
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第32回は、冒頭、「天正10年12月、織田信雄を擁した秀吉は、柴田勝家の領地となっていた長浜を取り戻し、岐阜の織田信孝との戦いが始まりました」というナレーションから始まりました。
編集者A(以下A):この短いナレに重大なポイントがふたつも収められています。まず「柴田勝家の領地となっていた長浜を取り戻し」という箇所です。周知の通り、長浜は「本能寺の変」までは羽柴秀吉(演・池松壮亮)の領地でした。6月27日に行なわれた清須会議の結果、長浜城を含む北近江は柴田勝家(演・山口馬木也)領となり、勝家の甥柴田勝豊が長浜城主となっていました。勝豊は柴田勝家の養子で側近ですが、このころの勝家は、佐久間盛政(演・遠藤雄弥)のほうを重用していたようで、そのため柴田勝豊が離反したともいわれています。
I:人の心はほんとうに難しいですね。
A:もうひとつ、「12月」というのが重大なポイントです。現代の暦に合わせると12月下旬から1月上旬。真冬です。雪深い越前からの出兵が困難なのです。かつて、朝倉義景(演・鶴見辰吾)、武田信玄(演・高嶋政伸)らが足利義昭(演・尾上右近)に呼応して「信長包囲網」を築いた際も、朝倉義景が冬の出兵に難色を示したのか、出陣を回避して、信玄を激怒させたことがあります。
I:信孝(演・結木滉星)ももう少し待てばよかったのに、ということになりますね。逆に秀吉はそれを狙っていたのかもしれませんね。短いナレーションに重要な要素が含まれていたのですね。
A:信孝が降伏する際にナレーションで「人質を差し出して降伏しました」と説明されました。このナレもめちゃくちゃ重要です。この時差し出された人質は、信孝の実母と娘といわれています。劇中でも描かれたように、信孝は柴田勝家に呼応して再度挙兵しています。そのために秀吉が岐阜城に向けて出陣したわけです。
I:人質はどうなったのでしょうか。
A:この部分、劇中では描かれていないのですが、小和田哲男先生の『秀吉の天下統一戦争』(吉川弘文館)によれば、人質になっていた信孝の実母は磔刑に処されたそうです。側室とはいえ、信長の寵愛を得ていた女性を磔刑に処すとは、前週の副題「これで、お別れにございます」の通り、秀吉は、完全に織田家と決別する思いで、この合戦に臨んでいたのではないのかと感じています。これ、わざわざナレで「人質」に言及していますから、私のなかでは重大な「裏設定」です。
I:なるほど。
秀吉と利家の「会談」は定番シーン

I:秀吉が甚兵衛(演・前原瑞樹)と七尾城の前田利家(演・大東駿介)のもとを訪れました。まさか秀吉が直接、しかも敵地に乗り込んでくるとは、という場面になりました。
A:利家が「正気か!」と叫んでいましたが、同じように感じた視聴者も多かったのではないでしょうか。ただ、秀吉と利家が賤ヶ岳合戦のタイミングで、差しで話し合うという展開は、1996年の『秀吉』、2002年の『利家とまつ~加賀百万石物語』(以下『利家とまつ』)でも描かれている大河ドラマの「定番シーン」です。『豊臣兄弟!』では、利家の出陣前に七尾城を訪れていました。『秀吉』の時は、秀吉(演・竹中直人)につくか勝家(演・中尾彬)につくか悩んでいた利家(演・渡辺徹)が佐久間盛政(演・遠藤憲一)の援軍につかずに、戦線を離脱。利家が城に戻ったところに竹中直人さん演じる秀吉が単身乗り込んでくるという設定でした。
I:私もオンデマンドで視聴しましたが、合戦前に悩む利家の前で正室のおまつ(演・中村あずさ)がみかんの房で、柴田勝家が勝つか羽柴秀吉が勝つか占っていたのが面白かったです。
A:2002年の『利家とまつ』は、前田家メインの物語で、柴田勝家を松平健さんが演じていましたから、賤ヶ岳合戦前後はたっぷりと尺をとって描かれました。唐沢寿明さん演じる前田利家はぎりぎりまで勝家と生死をともにしようと動いていましたが、これも秀吉(演・香川照之)が単身利家の居城にやってきて説得するという流れでした。
