですが、その細菌も口腔内からきたものではないかと考えられています。まさに神出鬼没といえるのです」
アルツハイマーにも関わる歯周病菌
恐ろしいのはそれだけではありません。虫歯や歯周病がアルツハイマー型認知症を引き起こすこともあることが指摘されています。
「歯周病菌は、脳にも影響を与えていることがわかっています。脳には、細菌が入らないようにするブラッド・ブレイン・バリア(BBB)という機構が備わっていますが、『P・ジンジバリス』という歯周病菌の親玉は、プロテアーゼを使いながら細胞を溶かして中に侵入する能力があり、BBBもなんなく突破し、脳内へと入り込んでいきます。恐ろしいことに細菌から放たれる毒素は、脳内の海馬にも攻撃を仕掛け、海馬が縮み記憶さえ消してしまいます。アルツハイマー型認知症で死亡した人の脳から、高頻度で歯周病菌の内毒素が検出されたというデータもあります」
細菌が血管に入り込むルートには腸管もあります。腸管の防御は厳重であって、口腔から入り込むのと異なり、そうやすやすとは突破できません。どうして歯周病菌がいとも簡単に血管へと入り込めるのかといえば、現代の食生活に問題がありました。
「口腔にも腸管と同じような、細菌の侵入を阻む強固なバリアが備わっていました。ところが米が主食になり、糖質が豊富な食事になったことで、虫歯が増え、口腔内細菌も飛躍的に増殖したと考えられます。現在の食生活が続く限り、口腔ケアをおろそかにすると、歯周病菌によるさまざまな疾患は食い止められないと考えます」
死亡リスクの高い疾患を引き起こすこともあり、50代以上の方はくれぐれも注意。歯科医から歯周病と告げられても、治療せずじまいなことも多いですが、手遅れになる前に早期治療で対策を。
【次回】丈夫な歯があれば健康寿命は伸びる!に続きます
お話を伺ったのは……
医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
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取材・文/安藤政弘 撮影/小山志麻