山中塗の木地状態の酒器(手前)。奥の3つの酒器は、漆の仕上がり見本。このなかから好みのものを選ぶと、後日木地を仕上げたものが手元に届く。整った木肌の美しさ、その手触り、口当たりなどが体験できる貴重な機会。

木地の酒器で地酒を飲む、至極の体験

北陸道(五畿七道のひとつ。別称、越の国)で発展した漆器は、「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」「木地の山中」が知られる。なかでも山中温泉地区(石川県加賀市)で作られる山中塗は、挽物の木地では全国一の生産量を誇り、現在も職人や作家が活動を続けている。

その山中塗の木地の魅力を学べるのが、星野リゾートの温泉旅館ブランド『界』の『界 加賀』。ここの「手業のひととき」では、「山中塗の木地師があつらえた無垢の酒器で日本酒を味わう体験」ができ、漆を塗る前の木地の状態の酒器で日本酒が愉しめる。木地のままの酒器は、注いだ液体が少しずつ染み出してしまうが、素材の口当たり、木の香、手にしたときの温かみや風合いなどは、漆を塗る前でしかわからない。

山中塗は、越前より山中の地に 移り住んだ木地師集団が、400年以上も挽物の技術を継承し続けているという。挽物とは、轆轤(ろくろ)などを用いて木材から作られた椀、鉢、盆など円形の器、その技術のこと。木地師、木地屋と呼ばれる職人集団によって作られ、瀬戸物などの焼き物が普及する以前の江戸時代は、この種の食器が広く使われていた。和食では、汁物は熱が伝わりにくい漆器など木製の器に盛り付ける。味噌汁は、熱いまま口にするための味噌や具材の香りなどが風味豊かに感じられる。時代とともに器は多様化するが、木の器で汁物を食べる習慣は、いまでも続いている。

和食と漆器が切り離せないことは、あまりに自明のことで普段忘れがちだが、そうしたところに日本文化の奥深さがあることを「手業のひととき」では再発見できる。

木地師の工房で山中塗の理解を深める

この企画をプロデュースする西本浩一氏は、輪島、金沢、山中の漆器それぞれについて、次のような背景があると話す。

「輪島では厚くて、頑丈で、壊れない生活雑器が発達し、金沢は加賀百万石の城下町として栄えた町なので豪華な蒔絵が大名道具などとともに好まれました。山中は、京都や大阪など関西に近いので精緻なもの、瀟洒なものが発展したと言われています」

その西本氏が案内するのは、木地師・中嶋武仁氏の工房。中嶋氏は、父・虎男氏に師事してろくろ挽物を学び、木地師として山中塗を作り続けている職人。また、伝統工芸作家として日本工芸会に所属し、海外の木工品作家などとも交流する。故・桂宮宜仁親王が総裁を務めていた2013年の日本伝統工芸展に出品した「栃造器(とちづくりうつわ)」では、日本工芸会総裁賞を受賞。この分野の実力派としても知られている。

「山中漆器の特徴は、原木の丸太を輪切りにし、縦木取りをすることです。木の芯を外した半径のなかから木取りするため、大きいものを作ろうとするときには、それだけ太い木が必要になりますが、湿度の変化による狂いや歪みが少ないという利点があります。蓋があるもの、たとえば棗(なつめ)のようなものは、山中がほとんどです。この世界では、塗りは別のところで行なっても、木地は山中というように分業が進んでいます」

このほか、山中塗は下地を塗らず、漆を薄く重ねていくことで木目の美しさを生かす「拭漆(ふきうるし)」という技法で仕上げていく。漆はたくさん吸い取ったところは濃くなる特性があるため、表面に凹凸が残ると仕上がりに影響する。そのため、山中塗は器の肌面の仕上げをていねいに行なう。

