「暮らしの中にある音に『ガンマ波サウンド』を乗せ、楽しみながら認知機能の改善を図る研究が進んでいます」
聴覚刺激による認知症ケアの研究が進んでいる。「ガンマ波サウンドを活用した生活に溶け込む認知機能ケア」を追求する3名が、可能性と展望を語る。
塩野義製薬 柳川達也さん
ピクシーダストテクノロジーズ 辻 未津高さん
ピクシーダストテクノロジーズ 長谷芳樹さん
創業140年を超える老舗の製薬会社・塩野義製薬とシオノギヘルスケア、音・光・電波などの波動を制御する技術を持つベンチャー企業・ピクシーダストテクノロジーズ(以下、PxDT社)は、新しい認知症ケアサービスの開発に向け、共同研究に取り組んでいる。
きっかけは世界的な学会誌での論文発表
マサチューセッツ工科大学の非臨床研究
――40Hzの音刺激と認知機能の関係に着目したきっかけは何だったのでしょうか。
柳川達也さん(以下、柳川)40Hzのパルス音を聴くと認知機能に関係するガンマ波が現れ、軽度のアルツハイマー病罹患者も同様の結果が得られることは、アメリカの研究チームによって発表されています(上図表)。PxDT社は世界レベルの空間認識や五感刺激技術を持ち、弊社(塩野義製薬)には薬の研究開発で培ったエビデンス(科学的な根拠)構築、ノウハウが蓄積されている。それらを生かせば、これまでにない新しい形の認知症ケアサービスが世に出せるに違いないと、共同研究を始めました。
長谷芳樹さん(以下、長谷)先のアメリカの研究チームが用いたパルス音は「ブー、ブー、ブー」というブザーのような音で、決して耳触ざわりの良いものではありません。そこで、日常生活の中で自然に聞こえる音、たとえばテレビの音声やオーディオから流れる音楽を聴いても同じ効果が得られれば、日々、脳の活性化ができるのではないかと考えたわけです。
柳川 この「日常生活の中で自然に」という点が非常に重要なんです。チーム内で議論を重ねるたびに出てきた2つのキーワードが「日常生活に溶け込む」と「サイエンス」。そのバランスも難しいところではありますね。同時に、エビデンスに基づいた安全性も確保する必要があります。
辻 未津高さん(以下、辻)いくら最新のサイエンスが詰め込まれた商品でも、扱いにくければ使い続けてもらえません。ましてや、デジタルに対して苦手意識のある高齢者に親しんでもらうには、見た目も操作もシンプルであることが大切です。違和感なく日常生活に溶け込み、“ながらケア”ができるもの。それが認知症ケアにつながれば理想的です。
家でテレビを観ることが認知症ケアになる時代
40Hz周期の変調音を聴くと、脳波に「ガンマ波」が発生する
――どのような独自技術が生かされているのでしょう。
長谷 音を加工する弊社の技術を使って「40Hz変調」を試みました。ただし、テレビで放送されている音をそのまま変調(※電波や音波などの波に、情報となる別の波を乗せること)して乗せると相当聞き取りにくくなります。そこで、まず元の音源を歌やアナウンサーの声、それ以外の演奏など背景音に分けます。分けたのち、背景音のみ変調して再び合体するのです。こうして「40Hz変調」を施した音でも、ガンマ波が現れることが確認できました。また、ガンマ波は年齢に関係なく現れることもわかりました。さらに聞き心地を良くするために、音の高さや強さなど微細な調整もしています。
辻 65歳以上のテレビ視聴時間は1日平均4.5時間といわれます。認知症の進行を抑制するには、40Hz刺激を1日1時間程度、視聴するとよいこともわかってきました。我々の技術をここに生かせば、テレビを観ることで、年齢を問わず脳の活性化が図れることになります。
柳川 高齢者の困り事を解決し、日常生活を送りながら、生活の質が向上する――それが、我々が目指している世界です。老舗企業とベンチャー企業が連携することで、これまで世に出せなかった技術が形になり、社会貢献できるという好例になればうれしいです。
辻 この流れは加速し、近未来はもっと高齢者が暮らしやすくなるに違いありません。私もやりたいテーマが山のようにあります。