宮城県は、海の幸の宝庫。複雑な段丘が、海岸線に大小の豊かな湾を形成する。船を走らせれば、世界有数の漁場である三陸沖は目の前だ。この豊饒の地に旬の食材と人を訪ねる。
「真牡蠣(まがき)の旬が冬だというのは、ちょっと違うんです。あれは剥き牡蠣の流通事情からきたことなんだ。貝は殻を剥くと無防備になって細菌に侵されやすいから、もっぱら気温の低い時期に加熱調理用として出荷されてきたわけ。
牡蠣がいちばん太っておいしいのは産卵の直前です。産卵時期は海水温で決まるので、旬は海域によってぜんぜん違うんですよ」
宮城県石巻市雄勝町(おがつちょう)水浜(みずはま)にある株式会社海遊社長の伊藤浩光さん(55歳)が育てる『夢牡蠣』の旬は、歳時記の牡蠣とは正反対の真夏だ。
「三陸ではだいたい7月くらいから産卵に入りますが、水深のある雄勝湾は水温が上がるのが遅い。産卵は8月から9月です。ここは昔から人家が少なく、水浜というくらい海底湧水(ゆうすい)も豊富なので、水質は折り紙付きです。うちの『夢牡蠣』は殻付きで生きたままお届けしていますから、夏でも生で召し上がっていただけます」
『夢牡蠣』の名に託した意味
海遊は、東日本大震災の津波で暮らしを奪われた伊藤さんが、一か八かの賭けで設立した会社だ。震災前は個人の漁師で、育てた牡蠣を市場に出荷するだけの日々。
「漁業復興の支援が得られることになったんだけど、個人への貸付額があまりにも少ないのにびっくりして。もともと労多くして功少なしの仕事だから、原状復帰、つまり市場出荷に頼る漁業では、最初はよくても後を継ぐ者がいなくなる。六次産業化を目指すなら今だと感じ、会社を作ったんです」
六次産業とは、農林水産業(一次産業)の従事者が加工(二次産業)から販売(三次産業)までを手がけ、収益性を高めることだ。
一般に牡蠣は1年半から2年で出荷が始まる。それ以上置いても成長が遅くなるため、育てても割に合わないとされてきた。しかし、大粒で味わいも一段と深まるので、適正な値段で買ってくれる顧客がいれば採算が合う。
「つまり、自分で育てたものに自分で値段をつけられる漁業にしたかったわけです」(伊藤さん)
はじめの2年は普通の牡蠣と同じで、ロープでぶら下げて育てる。そのなかから形がよく大きなものを選んで籠へ移し、さらに2年間海の中へ吊るしておく。
育ったもののうち、重さ270g以上の特大品を『夢牡蠣』と命名し、飲食店に直接届けている。
「食べた方の評価はすごく高いのですが、まだ生産が追い付かず、うちの直営店でも1日10個限定です。これから人と設備を増強して、より多くの方に味わっていただけるようにしていきますので」
安心して働ける場が地元に戻ってこそ、本当の復興だと伊藤さんは言葉に力を入れる。『夢牡蠣』という名前には、未来の水浜への期待が込められている。
※雄勝へは、仙台駅からJR石巻線女川駅下車、車で約30分。仙台空港からは車で約1時間30分です。
【雄勝の真牡蠣が味わえる店】
オストラ デ オーレ(宮城県仙台市)
仙台市の繁華街、国分町にある海遊の直営店。
■住所: 宮城県仙台市青葉区国分町2‐1‐3
■電話: 022・796・7579
■営業時間: 17時~翌1時
■定休日: 無休 予約可。
仙台市営地下鉄南北線広瀬通駅から、徒歩約5分。JR仙石線あおば通駅から、徒歩約10分。
宮城県沿岸部の観光と食を訪ねるテレビ番組が放映中!
「中村雅俊が行く 伊達な海道紀行」
TBSテレビ(関東ローカル)、毎週火曜よる10:54~
毎日放送(関西ローカル)、9月3日より毎週土曜夕方6:56~
取材・文/鹿熊 勤 撮影/宮地 工
提供/宮城県