こうした作業を工房で見ることを通じて、山中塗の理解を深めることができる。

木地師・中嶋武仁さん。父・虎男さんに師事し、父子で山中塗の伝統を受け継ぐ。工房には乾燥中のろくろ挽きしたものが所狭しと並ぶ。
上左/原木を輪切りにして、中央部の芯を外して木地取りする(鉛筆書きの円は、その見立て)。仕上がりより大きめのものを削り出し(荒挽き)、乾燥の工程に移る。上右/仕上がりの酒器と、木地取りした材を比較しているところ。下左/荒挽きしたものをさらに削る仕上げ挽き。このとき使う刃の切れ味が肝要。毎回砥石で刃を磨く。下右/最後はヤスリで仕上げる。この仕上げを行なうことで、木目を活かした漆仕上げが可能になる。

「湯の曲輪」を満喫できる温泉体験

いまから約1300年前。奈良時代の僧・行基が、霊峰・白山へ参拝の途中、カラスが羽の傷を癒やしている光景を見て、開湯に至ったと伝わる山代温泉。古くから湯治客や北陸路を行く旅人などに親しまれ、江戸時代から温泉街として発展した。古総湯を囲うように古風な旅館が連なる。なかでも『界 加賀』の紅殻格子(べんがらごうし)の古建築はひときわ目を引き、古い温泉街の情緒を残す。

『界 加賀』の泉質は、ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉 で、古総湯と同じく源泉からひいたもの。大浴場「九谷の湯」の内湯には、色絵、青手、赤絵、藍九谷という4種類の九谷焼のアートパネルが組み込まれている。よく知られた九谷焼の様式で、男湯4人、女湯4人、計8人の若手作家が『界 加賀』のための作品を制作した。

また、『界 加賀』に宿泊すると、目の前にある古総湯に無料で入湯できる。古くから栄えた温泉場は、中心的な共同浴場(総湯)があり、その周辺に温泉宿が建ち並び、浴衣で町を歩きながら時間を過ごしていた。これを山代温泉では「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ぶ。『界 加賀』での滞在は、往事の湯治文化をモダンな感覚で蘇らせてくれる。

『界 加賀』のエントランス 。紅殻格子の建物は、江戸後期の建築物で国の登録有形文化財に指定されている。軒下が広く取られた北国風なのが印象的。
大浴場(女湯)の九谷焼アートパネル。左から作家と作品名は、浦 陽子「梅尽くし」(色絵)、道場八重「夏の風景」(青手)、福島武山・有生礼子「とわに」(赤絵)、池島仁美「雪のファンタジー」(藍久谷)。カッコ内は、九谷焼の様式。色絵は九谷五彩(緑・黄・紫・紺青・赤)の釉薬を使い、別名「五彩手(ごさいて)」、青手は釉薬で余白を残さず塗り埋める様式、赤絵は 弁柄(べんがら。主成分は酸化鉄)と呼ぶ赤い顔料を使うもの、藍九谷は呉須と呼ばれる藍色の顔料で仕上げるもので、別名は「染付」。
『界 加賀』の目の前にある古総湯。明治期の建築物を復元した建物は、映画の舞台セットのよう。この広場を囲うように温泉旅館が建ち並ぶ景観を地元では「湯の曲輪」と呼ぶ。近くには行基ゆかりの源泉が足湯で楽しめる。その足湯、古総湯、『界 加賀』の泉質は同じだが、湯温などは多少異なる。『界 加賀』はリラックスできるよう湯温を約40度にしているが、古総湯はやや熱い。足湯は肌がトロっとする感覚が楽しめる。

“用の美”と出会う「加賀伝統工芸の間」

『界 加賀』 の客室や館内は、さまざまな伝統工芸で彩られている。なかでもご当地部屋「加賀伝統工芸の間」では、結納飾りとして発展した加賀水引、落ち着いた色味と精緻な絵柄が特徴の加賀友禅、明治期に“ジャパンクタニ”と賞賛された九谷焼、そして先述した山中漆器の4つで宿泊者を迎える。工芸が最も大切にする“用の美”を体験しながら過ごす時間を通じて、日本文化の奥深さを知ることができるはずだ。

