
気候が秋冬へと向かうこの季節。変わり目をスムーズに乗り越えて、健康に過ごしたいものですね。
じつは私たちの体には、目には見えない「バリア」が備わっているのを、ご存じですか? 中医学では、これを「衛気(えき)」と呼びますが、この存在を知っている人は、多くありません。免疫力とも深く関わるこの力。風邪やウイルスから体を守ってくれている、いわば天然の防御システムです。ぜひ、この知識を参考に、体の防御力を高めてください。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日は、車移動と荷下ろしの業務に携わる男性が訪れています。どうやら最近、体に感じる温度変化に、違和感を覚えるようになってきた様子……
相談の様子を、ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者:52歳男性 ドライバー
主な症状:車内と、荷下ろし先での温度差により、くしゃみが出る。冷気に敏感で、人より風邪をひきやすく、一旦風邪をひいてしまうと長引く。

温度差を感じると出る、くしゃみ
まだ日差しが強く、歩いていると汗ばむこともある外気温。男性は首元に巻いたタオルを外しながら、椅子に腰かけました。その瞬間、大きなくしゃみをひとつ。
「あ、すみません」
頭をかきながら男性は口を開きました。
「今朝も荷物を降ろして、汗だくのまま運転席に戻った瞬間、くしゃみが3回続けて出ました。運転中だったら危ないし、声が大きいから、家族にもよく怒られて…」

ティッシュの箱を手渡す志村先生に向かって、苦笑いを浮かべます。
「午前中は、主に車で配送をしています。荷下ろしも自分でやるので、今の季節は汗もかく。それで車に戻ると、くしゃみ。次の配送先に着いて、また戻ると、くしゃみ。これがつらくて。
昔はこんなことなかったのに。だんだん、敏感になっている気がする。どうしてこんなくしゃみが出るのか、気になって来ました。なにかのアレルギーとか、体質に問題が出ているのなら、アドバイスが欲しくて」
話を聞いていた志村先生は、頷きながら言いました。
「ちょっとした冷風が、やけに肌寒く感じる。これは、典型的な『衛気(えき)』不足のサインです」
「えき? 聞いたことがないな…」
「もしかして、季節の変わり目に風邪をひきやすいとか、一旦、風邪をひいてしまうと、長引く傾向はありませんか?」
「それは、あります。去年もおととしも、鼻かぜをこじらせて、病院に行ったら副鼻腔炎と診断されました」
「それは大変でしたね。こじらせてしまうと回復にエネルギーが必要になります。できれば、風邪をひく手前でガードしておきたいですよね。
そのために大切なのが、衛気の力です。衛気がしっかり働いていれば、季節の変わり目も、体調を崩すことが少なくなりますよ」
男性は、目を見開きました。
中医学のみたて|衛気とは?
志村先生は話します。
「まず最初に、体の表層を守る『衛気』について整理しましょう。中医学では、体を守るバリア機能を、衛気と呼んでいます。主に皮膚や鼻粘膜、気管支など、体の内側と外側を隔てる境界線を強化し、守る働きをしています」
志村先生は、わかりやすく例えを重ねます。
「イメージするなら、体表を守るために、一枚上着を着ているようなもの。エアコンで肌寒いと感じたとき、なにか羽織りますよね。それと同じで、衛気は体温を守る働きをしています。
それと同時に、体表を守る壁としての役目もあります。これが、衛気のバリア力です。衛気が健全なら、外からウイルスなどの敵が侵入しようとしても弾き返せますが、弱まっていると簡単に侵入を許してしまう」

真剣に耳を傾けながら、相談者は尋ねます。
「免疫力に近い感じですか? 風邪をひきやすい人と、あまりひかない人がいるけど…」
「そうです。衛気が弱っていると、風邪をひきやすくなってしまう。
他にも、汗腺の開閉をコントロールして、発汗を調節する働きもしています。この力が弱まると、気温の変化に適応できなくなってくる。暑くないのに汗をかいたり、逆に寒さに敏感になってしまったり。寒冷蕁麻疹も衛気に関連する症状のひとつです。
他にも皮膚・粘膜とも関わるので、肌トラブルとして出る場合もあります。季節の変わり目に多いですよ。
どれも衛気への対策で、改善することが多い症状です」
そこまで聞いた男性は、ほう、と一息つきました。
「衛気は初めて耳にしたけど、関わっている症状は幅広いものだ」
風邪の侵入
志村先生は続けます。
「中医学では、体に害を及ぼす環境要因を『外邪(がいじゃ)』と呼んでいます」
「外邪…。呼び名からして悪そうだ(笑)。できれば関わりたくない」
「そうですね。ただ今回、あなたのくしゃみには、もう関わっているようですよ。『寒さ』や『大きすぎる気温差』かと思います。
悪い影響を及ぼすものとしては、他にも、湿気や乾燥、ほこりや花粉、ウイルスなども外邪の一種です」
「もうすでに関わりが…。それは締め出したい。そういえば、風邪の『邪』も、この外邪の『邪』と同じですか?」
「そうです。よく気づきましたね。風邪のことを古くは『ふうじゃ』とも呼んでいたそうですよ。人の体に入り込み、病気を起させる悪い風として捉えたようです」
「疫病神みたいだな」
苦笑する男性に向かって、志村先生は身近なたとえ話を始めました。
「衛気が弱くなったときのイメージとして、頭に描いて欲しいのは『結露』の発生です」
「ビールジョッキの外側につく、あの結露?」
ポタポタ落ちる鼻水
「はい。温かいうどんを食べるとき、鼻水がポタポタと止まらないことって、誰にでもありますよね。ひどいときは、ティッシュを片手に持ちながら、うどんをすするような。
あれも、イメージとしては同じなんです。冷たいビールを注いだジョッキの外側に、水滴がつきますよね。温度差があるところに、結露が生まれる。
私たちの体は内と外の気温差があっても、バランスを保つ機能がもともと備わっています。それが、衛気の力。
もしも衛気の力が落ちてしまうと、その温度差をうまく受け止めきれず、結露のように、鼻水や、くしゃみとして現れてしまう。そんなイメージを持ってもらえたら近いですよ」

