【親孝行物語】「ずっと若いと思っていたけれど、気がつけば老人になっていた…」資産を失った78歳男性が家族に昔の記憶を伝える理由～その１〜

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』（小学館）によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。

2025年は、「終戦80年」かつ「昭和100年」の節目の年だ。全国で戦没者追悼の式典が行われている。メディアでも戦争経験者の証言の特集が増え、戦争の悲惨さを風化させないための意識の高まりを感じる人は多いだろう。

茂さん（78歳）は東京都23区のはずれに一人で住んでいる、祖父・父と受け継いだ自宅を、更地にして一年以内に売却し、高齢者施設に転居するそうだ。「息子（48歳）と孫の男の子（15歳）から、昔の話を聞かれるのが、とてもうれしいし、活力につながる」という。

「再び戦争を起こさないために、学生運動が起こったのではないか」

茂さんは1947（昭和22）年に現在住んでいる自宅で生まれた。

「当時、産気づいたら産婆さんが来るのが一般的だったそう。ウチはセメント工場を経営していて、周囲よりも裕福な家でしたが、それでも七転八倒の苦しみを経て、母は自宅で私を生んだ」

茂という名前は、当時の時代のリーダーだった吉田茂首相にあやかったものだという。

「僕の住んでいた地域は、“石を投げれば茂に当たる”と言われるくらい、茂が多かった。それほど、魅力的なリーダーだったんでしょうね。みんな戦争が終わり、平和が来た幸せを感じていたから、女の子は平和の“和”で和子とか幸子、男の子は和夫とか幸夫などの名前が多かった。子供の名前は世相を表していると感じる」

茂さんは、父親が卒業した私立中学校から高校に進学し、外部の国立大学へと進んだ。

「授業をしていると、学生運動をやっている奴らが入ってきて、“今から討論をする”と言って、大学の勉強どころじゃない。親に金を払ってもらって、大学で勉強し、いい社会にするために頑張らなくちゃいけないのに、社会に出たこともないのに討論も何もあるか、と思いましたけれど、彼らも必死だったんだろうね」

当時、学生運動を行っていた「彼ら」は何に「必死」だったのかと聞くと、「再び戦争を起こさないためだよ。だから彼らは必死で学生運動をしたんだと思う」と茂さんは続ける。

「祖父や父の世代は、餓死すれすれの貧乏から逃れるために、戦争へと突き進んだ。“お国のため”というイデオロギーで、自分たちの命も、他国の人々の命も犠牲にすることをいとわなかった。とはいえ、一部の人はその間違いに気づいていたけれど、徹底的に弾圧された。ストッパーがいないから暴走し、何百万人もの命を犠牲にしてまで戦争へと突き進んだ。学生運動をしていた連中は、親世代と同じ社会にしないために“帝国粉砕”と叫んだんだと思うよ」

茂さんは「結局、内部リンチでさらに生命を奪うことに行き着いた。親世代と規模こそ違うけど似たようなことをしている」と。茂さんの父について聞くと、「今の言葉で言う“上級国民”だったんだと思う」という。

「親父は30年前に、今の僕の歳で死んだんです。亡くなる2週間前に家に引き取って、僕と奥さんとで世話をしていた。死を覚悟したのか、いきなり昔話を始めたんです。それまで、親父は自分のことをあまり話したがらなかった。僕が知っているのは、祖父が財閥系の仕事をしていて、父は学校を出てからどこかの貿易会社に勤務して、何かの縁でセメント会社を譲られて富を築いたことくらい」

父がまず話したのは、昭和8年に築地小劇場で行われた作家・小林多喜二の追悼会にたまたま出席することになった話だった。当時、父はプロレタリア演劇に出演していた女性の俳優と交際していたのだという。

「追悼会から帰るときに、警察署に連れて行かれたけれど、名前を言うとすぐに釈放されたと。ただ、父の交際相手はその後行方不明になったそう。“ソ連に亡命したのか、オヤジに消されたのか”と言う呟きが妙に心に残っています」

【上級国民の孫娘、男に800万円を貢いでしまう…次のページに続きます】