文/鈴木拓也

過去2000年の間、地球上で戦争・紛争がなかった年は1年もないという。
そして21世紀の今も、人類は常にどこかで戦いをしている。宗教やイデオロギーの対立が戦争を招くこともあるし、独裁者の領土的野心が侵略戦争を引き起こすこともある。
原因は様々だが、実は根底に「資源」が関わっていることは少なくない。表向きの理由とは別に、地下資源や水を求めて、国家は他国に戦争を仕掛けているのだ。
こうした目には見えにくい国家間のパワーゲームを、資源史という切り口で1冊にまとめたのが、『2時間 de 資源史』(村山秀太郎監修、秀和システム新社 https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798076225.html)だ。
石油の支配が国力に直結
本書は、主要な資源である石炭、石油、天然ガス、半導体・レアメタルを取り上げ、活用の歴史と政治的な衝突を概観した1冊。語り口は平易で、門外漢にもわかりやすい内容に仕上がっている。
今回は、石油と天然ガスに焦点を当て内容を紹介しよう。
現在、日本を含めた各国が、石油の調達を喫緊の課題としているが、国家の命運にかかわるほどの存在となったのは、比較的最近の話。19世紀半ばにエドウィン・ドレークが、ペンシルベニアで世界初の油田開発に成功したことに端を発する。これはケロシン(灯油)ランプの爆発的な需要の高まりを受けたもので、それ以前の石油の使い道は限られたものであった。
ペンシルベニアはオイルラッシュに沸き、ジョン・D・ロックフェラーが流通網のインフラを築いて、全米が石油の恩恵に浴した。その後、内燃機関で動く自動車、船、飛行機が登場。石油は、文明社会に必要不可欠な地位にのし上がった。
こうなると、自国で石油が取れない国は、時として不利な立場に追い込まれる。その一例が日本だ。1941年8月、南部仏領インドシナに進駐した日本に対し、アメリカは対日石油全面禁輸を発動。進退窮まった日本は、アメリカに宣戦布告。国力の差が歴然たるこの戦争は、日本の破滅的敗北に終わった。
戦後、戦勝国のアメリカは、石油資源が豊富な中東に目を向け、市場の支配に乗り出す。その目論見は成功し、7つの巨大な石油会社(セブン・シスターズ)が、中東産の石油の価格・生産量の決定権を握ることになる。
当の産油国はその状況を座視するはずもなく、1960年にOPEC(石油輸出国機構)を結成。セブン・シスターズの牙城を崩し始める。
OPECが決定的な力を発揮したのは、第四次中東戦争だ。サウジアラビアがイスラエル支援国への石油禁輸を宣言するとともに、生産量を削減し、価格を引き上げた。これが、世界的なオイルショックを巻き起こし、以後OPECは石油業界においてイニシアティブを取り続けている。
ホルムズ海峡の封鎖は「破滅的な打撃」
OPECがこれほど勢力を伸ばした背景には、アメリカが1970年代に石油生産量のピークを迎え、不足分を中東から輸入するようになったという事情がある。
それが21世紀のシェール革命によってアメリカは、頁岩(シェール)からの石油を取り出せるようになり、自国生産量はうなぎのぼりに上昇。ほどなく、「エネルギー自立」を果たす。中東の顔色をうかがう必要がなくなったことで、アメリカは当該地域への関与を弱めていく。
アメリカがどうあれ、中東の石油に依存せざるを得ない国の1つが日本だ。現地で石油を満載したタンカーは、幅数十kmのホルムズ海峡を必ず通る。本書は、「もし、このホルムズ海峡が何者かによって『1日』封鎖されたら?」と問いかけ、すぐ後に答えを出している―「世界経済は瞬時に破滅的な打撃を受けます」。続いて、次のように書いている。
そして、この「世界経済の首を絞める」ことができる位置に陣取っている国こそが、サウジアラビアの最大の宿敵であり、アメリカが「ならず者国家」と呼ぶ、イラン共和国です。
シーア派の盟主であるイランは、湾岸戦争以来、アメリカを中心とする西側諸国から厳しい経済制裁を受けてきました。特にアメリカが2018年に「イラン核合意」から一方的に離脱し、イラン産原油の「全面禁輸」という、事実上の経済戦争を仕掛けて以降、両国の緊張は一触即発の状態が続いています。
(本書103~104pより)
本書の原稿が書かれたのは、奇しくもアメリカがイランを攻撃する少し前。「一触即発」が現実化した今、日本が置かれている立場は厳しいものとなっている。
液化する技術が活用への道を開く
対して、メタンを主成分とする天然ガスはどうだろうか?