「なるほど、結露のイメージか…。それはわかりやすい。じゃあ、その衛気がしっかりしていれば、温度差があっても、ポタポタ鼻水は気にならないわけだ」
志村先生は頷きながら口にしました。
「これ、じつは私も経験があります。あるとき、うどんを食べながら鼻水が気になってしかたない。そこで衛気を補う対策をしてみたところ、おさまったんです」
「ほう…。その対策ができれば、気温差にも強くなるかもしれない」
仕組みを理解して、深く納得した様子の男性に、志村先生は具体的な対処法を提案しました。
今日からできる養生
「まずは、すでに働いている衛気を、これ以上消耗させない工夫から始めましょう」
首元を守る
「ポイントは、冷えの侵入口になりやすい『三首(さんくび)』つまり、首・手首・足首の温度調節です。
今の季節なら、首を守るだけでも十分でしょう。寒い季節には、手首や足首も含めて守ることで、より風邪をひきにくくなりますよ。
そして、汗をかいたタオルを首に巻いたままにしておくと、汗が冷えて体温を奪う原因になります。車内に戻って冷えを感じたら、一旦外すといいでしょう。また汗をかきそうな場面になったら、そのときは戻してください。
乾いたタオルに交換できるタイミングがあれば、より快適です。
一方で、荷下ろしの合間や、冷房の効いた場所に出入りするタイミングでは、なにか一枚、首元に巻いて、冷気から守ります」
基本的な生活養生
「あとは、朝起きたら温かい飲み物を口にする、食事は腹八分目を心がけて胃腸を労わる、湯船にしっかり浸かる。そして、夜はスマホを置いて早く寝る。衛気を補うのは、こうした毎日の基本的な養生です」
「意外と、当たり前のことですね」
「そうなんです。こうした日々の養生が続いて、もともと体が持っている機能が整ってくれば、徐々にくしゃみにも効いてくるでしょうね」
自分の体は、自分が守る
ここまでを聞き終えた相談者は、どこかすっきりとした表情で頷きました。
「持ち前の機能として持っている目に見えないバリアって、自然治癒力とか、そういうのですかね」
「そうですね。私たちの体は、すでにその力を備えているはずです。これを機能させることが大切で、なにか特別なものを付け加えるわけじゃありません。
自分の体に対して『あ、いつもと違うな』と気づく感覚が研ぎ澄まされていれば、風邪をひく手前で対処ができます。体を冷やさない、体を休める、あとは漢方を取り入れる場合も、早い方がいいですよ」
それを聞いて、自分の手をじっと見つめた相談者は、照れくさそうに笑い、言葉を続けました。
「50代にもなれば、現場に穴をあけるわけにはいかないし、責任も重い。でも、若い頃にはなかった経験値があることも感じています。衰えだけではない、というか…」
「その通りです。年齢を重ねると、若い頃よりも、自分の体を観察する目が養われてきます。大人世代になるほど、自己管理力は発揮できるかもしれません。
大人が生き生きしていると、下の世代にも勇気を与えますから。ぜひ健康を大切になさってください」
「はい。まずはこまめにタオルを替えることから試してみます。長く元気で働きたいので」
そう答える相談者の表情には、前向きな笑顔が浮かんでいました。
おわりに
くしゃみは、あまりにもよくある症状です。ですが、体に起きている異変には違いなく、風邪をひく前に対処を始めるきっかけとしては、わかりやすいサインです。衛気という目に見えないバリアを、日々のケアで整えていれば、寒い季節を快適に過ごすことにつながるでしょう。今日から首元を守る小さな養生を意識してみてください。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)
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