I:『豊臣兄弟!』で秀吉が七尾城にやってくる場面というのは、「大河ドラマお約束の場面」。『水戸黄門』の印籠のような感じなのですね。
A:勝家につくか、秀吉につくかというのは、前田家からみれば、お家の存続を賭けた「世紀の決断」。史実としては11月に実際に会って話しているようですから、「壮大なるエンターテインメント」としての大河ドラマでは制作陣の腕の見せ所という場面になります。
I:秀吉「まことはわしが好きなのであろう、正直に申せ」「わしはお前が好きじゃ……殺されとうないし……殺しとうもない」「そんなことをしたら、お寧々にも叱られるでよ」「お主らには、豪姫を授けてもらった大恩がある」「寧々は申しておった……まつ殿にはいつも腹が立つが、飾らずにものを言い合える数少ない友だと」「前田殿、どうか、わしに力を貸して下され」……。このやり取り、グッときましたね。寧々(演・浜辺美波)と豪姫(演・福地美晴)のやり取りも挿入されて、胸熱の場面になりました。
A:しかも、ここで七尾城が登場するとは感慨深いです。七尾城は石川県七尾市にある山城で「五大山城」のひとつに数えられる名城。能登守護・畠山氏の居城として150年以上栄え、上杉謙信によって落城したのは天正5年(1577)のことです。「越山併せ得たり 能州の景」で名高い漢詩「九月十三夜」を謙信が陣中で詠んだことで知られています。謙信の死去した後に織田方の城になり、前田利家が入城していたということになります。七尾城には幾度か登城していますが、その威容は「おお!」「凄い!」の連続でした。まさに五大山城! 本丸跡からの七尾湾や能登半島の眺望も格別です。日本城郭協会の「100名城」にも選定されています。これを機に、多くの人に登城いただきたい城のひとつです。
I:そういわれると、なんだか登城したくなりますね。能登復興を祈念して涼しくなったら行ってみます!
体育会系「柴田軍団」

A:さて、進軍を決した柴田勝家の「決起集会」は、腕相撲大会になりました(笑)。
I:本当に本作制作陣は「相撲」が大好きですね。
A:雪がなければ庭先で相撲をとっていたのでしょう。それにしても、前田利家役の大東駿介さんの大胸筋のパンプアップ度は、近年同様に上半身を披露した山本耕史さん、市原隼人さんと比較しても、完成度が高いですね。撮影前にどのくらい腕立て伏せをしたんでしょうか。
I:何を言い出すかと思ったら……。
A:いずれにしても、この「腕相撲」の場面は、「柴田軍団」が体育会系の軍団だということを想起させてくれました。こういうの、意外とツボですね。わりと優等生的な「明智軍団」、知略調略を駆使する人たらしの「羽柴軍団」と、織田軍団にはそれぞれ個性たっぷりの「各軍団」があったということなのでしょう。
I:前週は、苦無(くない)を手にする「滝川一益配下」の者たちが登場しました。滝川軍団は、「忍びの軍団」という設定になるのでしょうか……。
A:「その個性あふれる各軍団を束ねた信長ってやっぱりすごいんですね」というオチになりますよね。
中川清秀「裏切り場面」の衝撃

I:さて、与力として柴田勝家の配下にいた前田利家が、秀吉陣営に与することを決断しました。なんと中川清秀(演・すがおゆうじ)を斬るというびっくりの流れになったのです。
A:中川清秀は、もともと池田勝正配下として、本国寺合戦にも出陣している武将でした。
I:本国寺合戦とは、上洛したばかりの将軍足利義昭が三好三人衆に襲われた合戦ですね。『豊臣兄弟!』では僧に扮した小一郎(演・仲野太賀)が時間稼ぎをしていました。あの合戦に、中川清秀が従軍していたのですね。