その存在自体は古代から知られていたが、本格的に利用され始めたのは20世紀の半ば。それまでは、気体であることが災いし、石油掘削業者には邪魔者的な扱いであった。
しかし、2つの壮大な技術革新が、天然ガスを重要なエネルギー源へと変える。1つは長大なパイプラインを造る技術、もう1つは超低温で液化させる技術であった。特に後者は、当時のエンジニアたちにとって「究極の夢物語」。液化するにはマイナス161.5度まで冷やす必要があり、それを安全に貯蔵し、かつ船舶で運ぶという3つの大きなハードルがあった。
これらの技術的な難関を乗り越えたのが、アメリカである。1959年に、液化天然ガス(LNG)を積んだ「メタン・パイオニア号」が、大西洋を横断してイギリスに無事到着するという、偉業を成し遂げた。
海を渡り始めたLNGに熱い眼差しを向けたのが、日本である。戦後の経済成長の真っ只中にあった日本は、化石燃料の大量消費に伴う公害に苦しんでいた。硫黄酸化物や煤煙を一切出さないクリーンなLNGは、まさに「未来のエネルギー」と映ったのである。
1969年、アラスカから最初のLNG船が横浜に入港。1973年のオイルショックを教訓に、国策としてLNGの導入を推進し今に至る。
地政学的なリスクをはらむ天然ガス
21世紀に入ると、脱公害の救世主である天然ガスが、地政学的な「火種」となり始めた。
天然ガスを、「兵器」として活用しているのが、世界最大のガス田を擁するロシアだ。その攻撃の矛先はドイツに向けられた。2011年に稼働を開始したノルドストリーム1は、バルト海の底に敷設された長大なパイプラインで、ロシアからドイツへ直接天然ガスを送り、そこから欧州各国へも分配される。これによりドイツは、脱原発・脱石炭というエネルギー政策を推進できることになった。見方を変えれば、ドイツはロシアに頭が上がらない。
2022年、ロシアはウクライナに侵攻。供給量を倍増させる目論見で建設されていたノルドストリーム2の稼働をドイツ政府は認可せず、絶縁状態となった。ロシアは、報復措置として初代のノルドストリームへの天然ガス供給を段階的に絞り始め、その年の8月末にはゼロにしてしまう。
パニックに陥った欧州は、ロシア以外の天然ガスの供給先を、血眼になって探し求める事態に陥った。長期契約で安定した価格で確保している日本や中国などと違い、短期取引で調達する天然ガスは、いきおい割高となる。それでも欧州勢は、なりふり構わず買い漁ったため、価格は高騰し争奪戦となった。
日本は、長期契約の終了後は高値でLNGを調達するか、欧州に買い負けて供給不足になるかの苦境に立たされることになった。
他方、存在感を増したのが、天然ガス生産大国であるアメリカ、カタール、オーストラリア。さらに、新たに脚光を浴びたのが東地中海である。海底の各所でガス田が発見され、欧州にとっては、第三の供給源となることが期待されたのである。
イスラエルとギリシャを接続する海底パイプラインの構想が生まれたが、これに「待った」をかけたのがトルコ。ガス田の権益を要求するとともに、「トルコ・ハブ構想」を提示した。これは、ロシアやアゼルバイジャンも含めて産出された天然ガスを、一旦トルコに集めてから欧州に供給するというもの。これには、トルコが欧州に対し、政治的影響力を高めたいという思惑が見え隠れする。かくして、東地中海も新たな地政学的「火薬庫」となり、予断を許さない状況になっている。
以上、石油と天然ガスに絞って本書の読みどころを概説したが、この分野に疎い筆者には目から鱗。世界情勢に対する蒙を啓かれた思いである。なぜ今、世界が争いに満ち初めているのか、その裏面を知りたければ一読しておきたい。
【今日の教養を高める1冊】
『2時間 de 資源史』

定価1980円
秀和システム新社
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











