秀吉(演・池松壮亮)が「敦盛」を舞った!(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第31回です。天正10年8月、越前の北ノ庄城で市(演・宮崎あおい)と柴田勝家(演・山口馬木也)がすでに夫婦になっていました。

編集者A(以下A):勝家と市の縁組について、かつては信長三男信孝が斡旋したといわれていました。1981年の『おんな太閤記』で、役所広司さん演じる信孝が夏目雅子さん演じる市を説得する場面があったのは、当時の通説に準拠していたためです。いまとなっては「お宝」のような映像です。そして、あれから40年以上経過して、新たな研究成果を反映したのが『豊臣兄弟!』での描写になります。

I:1996年の『秀吉』でも、秀吉(演・竹中直人)がお市(演・頼近美津子)との縁談を勧めていました。大河ドラマの歴史の中でも、ちょっとずつ軌道修正が行なわれている感じですね。

A:黒田官兵衛(演・倉悠貴)が「殿と小一郎殿はお市様とは親しき仲。何かのときにはお市様が間に立ち、柴田殿を諫めてくれることでしょう」と解説していましたが、これはあくまで希望であり、秀吉(演・池松壮亮)はそうはならないことをわかっていたようでしたね。

織田信孝という存在

今度は織田信孝(演・結木滉星)にかつがれた三法師(演・清水伊織)。(C)NHK

I:そうした中で、三法師(演・清水伊織)が織田信孝(演・結木滉星)居城の岐阜に移されました。安土城が修復されるまでという名目がありましたが、このことが「織田新体制」をさらなる混乱にさらすことになります。

A:大河ドラマとはいえ、虚実ないまぜに展開されるのが常ですが、三法師が岐阜に移されたというのは史実になります。時代考証の柴裕之先生の『清須会議 秀吉天下取りへの調略戦』(戎光祥出版)によると、清須会議では三法師を主君として、柴田、丹羽、池田、羽柴が合議制的に支えるという体制が構築されましたが、三法師を擁した信孝はそれに抗うように、織田家の棟梁の如く振る舞い始めたといいます。

ドラマの中で、官兵衛と秀吉が「おそらく信孝様は、このまま三法師様を手なづけ、その名のもとに織田家を思うがままにするおつもりでしょう」「いくら信孝様といえど、我ら家老4人で三法師様をお支えすると決まった以上、そのような暴挙を見過ごすわけには参らぬ……お諫めせねばなるまい」とやり取りしていましたが、これは史実に即したものになります。

小一郎甘すぎる!

市(演・宮崎あおい)に会いに北ノ庄城を訪れた小一郎(演・仲野太賀)。(C)NHK

I:劇中では、小一郎(演・仲野太賀)が「上様の葬儀をしよう」と発案したことになっていました。「喪主を三法師にすれば、岐阜から連れてこられるだろう」という目論見でしたが、さすがに「小一郎それは甘いよ」と思ってしまいました。

A:劇中では、市が「なかなか考えおったな」といい、勝家が「己が野心のために、上様のご葬儀までも道具にするとは……許せぬ……」と切歯扼腕しますが、昔も今も「弔い事」を誰が仕切るかというのは重要な問題です。信長が亡くなったのは6月2日ですが、劇中で「お市様が喪主となり、妙心寺にてひっそりと済ませたらしい」と秀吉が説明した法要は、9月11日に実際に開かれた法要です。対して秀吉陣営が大徳寺で羽柴家に養子に入っていた信長四男の秀勝(演・柊木陽太)を喪主にして行なった葬儀は10月15日。劇中で秀吉が発した「敵は信孝様や柴田殿ばかりではない……お市様じゃ」という台詞はまさに緊迫した当時の情勢を表しているのです。

I:ところで、そもそもなぜ信長の葬儀が妙心寺や大徳寺で行なわれたんですかね? 劇中では、大徳寺を葬儀の場として利用できたのは、千宗易という、「やたら顔の広い者」に口利きをしてもらったのだと、今井宗久(演・和田正人)が話していました。

A:妙心寺は信長にゆかりのある寺だったため選ばれたのでしょう。妙心寺住職の妹が信長の側室で、信長嫡男信忠の乳母をしていたそうです。実はふたつの信長葬儀に際し、信長の菩提寺として塔頭総見院が妙心寺、大徳寺それぞれの境内に造営されることになりました。総見院というのはもちろん、信長の戒名「総見院殿贈大相国一品泰嚴大居士」からきています。 残念ながら妙心寺の総見院の計画は頓挫し廃絶、今は大徳寺の総見院が残っています。