A:その後は、同じ摂津の荒木村重(演・トータス松本)と行動を共にしていましたが、いろいろあって、この時点では秀吉に与して出陣していたわけです。ところが『豊臣兄弟!』劇中では、柴田側に寝返るという設定で、前田利家に殺害され、首級をとられるという展開になりました。桶狭間合戦を描いた『豊臣兄弟!』第4回では、丸根砦を守備していた佐久間盛重(演・金井浩人)が今川方への寝返りを画策していたという設定で、梁田政綱(演・金子岳憲)に討たれ、その首を今川義元(演・大鶴義丹)の陣に持参するという体で義元本陣の場所を把握し、勝利に導いたという流れでした。賤ヶ岳で柴田側に寝返りを画策して前田利家に討たれた中川清秀は、通説では柴田勝家陣営の佐久間盛政に攻められて討ち死にしたことになっています。
I:ややこしい話ですね。『豊臣兄弟!』の物語上では秀吉を裏切ったことになった中川家は、その後どうなったのでしょう。
A:賤ヶ岳で討ち死にした功を以て、嫡男秀政が秀吉に取り立てられますが、朝鮮出兵の際に、鷹狩の最中に攻められて討ち死に。その不作法を隠ぺいした咎で減封させられましたが、清秀次男の秀成の系統が豊後岡藩主として幕末まで存続します。居城の岡城(大分県竹田市)は「日本100名城」に選定された名城。標高325mの岩山に築かれた山城で、断崖絶壁の石垣からの眺望が美しいのです。「100名城」に選定されているので、当時小学生だった息子とも行きましたが、断崖から眺望を楽しむ息子が落ちやしないかとはらはらしたことを覚えています。
賤ヶ岳七本鑓
I:加藤清正(演・伊藤絃)が鑓を手にして戦う姿が描かれました。有名な「賤ヶ岳七本鑓」ですね。
A:合戦場で躍動する若き秀吉家臣の面々になります。福島正則(演・松崎優輝)、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、平野長泰(演・西山潤)、片桐且元(演・長友郁真)、糟谷武則の面々になります。合戦後彼らには秀吉から「感状」が与えられています。前述の『秀吉の天下統一戦争』には、感状の一文が掲載されていますので、引用します。三七殿というのは織田信孝のことです。
今度、三七殿謀反に依って、
濃州大柿(大垣)に居陣せしめ候ところ、
柴田修理亮、柳瀬(やながせ)表に至って罷(まか)り出候条、
一戦に及ぶべきため、
一騎懸に馳せ向かい候のところ、
心懸け深きに付いて、はや懸着け、
秀吉眼前に於いて一番鑓を合わす。
その動き比類なく候。
その褒美として三千石宛行(あてが)いおわんぬ。
いよいよ向後奉公の忠勤に依って、
領地を遣はすべきものなり。
仍って件の如し。
(福島正則のみ五千石)
I:感状をもらった若者たちの喜びは半端なかったのでしょうね。でも小一郎の家臣たちも頑張ったはずですよね。舞台裏で小一郎の家臣たちが「なんで俺たちはもらえないの?」とひがんだりすることはなかったのでしょうか。
A:7人以外にも感状をもらった武将がいて、その中には秀長家臣も含まれていたともいわれます。でも、秀吉家臣と小一郎家臣のいがみ合いはあったかもしれないですね。こうした中で、後に小一郎重臣になる桑山重晴(演・住田隆)が登場しました。小一郎家臣団、もっともっと活躍してほしいですよね。せっかく藤堂高虎(演・佳久創)がキャスティングされているわけですから。
I:桑山重晴、なんだか謎のキャラですが、どんな流れになるのでしょうか。
A:さて、劇中では描かれませんでしたが、この時、柴田勝家は備後国鞆の浦(広島県福山市鞆町)にいた将軍足利義昭に共闘を呼びかけていたそうです。こうしたくだりは過去の大河ドラマで描かれたことはありません。『豊臣兄弟!』で足利義昭を演じた尾上右近さんが好演していただけに、「その後の義昭」も登場させてほしかったと思っています。
I:2020年の『麒麟がくる』は明智光秀(演・長谷川博己)の最期まででしたからね。
A:しかし、展開が怒涛の如くですよね。次週、勝家とお市(演・宮崎あおい)の方の運命はどのように描かれるのでしょうか。なんだか今までみたことのない「勝家最期」が見られるような気がします。
I:見逃せないですね。

※高嶋政伸の「高」は正しくは「はしごだか」。
※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