「加賀伝統工芸の間」。障子に加賀水引、ベッドライナーに加賀友禅が用いられている。このほか九谷焼や山中漆器の食器が用意されている。

魯山人の精神を受け継ぐ食体験

山代温泉は、大正時代に書家・篆刻家の福田大観、後の北大路魯山人が寄留し、美食や陶芸に開眼したことでも知られる。『白銀屋』(現在の『界 加賀』)にも滞在し、その返礼として屏風や器などを残している。

<「俺の料理はこういう食器に盛りたい、こんな食器ではせっかくの俺の料理が死んでしまう」と、昔の茶料理のようになってこそ、初めて、よい食器が注目され、おのずとよい食器が生まれて来る。>(北大路魯山人「食器は料理のきもの」より)

こうした精神性を受け継ぎ、『界 加賀』では、総料理長が九谷焼の若手作家に料理をひきたてる器の制作を依頼。地元の食材を活かした和食と器との調和も堪能できる。

特別会席の「宝楽盛り」とお造り取り合わせなど。食事のみならず、九谷焼作家に依頼して拵えた食器との組み合わせも楽しみのひとつ。器の由来、食材、料理の工夫などはスタッフが紹介してくれるので、そうした会話から知識が広がっていくのも『界 加賀』の魅力。
左/北大路魯山人が残した「いろは屏風」。酔った勢いで書いたともいわれ、「いろはにほへとちりぬをわかよたれそつね」までしか書かれていない。右/魯山人作の器や皿などが展示されているギャラリー。これらの作品群から、若き魯山人の美の探求、それを支援した『白銀屋』(現、『界 加賀』)の心意気が伝わってくる。

モノの大切さを実感する金継ぎワークショップ

食事で用いられている九谷焼の器は欠けたり、割れたりすることが避けられない。しかし、『界 加賀』では、それを金継ぎで修復し、趣のある器として大切に使っている。もし興味がわいたら、簡易的な金継ぎを体験できるワークショップに参加してみたい。

左/金継ぎのワークショップでは、九谷焼の破片を組み合わせて箸置きや髪飾りなどを作る。右/九谷焼らしい彩りの破片を接着剤で接合したすき間に漆を塗っているところ。ここに金粉をかけて仕上げる。実際の金継ぎを簡略化した内容だが、壊れたものを蘇らせる感覚は十分に体験できる。

「ご当地楽」は加賀獅子舞

このほか、地元の文化を知る体験プログラム「ご当地楽(ごとうちがく)」として、金沢市の無形民俗文化財にも指定されている加賀獅子舞を毎日上演している。加賀藩祖の前田利家が金沢城入城の際、民衆が歓迎の意を表して演じたという由来があり、以後、代々藩主が奨励してきた。獅子は、万物を一声で威服し、災難を食い止めるとされる。

しかし、加賀獅子舞は往事ほど盛んではなく、人々の記憶の世界に入りつつある。その勇壮な武家文化を伝承する活動を、『界 加賀』では続けている。

星野リゾートの温泉旅館ブランド『界』が掲げる「王道なのに、あたらしい。」という姿勢は、こうした取り組みからも窺い知ることができる。

武家文化の伝統を受け継ぎつつ、独自の演出を加えた「白銀の舞」。『界 加賀』のスタッフが演じる。口を大きく開いた獅子頭に噛みつかれると、「神が付く」という縁起担ぎになるとか。

●『界 加賀』

所在地:石川県加賀市山代温泉18-47
電話:0570-073-011(界予約センター)
客室数:48室、チェックイン15時、チェックアウト12時
アクセス:【電車】JR加賀温泉駅より車で約10分。【車】北陸自動車道 加賀ICより約15分
料金:1名3万1000円〜(2名1室利用時1名あたり。サービス料・税込み。夕朝食付き)

●手業のひととき「山中塗の木地師があつらえた無垢の酒器で日本酒を味わう体験」
※1名11000 円(税込、宿泊費別)、1日2組4名 (1名より実施)、現地集合現地解散。7日前までに 要予約。詳細は、ウェブサイトを参照。

ウェブサイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikaga


新たな発見を提供するご当地体験が出来る
「手業のひととき」

 

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