じつはこの腕時計、 “逆転発想”のデザインなのだ。ベゼルも、ケースサイドも、ラグの斜面も、そのほとんどが筋目仕上げで、柔らかな光のグラデーションを生み出している。一方、鏡面仕上げの面積は小さく、細くされているが、かえって際立っている。それはモノ単体として観察するよりも、日常生活で身に着けるとよく分かる。必要以上にキラキラとせず、腕時計の存在を品良く控えめにしてくれるからだ。秀逸なフォルムだけが浮き上がり、“いいモノ感”だけが立ちのぼってくる。しかもムーブメントが薄く、低重心のケース設計。スポーツカーが道路を這うように、腕の動きに追従する、ストレスフリーの着け心地である。
「エボリューション9 スタイル」の審美性、視認性、装着性
いまや世界に注目されるグランドセイコー。その人気はうなぎのぼりである。背景には、ジャパンクオリティとして際立つ、ユーザビリティに対する徹底した追求姿勢がある。
グランドセイコーは、2020年にブランド誕生60周年を迎え、新たなデザイン文法「エボリューション9 スタイル」を打ち出した。歪みのない、完璧に平滑なケース製作の技術により、光の反射を徹底して制御。このモデルでは筋目仕上げと鏡面仕上げのバランスで光と陰のコントラストを強調し、造形の美しさを際立たせる。日本的な美意識や自然観を、より鮮明に描き出しているのだ。
一方で、インデックスと針はメリハリを付け、蓄光素材に頼ることなく、時刻を明瞭に指し示す。時針(短針)は先端を敢えて切り落としているが、この切り落とし面が、インデックスのデザインと対を成している。時針の中心線は、インデックスの中心線と同じ幅で対応していて、清々しい。
範としたのは、ブランドの起源である、1960年誕生の「初代グランドセイコー」だ。多面カットを施した針、溝の入った立体的なインデックスなど、1967年に確立したセイコースタイルにおいても改めて定義された”時間を読み取りやすくするための細やかな配慮”を受け継ぎ、視認性をさらに向上させながら、独創性を高めたダイヤルデザインを実現している。
分針(長針)と秒針は、先端部をダイヤル側に曲げ、ダイヤルとの距離を近づけることで、視認性の向上につなげている。日付窓も大きく、クッキリとした数字で読み取りやすい。
さて、この腕時計が搭載するスプリングドライブは、セイコー独自の革新ムーブメントである。ぜんまいのほどける力を動力源としながら、精度はICとクオーツで制御するハイブリッドなメカニズムを宿している。なかでもスプリングドライブ「キャリバー9RA2」は、大小ふたつの香箱(ぜんまい車)を持ち、5日間駆動を実現するロングパワーリザーブ仕様である。
それにもかかわらず、従来のスプリングドライブムーブメントよりも約14%の薄型化を実現している点が素晴らしい。ムーブメントの薄型化がもたらすものは、時計の優れた装着感である。ムーブメントが薄いゆえに、りゅうずは裏蓋側に寄せることができる。りゅうずを寄せることで、ケース全体の重心が低くなり、ケース自体の薄型化はもちろん、腕時計が腕の動きに反発することなく、常に追従する心地良さをもたらすのである。
審美性、視認性、装着性という3つの進化を軸として、新たに制定されたデザイン文法。これをもとに生み出される「正確で、見やすく、美しく、永く使える日本の腕時計」は、威風堂々とした佇まいをまとう次の時代のグランドセイコーを代表するデザインである。
夜明け前の諏訪湖の水面を表現した、濃藍色のダイヤル
このモデルの生産拠点、セイコーエプソン株式会社 塩尻事業所内「信州 時の匠工房」からほど近くに位置する「諏訪湖」。その諏訪湖の夜明け前の水面を、ダイヤルデザインにフィーチャー。穏やかに波打つ表情が、立体的にかたどられているが、こうした自然の情景をモチーフとするダイヤルは、グランドセイコーが得意とするものだ。
じつは2020年に、同じモチーフが限定モデルとして登場したが、そのダイヤル色はやや明るめのブルーだった。ところが、今回は一変して濃色のブルー。光量が限られる夜のシーンでは、ほとんど黒のようにも見える濃さで、フォーマルな印象すら与える、守備範囲の広さをもたらしている。
「手付け」と呼ばれる、職人の手作業で彫り込む金型をもとに作られるミナモパターンは、高低差のある立体造形が特徴。必要箇所に職人の手業を活用して、有機的な美しさを表現している。ほの暗い夜明け前、湖面を渡る風に波がさざめく趣深い諏訪湖の情景は、スプリングドライブ特有の滑らかな秒針のスイープ運針(※)と相まって、湖畔の静けさの中に感じられる時の移ろいを連想させる。
(※)ICとクオーツが、主ゼンマイがほどけることによって生じる回転運動の速度を電磁ブレーキで制御しているため秒針が滑らかに動く。一方で、1秒に1回、1/60回転するのがクオーツ時計のステップ運針である。
機能を追求し、思想を探求する。そうして得られた美しさを、随所に盛り込むグランドセイコーは、ディテールに神を宿している。それゆえに、身につけるたびにユーザーに語りかけてくるものがある。その対話を楽しむことこそが至福の喜び。サライ世代におすすめしたい、グランドセイコーとの対峙方法である。
機能を形にした王道デザインゆえに、長く飽きがこないのも、サライ世代に適している。
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問い合わせ先/セイコーウオッチ 電話:0120・302・617
※掲載商品は、グランドセイコーブティック、グランドセイコーサロン、グランドセイコーマスターショップでお取り扱いしています。
取材・文/土田貴史