I:以前、信長の命日に京都の阿弥陀寺で行なわれた法要に参列したことがあります。阿弥陀寺は信長が京都における織田家菩提寺として整備した寺、といわれていますが、本能寺はもちろん、信長ゆかりの寺はたくさんあるのですね。さて、これまでは「羽柴VS柴田」という構図で描かれることが多かったのですが、本作では、「羽柴VS市」の様相を呈してきました。

A:「羽柴VS市」というくくりは斬新ですよね。秀吉による「織田家の権力簒奪」という構図がいっそう鮮明になった感があります。視聴者の受け止め方はさまざまかと思いますが、新たな表現に挑戦する制作陣に拍手を送りたいと思います。

I:秀吉がやや暴走気味で、それに対して小一郎がブレーキをかけようと試みますが、それが空回りしている感があります。そうした中で、大徳寺で信長(演・小栗旬)の葬儀が行なわれます。びっくりしたのが、大徳寺の中に刺客が潜んでいて、秀吉を討とうとしていたことです。彼らの所持品の中から主に忍びの者が使う武器「苦無(くない)」が出てきたので、秀吉らは、「伊賀の忍び=滝川一益」との連想から、滝川一益の手のものだと断定しました。

A:前週に信雄の侍女が忍びであることに言及しましたが、ここでも苦無が登場し、「忍び合戦か?」という様相になってきました。ここで秀吉による粋な計らいが描かれます。「丹羽殿と池田殿も来てはおられぬが、名代を遣わしてくださった。うぬらも、滝川殿の名代ということにいたす」と討手を放免してしまうのです。秀吉の一連のふるまいを見て、陰から見ていた前田利家(演・大東駿介)も思うところがあるようでした。秀吉は「上様、これで、お別れにございます――」といって、かつて信長から賜った草履を仏前に捧げるのです。ある意味、織田家との訣別宣言ですね。『豊臣兄弟!』では、過去作に比して秀吉による「織田家の権力簒奪」を色濃く描写しているように思われます。

妙心寺での信長の葬儀。(C)NHK

市の方が一枚も二枚も上手

I:大徳寺での信長葬儀に際して、秀吉が信長の位牌の前で幸若舞「敦盛」を舞いました。

A:「敦盛」の舞といえば織田信長の定番です。それを秀吉が舞うとは、大河ドラマ初のことで衝撃的でした。舞い慣れていた信長との対比を強調するためか、ややぎこちない舞でしたが、これも秀吉が信長の跡を自らが継承するという決断を強調している感がありました。

I:よもや秀吉による「敦盛」を見られるとは思いもしませんでした。

A:さて、利家が勝家と市に報告しに来ています。利家は柴田勝家の与力大名としてこの時はまだ「勝家陣営」でした。そこへ、小一郎が秀吉の使者として市に会いに来ます。小一郎は「今ならまだ引き返せまする」「次は兄者と参りますゆえ、柴田殿とともにまた我らの面白き話を聞いてくだされ」と相変わらず青臭いことを連発します。市は「こうなる道を選んだのは、秀吉じゃ」と一喝します。この期に及んでも小一郎は「われらは決して織田家を蔑ろには致しませぬ。お市様を悲しませるようなことはいたしませぬ。共に生きる道があるはずじゃ」と説得しようと試みます。市は「ほう……では……羽柴の所領を播磨以外全て我らに譲り、人質として身内のものを3人差し出せ」というのです。市の方が一枚も二枚も上手で、「戦国の現実」を理解している印象です。

I:一方で、丹羽長秀(演・池田鉄洋)は秀吉につく決断をします。「わしのほうが、遥か高みにいたはずであった……なのに、気づけば今は、わしがあやつを見上げておる……」「口車に乗ったわけでも、情にほだされたわけでもない」「わしは……羽柴秀吉に屈服したのじゃ」という長秀の言葉には、人生とは悲喜こもごもだということを再確認させられます。丹羽長秀にできて柴田勝家にはできなかったことですね。

秀吉につくことを決めた者たちの署名を前田利家(演・大東駿介)に見せる丹羽長秀(奥/演・池田鉄洋)。(C)NHK

いよいよ権力簒奪に動き出す

I:秀吉の動きは迅速でした。織田信孝、市、柴田勝家陣営に対抗するために、織田信雄(演・山脇辰哉)を味方に引き入れます。

A:完全に「敵の敵は味方」という思考ですよね。とにかく目先の勝利を優先するという決断です。信雄を後ろ盾につけたことで「これで我らは大義名分を得た」「これより、岐阜へ向けて出陣いたす――」と秀吉は出陣します。時は既に晩秋。雪国である越前に拠る柴田勝家の虚をついた動きになります。

I:市の運命やいかに――。いったいどんな展開になるのでしょうか。

小一郎にも相談せず物事を決め始めた秀吉。(C)NHK

※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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