宮城県は、海の幸の宝庫。複雑な段丘が、海岸線に大小の豊かな湾を形成する。船を走らせれば、世界有数の漁場である三陸沖は目の前だ。この豊饒の地に旬の食材と人を訪ねる。
南三陸の新しい名物のひとつが世界最大の蛸、ミズダコだ。20㎏以上にもなるという巨体に似合わず、柔らかで味は繊細。目と舌の両方で堪能してみたい海の幸だ。
午前9時過ぎ。沖から船が1隻、2隻と戻り始める。甕(生け簀)から次々に運び上げられたのは、1匹ずつ網袋に入った巨大な蛸だ。シャーベット状の海水氷が入った水槽が網袋で一杯になると、フォークリフトが水槽ごと持ち上げ、魚市場の中へ運んでいく。
「マダコは氷水に浸けると死んじゃうんですけど、ミズダコはぜんぜん平気ですね。寒流系の生き物だからでしょうか。マダコとミズダコは、姿や味だけでなくそういうところも違うんですよ」
こう語るのは、宮城県漁業協同組合志津川支所の齋藤正明さん(48歳)だ。志津川がある南三陸は、細い湾が襞のように入り組んだリアス式海岸の地。磯には海藻が豊富で、アワビもよく育つ。
「そのアワビを食って大きくなった美味しい蛸ということで、秋から冬に獲れる志津川のマダコは昔から人気がありますが、最近はミズダコもひっぱりだこです」
ミズダコは1匹が10㎏から20㎏以上に成長する。世界最大の蛸で、大きなものは足の太さが大人の二の腕ほどもある。その名のように身は水分が多く、柔らかい。
「味はマダコのほうが濃いのですが、ボリュームのわりに歯切れがよく、飽きない味なので好まれます。マダコのように禁漁期がなく、一年中手に入ることもあり、飲食店でも人気が出てきました」
籠に入る確率はよくて4割
ミズダコは、鯖の切り身を入れた籠を海底に沈めて獲る。沿岸一帯に棲息するが、よく獲れるのは7月~8月の金華山沖だという。優先漁法の底曳網漁が、この2か月間だけ休みになるからだ。
「ひと船で一回に400個から1000個の籠を沈めます。水深は200m。入れたら中1日以上あけてから引き上げます。入る確率は多くても4割くらいでしょうか。夜の8時に出て、朝の9時過ぎに帰ってくる。その繰り返しですので、かなりの重労働です」
ミズダコは沿岸部の浅場にもいる。秋冬のマダコ漁の仕掛けで混獲されることも多く、市場にはほぼ途切れることなく入ってくる。
現在、ミズダコを獲る志津川の船は大小合わせて20隻ほど。東日本大震災の時は、いち早く沖へ避難して被災を免れた。だが、町は津波に跡形もなく流された。齋藤さんも両親を亡くした。
言葉で言い表せないほど心の苦痛を味わったが、悲しいのは自分だけではない、前を向いて進むしかないと言い聞かせ、復興に取り組んできたという。
震災後はじめて漁へ出ることができたのが、ミズダコの船だった。屋根を流され柱しか残っていない魚市場。岸壁は地盤沈下で激しくゆがんでいた。廃墟のような港に着いた船から荷揚げされたミズダコは、100匹ほどだった。
「これでもう大丈夫だ。希望は海に必ずあるんだと、思わずこぶしを握りしめました」(齋藤さん)
この6月、南三陸町地方卸売市場は、高度な衛生管理と最新の情報システムを備えた魚市場に生まれ変わった。蛸の町志津川の、未来をかけた挑戦の始まりだ。
志津川の蛸を味わえる宿
そんな志津川の蛸を味わえるのが、本吉郡南三陸町にある『南三陸ホテル観洋』。水産卸会社が設立したホテルで、魚介の目利きは折り紙付きだ。蛸しゃぶは2名以上ひとり1万3500円~の宿泊プランから選べる。蛸しゃぶのほかアワビ、刺身などが付く。
【南三陸ホテル観洋】
■住所/宮城県本吉郡南三陸町志津川黒崎99-17
■電話/0226・46・2442
■チェックイン/15時~19時、チェックアウト/10時。
■アクセス/仙台駅から、宮城交通運行の高速バス気仙沼行きで、南三陸ホテル観洋前バス停下車。
仙台駅から送迎バス(宿泊者無料)もある。バスは要予約。
宮城県沿岸部の観光と食を訪ねるテレビ番組が放映中!
「中村雅俊が行く 伊達な海道紀行」
TBSテレビ(関東ローカル)、毎週火曜よる10:54~
毎日放送(関西ローカル)、9月3日より毎週土曜夕方6:56~
取材・文/鹿熊 勤 撮影/宮地 工
提供/宮城県
【仙台・宮城キャンペーン実施中】
12月31日(土)までの期間中、仙台空港への直行便をご利用の方に航空券や宮城県の名産品を抽選でプレゼント。対象路線等はWEBサイトをご覧ください。