ようこそ、“好芸家”の世界へ。

「古典芸能は格式が高くてむずかしそう……」そんな思いを持った方が多いのではないだろうか。それは古典芸能そのものが持つ独特の魅力が、みなさんに伝わりきっていないからである。この連載は、明日誰かに思わず話したくなるような、古典芸能の力・技・術(すべ)などの「魅力」や「見かた」にみなさんをめぐり合わせる、そんな使命をもって綴っていこうと思う。

さあ、あなたも好事家ならぬ“好芸家”の世界への一歩を踏み出そう。

第17回目は浪曲の世界。落語、講談とならぶ「日本三大話芸」のひとつで、どんなに時代が変わっても常に新しいとされる。即興で行われる古典芸能の魅力についてお伝えしよう。

文/ムトウ・タロー

浪曲の舞台風景。浪曲師・五代目 東家三楽(あずまやさんらく。一般社団法人日本浪曲協会相談役)と曲師・伊丹秀敏(いたみひでとし)。
画像提供:一般社団法人日本浪曲協会

語りひとつで景色が浮かぶ

「旅ィゆけば 駿河の道に 茶の香り…」

青空の下に広がるのは、駿河湾を望む一面緑の茶畑、その中を行く男たち、列を率いるのは稀代の侠客、清水次郎長(しみずのじろちょう)親分……。

昭和を代表する浪曲師・二世 広沢虎造(1899~1964)の名調子で名高い『清水次郎長伝』をはじめ、強きを挫き、弱きを助け、「赤城の山も今宵限り…」の名台詞をもつ江戸時代後期の侠客『国定忠治(くにさだちゅうじ)』など、浪曲は数多くのヒーローやヒロインの悲喜こもごものドラマを生み出してきた。

浪曲のそもそものルーツは「浪花節」である。

文楽で用いられている浄瑠璃や、仏教の説話などを基礎とした話芸である説教節(せっきょうぶし)をベースに人間の「泣き」や「笑い」を表現し、観客に訴えていく、これが「浪花節」の真骨頂であった。

語りひとつで、情景が目に浮かぶ。話術によって人を楽しませる芸である日本の話芸の持つ独特の力。物語の中で生きる人間たちのドラマが、印象深い独特のリズムに合わせて浮かび上がる。これが浪曲にしか出すことのできない、唯一無二の世界観である。

彩られた舞台の姿

落語は「座布団一枚の上に一人座って…」と、講談ならば「釈台の前に一人座り…」とその場の姿を描写される。どちらも比較的シンプルな舞台である。

しかし浪曲は同じ話芸でも舞台の雰囲気は大きく違う。

浪曲は「浪曲師」と三味線伴奏者である「曲師」の二人で構成される話芸である。浪曲師が「台詞」と「節」で物語を伝え、曲師が伴奏で合わせていく。

男性・女性ともに、浪曲師は紋付袴の出立ちで現れる。彼らを包んでいるのは、まさにセットと言えるものだ。舞台中央には腰ほどの高さで小さめのテーブルが置かれ、浪曲師たちは立って演じる(座って演じられることもあるが)。

テーブルは大きな布で覆われている。文字通り、その布を「テーブルかけ」と呼んでいるが、日常的に私たちが使っているようなものではない。この大きな布には、浪曲師それぞれの個性を表すような花や動物などの絵柄が刺繍されている。「テーブルかけ」は贔屓の客から浪曲師に送られることが多く、熱烈な応援の証しとして寄贈者の名前が縫い付けられていることもある。相撲の「化粧まわし」のようなもの、といっても差し支えないだろう。曲師はその上手(かみて)で座って三味線を弾く。

このような煌びやかな舞台装飾の中で、浪曲師たちは磨いてきた声と語りの技を存分に披露するのである。

浪曲師・花渡家ちとせの「テーブルかけ」。やわらかいクリーム色に色とりどりの花柄。「テーブルかけ」は浪曲師の個性を映し出す大事な舞台装置でもある。
画像提供:一般社団法人日本浪曲協会

芸を受け継ぎ、個性を生み出す

浪曲の世界には「一声、二節、三啖呵(たんか)」という言葉があり、この三つが重視されている。「節」とは三味線の旋律に乗せて歌うように語ること、「啖呵」は感情が最高潮で語る台詞である。浪曲師個々の「声」をベースに、「節」と「啖呵」がアレンジされて、独自の芸風が確立される。

現在、東京の「日本浪曲協会」と関西の「浪曲親友協会」というふたつの協会があり、東と西の違いがある。その象徴的なものが「節」である。たとえば、関東節と関西節というもの。この東西の「節」は、それぞれの芸能の土壌から生まれた。関東節は浄瑠璃の一種である新内節(しんないぶし。主に哀しげのある節にのせて女性の人生を歌い上げるもの)の影響がある高音の節、それに対して関西節は、人形浄瑠璃でも使われている義太夫節の影響がある低音の節である。

