取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです。

明石節子さん(仮名・65)は、電動アシスト自転車で転倒、手首を骨折した。明石さんは、要介護4の母親(89)を自宅で介護していたが、手を骨折しているので車いすへの移乗やトイレ介助、体位変換などの介護は難しい。応急措置のつもりで母親を2週間のショートステイに預けたが、2週間で再び母親の介護ができる状態にはならないだろうと医師に言われた。どうしたらいいか悩んでいるときに、ケアマネジャーから「もうすぐ、ある特別養護老人ホーム(特養)の空きが出る」ことを知らされた。

(【前編】はこちら

母に対する後ろめたさが……

「渡りに船」と入所を申し込んだものの、明石さんには迷いと、母親に対する後ろめたさが消えない。

「その特養は面会はできるのですが、外泊どころか一時帰宅もできないと言うんです。私の骨折が治るまで、一時的にショートステイに行ったつもりの母は、このまま特養に入って、二度と家に帰ってこれなくなるなんて夢にも思っていないでしょう。母に相談することもできないまま、入所を申し込んでしまった。母が特養に移ると、このまま母とお別れすることになる。それでいいのか……。葛藤しています」

母親が認知症になっていたら、これほどの罪悪感にさいなまれることなく特養に入れることができたのではないか――。明石さんはそんな言葉さえ口にした。

次にショートステイ中の母親に面会したときに、このことを伝えようと思っているが、母親の気持ちを想像するとつらい。「母に申し訳ない」と、明石さんは自分を責める。

子どもたちには、「おばあちゃんが大腿骨を骨折したときに、自宅に戻したのが間違いだった」と言われていたし、ケアマネジャーも「明石さんの骨折は、お母さまを施設に入れる良いきっかけだと思います。明石さんのためにも」と言ってくれている。毎晩介助を手伝ってくれていた夫も、今度ばかりは「お義母さんを自宅に戻そう」とは言わない。

「私のことを思いやってくれているのかもしれませんが、夫も疲れていたのだと思います」

それでも、これが母親との別れになる。「二度と会えなくなるわけではないとはいえ、母親がもう家に戻って来ることはないと思うと、何ともやりきれない」と肩を落とす。

どっちにしても一時帰宅はできなかった

母親が一時帰宅も外泊もできなくなることを嘆き、葛藤していた明石さんだったが、杞憂だったようだ。逆の意味で――。

母親は、ショートステイ先から特養に移ることを明石さんに聞かされて、嫌がることもなく淡々と受け入れてくれた。そのことにホッとしつつも、母親が自分の負担を思いやってくれたのだろうと思うと、余計切なくなった。

ところが特養に入ったとたん、母親は一気に心身が衰えてしまった。施設内で新型コロナ感染症が発生し、面会ができなくなった数週間の間に、急激に弱ってしまったのだ。

「皮肉にも、なのか、当然の結果なのか……一時帰宅なんてとても考えられない状態になったのです。気力を失ったのか、テレビを見ることもなくなりました。これまでは固いものも食べられていたのに、ペースト状の食事になってしまいました。言葉もはっきりしなくなって、頭がちゃんと働いているのかさえわかりません」

母は、何が楽しみで生きているんだろう――。そう思うとやりきれない。「もしも、私が転倒しなければ」。何度、「もしもあのとき」を繰り返しても、以前の母は戻らない。いずれはやってくる道だとはわかっていたけれど、それを早めたのは転倒事故であったのは間違いない。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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