東西双方に特色があるものの、「一声、二節、三啖呵」の教えを師匠から受けて浪曲師として独り立ちしてもそこで終わりではない。「百人浪曲師がいれば、百人とも節が違う」といわれ、屋号や師匠の芸は受け継いでも自分自身の節を確立しなければならない。

自らの芸に個性を生み出すこと、自分にしかできない浪曲のスタイルを生み出すことが、浪曲師としての独り立ちの条件なのである。

ラジオは浪曲繁栄の立役者

浪曲は明治時代末期に最盛期を迎える。初世 桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん、1873~1916)をはじめ多くのスター浪曲師が誕生し、寄席にお客が集まってきた。さらに大正時代後半からのラジオの普及も浪曲の繁栄に一役買った。

浪曲最盛期と言われた大正時代や戦後の一時期、メディアの中心はラジオだった。そこから流れてくる名人たちの名調子、そして語られる様々な人間ドラマの中で口にされる名台詞の数々……。浪曲は「聞く」メディアとして最高の人気演目だった。

今でもCMから流れてくる歌詞やメロディを口ずさむことがある。この時代は登極した地の語りを子どもから大人まで口ずさみ、鼻歌で唄っていた。浪曲はそれほど大衆に浸透している芸能だった。

その人気は図らずも、社会の変動によって狡猾に使われてしまう。昭和時代に入り戦時体制に世の中が動いていく中、浪曲の人気演目だった義士伝や武勇伝が、国威発揚と紐づけられ、「軍国浪曲」なるジャンルのものまで生まれた(この点は落語や講談も同じような道をたどっている)。

戦後、やがてテレビの時代になり、ラジオ離れが進んだため、浪曲は衰退したといわれた。

しかしこの間、浪曲師として芸能の世界に飛び込んだ三波春夫(1923~2001)や村田英雄(1929~2002)は、ここから昭和の歌謡界の大スターになっていった。三波は自らのスタイルを「歌謡浪曲」と銘打っている。彼らの存在は浪曲が新しい可能性を持った証でもあった。

声と楽器が織りなす即興の世界

浪曲師・国本はる乃と曲師・沢村豊子。曲師が浪曲師の方を向き、三味線を合わせている。曲師は弾ける限り長く務めることができ、写真の沢村豊子などは伴奏としてこれまでも多くの若き浪曲師の成長を支えてきた。
画像提供:一般社団法人日本浪曲協会

語り手の浪曲師と節を三味線で奏でる曲師の二人で構成されている浪曲。しかし両者が事前に打ち合わせるということはほとんどない。曲師は浪曲師の「節」や「啖呵」に合わせて三味線を奏でている。

さながら聴衆は、目の前でジャズのセッションを見ているようなものである。

浪曲師ごとに声の高低があり、声質も異なる。つまり浪曲師の数だけ「声」があり「節」があり「啖呵」がある。会場のその日の雰囲気や反応、場所の環境によって、「声」や「節」にも微妙に変化が生じる。そんな変化にも曲師は浪曲師の一挙一動、呼吸や間合いに合わせて、緩急ある三味線の音色を操る。

曲師には「陰の手」という技も備えている。物語の情景と浪曲師の語りを際立たせるために、即興で音を生み出し、物語を彩っていく。彼らの個性を最大限に活かす音を奏でるのも曲師の力量である。

まさにいわば浪曲師と曲師による、その日その日の駆け引きを我々は目の前で見ている。言うなれば、同じ舞台は二度と見られない。一つひとつが唯一無二のセッションなのだ。

増えつつある浪曲の機会

東京・浅草にある浪曲専門寄席「木馬亭」外観。一時期無くなっていた浪曲専門寄席であったが、昭和45(1970)年に「木馬亭」として新たに誕生した。今日も珠玉のセッションを待つ観客を迎え、浪曲文化を守っている。
画像提供:一般社団法人日本浪曲協会

現在でも東京や関西の演芸場で浪曲は演じられているが、東京・浅草には浪曲専門の寄席である「木馬亭」がある。関西には昨年、大阪港近郊に「築港高野山みなと浪曲寄席」という定期寄席が立ち上がり、浪曲に触れる機会が増えている。日々若手からベテランの浪曲師たちが修行の成果を見せる場として、数少ない浪曲を存分に堪能できる場所として、「常打小屋」(じょううちごや。決まった演劇や芸能が興行されている一定の場所)の存在は非常に大きい。

近年では若手浪曲師たちが東西で次々出てきており、新しい風が吹く浪曲界。二度と同じ物はないとされる、迫力ある言葉と旋律のセッションの世界にいちど出会ってみてはいかがだろうか。

文/ムトウ・タロー
文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。

※本記事では、存命の人物は「〇代目」、亡くなっている人物は「〇世」と書く慣習に従っています。

 

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